第14話 最高のバディ

「栞ちゃんが無事なら、俺たちはそれで良いんだ。ただ、心配なだけだったから」

 わたしと君嶋くん、雪乃さんは、お互いの顔をみた。

 そして、ゆっくりとうなずき合った。

 しばらくすると、彼女がぽつりと言った。

「……あ、あなたの言う通りです。家出なんです。栞のパパとママは毎日、ケンカばかりで。とうとう離婚の話になったみたいで。ますます怒鳴り合うようになって……。それで栞は、家にいるのが耐えられなくなったんです」

 彼女は、栞ちゃんの悩みを聞いていたみたい。ずっと、相談にのっていて。心配で、駅までついて行ったんだって。

「誰にも言わないでって、栞からお願いされてて……」

 だから、かたくなに「知らない」と言っていたんだ。

「……とりあえず、安心したわ」

 雪乃さんが、ほっとしている。ずっと、物の怪が関係している? 自分のせい? って、気にしていたから。

「それで、今どこにいるんですか? 連絡はとっているんですよね」

 君嶋くんが、彼女に確認すると。

 サッと顔色がわるくなった。

「そ、それが……。昨日の夕方から、メッセージを送っても返事が来なくて。既読もつかないんです。電波のわるいところだからかなって、思っているんですけど……」

「電波? あの、栞ちゃんって、どこに行ったんですか? 家出って、友だちの家とかじゃないんですか?」

「伯母さんのところです。栞のママの、姉にあたるひとで……。山奥に一軒だけ、ポツンとある家に住んでいて、栞はそこに向かったんですけど」

 最寄り駅に着いたころには、連絡あったみたい。

「栞ちゃんが、山に入ってから連絡はないの?」

「はい」

「……充電がなくなったか、電波がわるいだけだと思いたいけど」

「もしものことを考えて、すぐ親御さんに連絡したほうがいいわね」

 山には、危険がたくさんあるんだって。

 つまづいて怪我をして、動けなくなっているとか。野生動物に遭遇してしまったとか。

 そんな話を聞いて、彼女の顔色が、みるみる青くなっていく。

「ほ、本当は、私……怖かったんです。栞と連絡がとれなくなって、もしかしたら、なにかあったのかもって思って。でも、ただスマートフォンが繋がらないだけだったら、栞との約束を破ることになっちゃうし……。裏切ることはできないけど、どんどん不安になってきちゃって」

 とうとう、彼女は泣きだした。

 ひとりで、ずっと抱え込んでいたんだ。

「大丈夫だよ。いろんなひとが協力して、栞ちゃんを探してくれるから。もし、なにか不慮の事故があったとしても、ぜったいに見つかるから」

 優しく微笑みながら、桂良さんが言う。

 はらはらと涙を流していた彼女が、少しずつ落ち着いていく。

 その様子を見ながら、わたしは「微笑む力」は、すごいなって思った。

 しばらくして、栞ちゃんが見つかったと連絡があった。

 山道を歩いているときに、足をすべらせてしまったみたい。それで、小さな崖から落ちてしまったんだって。

 足を痛めて動けなくなって、栞ちゃんは一晩を山中で過ごしていた。

 スマートフォンは、落ちたとき、どこかへ行ってしまって。それで、誰にも助けを呼ぶことができなかったみたい。

「良かった……! 本当に良かった……!!」

 見つかったと聞いたとき、ワッと歓声があがった。全員で大喜びした。

 わたしも、ほっとして少し泣いちゃった。

「陽が沈む前に見つかって良かった。もう一晩、ひとりで過ごすことになってたよ。もしかしたら、もっと危険な事態になっていたかもしれない。君が、栞ちゃんのことを話してくれたからだ。ありがとう」

 泣き腫らした顔の彼女が、小さく首をふる。

 彼女が、勇気を出せて良かった。

 もし、言えないままだったら。きっと、ずっと後悔しつづけていたんじゃないかな。

 あのとき言えなかった自分のせいで。そんな風に、責任を感じて。

 勇気を出させてくれたのは、桂良さんだ。「微笑む力」があったから。

 雪乃さんも、そう思ったみたい。 

「……私、やっと。桂良の力を個性なんだって、思えたよ。やっと、受け入れることが出来た」

 わたしにだけ聞こえる小さな声で、でもたしかに、雪乃さんはそうつぶやいたんだ。



 雪乃さんたちと別れたあと。わたしと君嶋くんは、自宅がある高台をめざして歩いている。

 街路樹が、色づいていることにきづいた。

 もうすっかり秋だ。

「雪乃さんと出会ったのは、ちょうど真夏だったね」

「そうだな」

 君嶋くんも、街路樹に視線をやった。

「……ずっと、言いたかったことがあるんだ。夏川に」

 胸が、ドキンとした。

「な、なに……?」

 改まった感じの君嶋くんに、わたしは緊張した。

「もともと俺は、気配を感じやすい体質だったんだ。物心がついたころから、物の怪の存在には気づいていた。それが、物の怪からすると面白かったみたいで、今思うとからかわれていたんだと思う。あとをつけられて、どこまでも追いかけてきて。物陰からじっと見られたり、暗闇に引きずり込まれそうになったりもした」

 そんなことが、あったんだ……。

「ほかの皆は、何もされないのに。どうして自分だけが、って思ってた」

 君嶋くんは、自分だけが皆とちがうって思ってたのかな? 

 それで、バリアを張っていたのかな。

 クラスの中で、君嶋くんはひとりでいることが多かった。ひとを寄せ付けない雰囲気が、ずっと彼にはあったんだ。

「ひとりだったら、これまでみたいに物の怪のことは避けていた。雪乃さんや、彌影さんや、桂良さんと出会って、初めて知ったんだ。物の怪が皆、嫌なヤツばかりじゃないってこと」

 君嶋くんが、立ち止まった。

 わたしも、なんとなく歩みを止める。

「……夏川のおかげだ」

 真っすぐに、君嶋くんがわたしを見る。

 君嶋くんの瞳は、きらきらしていた。万華鏡をのぞき込んだときみたいに、光っている。

「え……?」

「ありがとう。夏川と仲良くなれてよかった」

 笑った。

 君嶋くんが。

 今までみたいな、いじわるな笑い方じゃなくて。クスッとした感じでもなくて。優しくて、穏やかで、すごく暖かい表情をしていた。

 君嶋くんは、本当はこんな風に笑うひとだったんだなって思った。

 その瞬間、わたしの体の中で、小さくパチンッ! って、何かがはねた。その衝撃が、じわじわと体ぜんたいに伝わっていって。

 気がついたら、わたしの顔は、真っ赤になっていた。

 君嶋くんに、そんな風に思ってもらえたこと。

 ありがとう、って言ってくれたこと。

 すごく嬉しい。でも、顔が赤くなって。それが恥ずかしくて、わたしは思わず下を向いてしまった。

「わ、わたしだって、ひとりじゃ出来なかったよ……! 君嶋くんが、いつもそばにいてくれたから。わたしが苦手なこととか、助けてくれて。だから、物の怪さんたちにおしごとを紹介することができたと思う!」

 絶対にひとりじゃダメだった。それだけは、間違いないんだ。

「良いバディだな、俺たち」

 優しい声で、君嶋くんが言う。

「バター?」

 意味が分からなくて、わたしは顔をあげた。

「バディ。……相棒ってことだよ」

 君嶋くんが、ちょっと呆れた顔になる。それでも、すごく優しい表情だ。

 高台の真ん中あたり。わたしの家があるところで、君嶋くんと別れた。

 ひとりになってからも、なかなか顔のほてりは元に戻らなかった。そっと、心臓のあたりに手をあててみる。

 まだ、すごくドキドキしている。

 ドキドキし過ぎて、自分の体なのに、自分じゃないみたいな感じで。わたしはちょっと、ふらふらってしながら、自分の家に入った。

 玄関で、シューズを脱いでいると。

「あら、萌音。帰ったの? おかえりなさい」

 キッチンのほうから、ママが顔を出した。

「うん。ただいま」

 あ、なんだか、良いにおいがする。美味しそうな、すごくお腹がすくにおい。

 鼻をクンクンさせるわたしを見て、ママが微笑む。

「今日の晩御飯は、ピーマンの肉詰めよ?」

「ピーマン?」

「そうよ。でも、萌音のぶんはハンバーグにする予定だから」

 わたしが苦手な、ピーマン。

 苦くて、どうしても好きになれないって思っているピーマン。

「……わたし、ピーマン食べようかな」

 何となく、今日は食べられるかも? って、思ったんだ。

「どうしたのよ。あんなにキライだったのに」

「そうなんだけど……」

 自分でも、よく分からない。

「じゃあ、半分だけピーマンの肉詰めにして、残りをハンバーグにしましょう」

「半分だけ?」

「やっぱり、苦いくて食べられない! ってなったら、困るでしょ」

 たしかに、ママの言う通りだ。

 わたしはママの隣に立って、お手伝いを開始する。簡単なことしか出来ないけど、ときどき、こうやって野菜を洗ったり食器を運んだりしているんだ。

「少しずつ、苦手を克服していこうね」

「うん!」

 苦手なこと、少しずつでもなくなったらいいな。

 わたしはうなずいて、ピーマンを洗い始めた。



 日曜日の午後。

 わたしと君嶋くんは、『きらきら☆スノー』へやって来た。

「すげぇ並んでるな……」

 細い路地に、なんと行列ができていた。

 とりあえず、最後尾に並ぶ。

「これ、みんな雪乃さんのお店に行こうとしてるの?」

 背伸びをしたけれど、わたしの身長では、見えるはずもなく。

「どうやら、そうみたいだ」

 先頭まで行って、確認してきた君嶋くんも驚いている。

 相変わらず、女子中高生のお客さんが多い。

 モテモテな桂良さんの力が、影響していると思う。

 でも、それ以上に新商品のパンケーキが大好評になったんだ。美味しくて、ふわほわ食感に感動。映えもバッチリ。店内が可愛くておしゃれ。

 そんなコメントが、SNSにあふれている。

 盛況なのは、雪乃さんのお店だけではない。

 なんと、わたしと君嶋くんの『おしごと相談』も、大人気なんだ。

 良いおしごとを紹介してもらえるって、物の怪たちのあいだで噂になっているんだって。

 おしごとを始めたあとも、困ったことがあれば相談に乗っている。

 だから、とっても評判が良いんだ。 

 最近は「おしごとを紹介して欲しい」っていう物の怪たちが、次から次へとやって来る。

 その相談を、いつも雪乃さんのお店でさせてもらっている。

 わたしたちの『おしごと相談』が、物の怪さんたちのあいだで有名になったこと。雪乃さんも喜んでくれて。「うちのお店で良かったら、使っていいよ!」って、言ってくれているんだ。

 実は、今日も物の怪さんと待ち合わせをしている。

 初めて会う、猫又の物の怪さん。

 待ち合わせ時間まで、あともう少しなんだけど。

 この行列を見ると、どう考えても間に合わないなぁ……。

 そう思っていたら。

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