第15話 こちら、物の怪おしごと相談所です

「ごめんねーー! 今、お客さんでいっぱいなの」

 雪乃さんが、申し訳なさそうな顔をしながら、わたしたちに謝る。

 行列に並んでいるわたしと君嶋くんを見つけて、わざわざお店の外まで来てくれたみたい。

 相変わらずの、ミニ丈の可愛い浴衣姿だった。

「わたしたちのことは、気にしないでください!」

「お客さんでいっぱいなのは、良いことですから」

 大人気のお店になって、ほんとうに嬉しい。

「ふたりとも、ありがと~~!」

「実現しそうな感じですね、二号店。今の店の広さだと、このお客さんたちをさばけないですから」

 君嶋くんの言葉に、雪乃の目がキラリンと光る。

「そうなのよ! ありがたいことにね~~!」

「桂良さんと、うまくいってますか……?」

 わたしは、遠慮がちに聞いてみた。

「ま、そこそこって感じかなーー! お客さんが増えたのは、桂良のおかげってのも、ちょびっとはあるから。そこは大感謝だよ~~! これからも、ビシバシ働かせる予定~~!」

 きゃぴきゃぴと笑う雪乃さんを見て、すごく安心した。

 わたしの知っている雪乃さんだ。

「じゃ、本当にごめんね! 忙しいから戻るね~~!」

 元気に手を振りながら、雪乃さんがお店に戻っていく。

「……良かったな」

「うん! あ、でも。これからは、場所に困るね?」

 物の怪たちの相談に乗る場所。

 お話を聞く場所が必要だ。

「そうだな。すぐそこに公園があから、今日はそこで話を聞こう。たしか、ベンチも設置されていたはずだから」

 君嶋くんの言葉に、わたしはうなずいた。

 そのとき……。

「こ、こんにちは」

 背後から、声がした。

 振り返ると、大きな瞳の女の子がいた。

 小柄で、子猫みたいに可愛い。

「猫又の、猫結ねこゆです」

 ぺこりと頭を下げる。

 猫結さんかぁ。名前まで可愛い。

 わたしたちは、さっそく近くの公園に移動することにした。

「あらためまして、猫結と申します。200歳の物の怪です」

 公園のベンチに座りながら、猫結さんが自己紹介する。

 見た目は小さな女の子だけど、物の怪だから、やっぱりわたしたちよりもずーーっと長生きしているんだ。

「ひとが大勢いるところは、苦手なんです」

 猫結さんは、ちょっと引っ込み事案なところがあるみたい。

「たいてい空き家とか、廃屋にひそんでいることが多いです」

 猫結さんの声は、鈴の音みたいに軽やかだ。とても澄んだ声をしている。

「たまに、空き家だと思っていたら人間が来たりして、びっくりします」

「そういうときは、どうするんですか?」

 見つかったら、不法侵入でつかまったりしちゃうの……?

「猫のふりをします。鳴き声をマネするのは得意なので」

「なるほど」

「鳴き声は、猫だけですか?」

 猫結さんに、君嶋が問いかける。

「いえ、野鳥とか、犬とか、虫の鳴き声も得意なんです……」

 恥ずかしそうに、うつむきながら猫結さんが言う。

 すると、どこからともなく、リンリンと涼やかな虫の鳴き声が聞こえてきた。続いて、鳥の声も。

 これって、もしかして……。

 猫結さんが小さく笑う。

 これ、猫結さんの声なんだ!!

「すごーーい! ね、君嶋くん!」

 感激のあまり、思わず拍手してしまった。

「そうだな」

 君嶋くんも、驚いているみたい。目をパチパチさせている。

 得意なこと、苦手なこと、好きなこと。猫結さんとたくさんお話をした。

 次に会う日時を決めて、今日はおしまい。猫結さんは、ぺこぺこっとお辞儀をして、帰っていった。

「俺たちも帰るか」

 君嶋くんが、ベンチから立ち上がった。

 うん、と言いかけたところで、曇り空に気づいた。

 なんとなく、雨が降りそうな予感がする。

「良い場所、ないかな……?」

「場所?」

「物の怪さんたちと、お話する場所。公園っていうのも、なんだかなぁって思って。雨がふったら大変だし」

「……それは、そうだな」

「それにさ、プライバシーがないもん!」

 屋内で、わたしたちが使える場所……と、考えていたとき。

 ふいに、黒い人影が頭に浮かんだ。全身黒づくめの男。

「そうだ……! あのひとに、お願いしてみよう!」

「……あのひとって、シギノ?」

「うん! シギノ不動産って、わりと大きな物件でしょ?」

「まぁ、そうだな」

 受付で紙コップをもらうとき、思っていたことがある。事務所が、かなり広々としているんだ。

「あんまりお客さんいないのに、ちょっと広すぎるくらいの事務所だと思わない?」

「……なにをたくらんでるんだ?」

「ちょっとね!」

 首をひねる君嶋くんと一緒に、わたしはシギノ不動産へ向かった。



 シギノ不動産の奥の部屋。

「ここの事務所を、間借りさせてもらえませんか?」

 思い切って、わたしはお願いしてみた。

 少しのスペースでもいいから、貸してもらえたらなって思う。

「たくらんでいたのは、これか……」

 わたしの隣で、君嶋くんが納得したようにうなずいている。

「間借り? 君たち、新しい商売でも始めるんですか?」

 向かいに座ったシギノは、今日も全身黒づくめだった。

「ちがいますよ!」

 わたしは即座に否定する。

「物の怪さんたちとお話をするとき、今までは雪乃さんのお店を借りていたんです。でも、かき氷屋さんが、すごーーく、人気になっちゃって。いつ行っても満席なんです」

 困っていることをシギノに説明する。

「あの、やたらキラキラした店が人気になるとは……。僕には、なかなか理解できませんねぇ」

 そう言って、シギノが苦笑いする。

 隣で、君嶋くんが何度もうなずいている。

「雪乃さん、がんばってるんですよ! SNSでも話題なんです。すごく映えるって!」

 いつも笑顔で接客している雪乃さんの顔が浮かんできた。大人気のお店になって、なんだか、わたしまで誇らしい気分なんだ。

「……俺たちが席を取って、仕事の邪魔をするわけにはいかないので」

「それで、場所を借りたい?」

「はい!」

「君たち、僕の裏家業のことを忘れたんですか?」

 シギノが、ちょっと呆れたように笑う。

「忘れてませんけど」

「祓い屋ですよ? 物の怪たちが、喜んで来たい場所じゃないと思うんですが」

 それは、たしかに……。

「むしろ、絶対に避けたいところなんじゃないですか?」

 シギノの言葉に、わたしは言葉を失った。

 しばらくして、ふう、とシギノがため息を吐いた。

「仕方ないですねぇ。君たちに、良い場所を貸してあげますよ」

「良い場所……?」

 わたしは、顔をあげた。

「僕の表の家業、覚えていますか?」

 にやり、とシギノが笑う。

「不動産屋さん!!」

 わたしと君嶋くんの声が、きれいに重なった。



「ここって、おばけ屋敷ですか……?」

 シギノに案内されたのは、ボロボロの一軒家だった。

 都会の真ん中に、ぽっかりと残されたエリア。そこだけ古い町並みが残っている。

 一軒家には立派な生垣があって、外から中の様子は分からない。

 門をくぐって、庭をすすんで、家の中に一歩入ると……。

「空気が、どんよりしてるんですけど」

 さすがの君嶋くんも、不気味がっているみたい。

「しばらく、空気の入れ替えをしていなかったせいですね」

 縁側の窓を開けると、爽やかな風が入ってきた。

「わぁ、気持ちいい空気」

 風は、秋のにおいがした。すずしい風が心地よい。

「静かで良いところでしょう」

「はい! 一軒家だし、ここなら物の怪さんも出入りしやすいと思います!」

 生垣におおわれているのもポイントが高い。

「特別に、ここを無料で貸してあげますよ」

 タダ……!?

「いいんですか?」

「子どもから金銭を巻き上げるようなマネはできませんから」

「よかったね! 君嶋くん!」

「……タダなら文句はないです」

 家のあちこちを点検しながら、君嶋くんがうなずく。

「さっそく、掃除をしなくちゃ!」

 しばらくひとが住んでいなかったせいで、ほこりがたまっている。

「キッチン広いね~~!」

「庭も広そうだぞ」

「わぁ! 君嶋くん、見て。ここ、応接室だよ! ここで『おしごと相談』しよう!」

「広いぶん、掃除がたいへんだな」

「わたし、お掃除は得意だよ! 学校で毎日してるから!」

 家じゅうの窓を開けて、空気をいれかえよう。学校の掃除の時間よりも気合を入れて、ここをきれいにする。

 だって、ここは、わたしたちのお城だから。

 わたしと君嶋くんが、おしごとをする場所。ここで、たくさんの物の怪さんたちに、おしごとを紹介するんだ。

「これ、僕からのプレゼントです」

 シギノから、プレートを手渡された。

「なんですか?」

「表札が、いるでしょう?」  

 プレートには『物の怪おしごと相談所』と書かれていた。

「わぁ……!」

「入居祝いですよ」

「ありがとうございます!」

 シギノにお礼を言って、わたしと君嶋くんは玄関に向かった。

「このあたりかな」

「もう少し、上じゃないか?」

「このくらい?」

「んーー、ちょっと斜めになった」

 そんなことを言い合いながら、ふたりで表札をかかげる。

 玄関の扉のすぐ横。

『物の怪おしごと相談所』

 うん、とっても良い名前だ。

 真新しいピカピカの表札を眺めながら、わたしはそう思った。

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物の怪おしごと相談所! 水縞しま @htr_ms

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