第4話 物の怪のおしごと
「……安請け合いして、どうするんだよ」
君嶋くんが、ため息を吐きながら、わたしのほうを見る。
「だって、わたしたちなら、大丈夫だと思ったんだもん」
「根拠は?」
「あるよ! 君嶋くんは、知らないかもしれないけど、わたしたちのパパね、同じ会社でおしごとしてるんだよ!」
君嶋くんのパパは、人材派遣会社の社長。
わたしのパパは、同じ会社の課長だ。
「知ってるよ」
「え? 知ってたんだ!」
なんだか、嬉しい。
「パパたちは『働きたいひとに、おしごとを紹介』してるじゃない? だから、わたしたちも出来るかなって思って!」
「……それは、まったく根拠になってないぞ」
君嶋くんが、がっくりと肩を落とす。
「これはね、運命だと思う!」
わたしは、力強く言い切った。
「運命?」
「うん。だって、雪乃さんが祓われそうになってて、そこに居合わせたのがわたしたちでしょ? しかも、雪乃さんはおしごとをすることになって。わたしたちのパパは、ふたりとも『おしごと紹介のプロ』なんだよ? ぜったいに運命! だから、やるしかないよ!!」
「まぁ、シギノと約束したからな……」
「うん! 頑張ろう!」
「やるしかないか……」
わたしの勢いに、君嶋くんは押されたみたいだった。
諦めたように、小さくうなずいている。
「ふたりとも、ありがと~~! 私、おしごとがんばる!」
雪乃さんは、感激したみたい。
涙目になって、わたしと君嶋くんに抱き着いてくる。
「ひゃっ……!」
「わ、つめて!」
雪乃さんの体は、ひんやりと冷たかった。
「お、おい、寄るなよ。マジで冷たいんだから」
君嶋くんが、雪乃さんから逃げる。
「しょうがないじゃーーん! だって私、雪女なんだもん!」
そう言って、雪乃さんは笑った。
◇
その日の夜。
晩ご飯を食べながら、パパに聞いてみた。おしごとのこと。
「ねぇ、パパ」
「どうした?」
「わたし、パパのおしごと、詳しく知りたいんだけど」
エビフライを口に入れながら、パパを見る。
「萌音がそんなこと聞くの、めずらしいわね」
横に座っているママが、驚いたように目を丸くする。
「え、あ、ちょっと、気になって……」
物の怪とか、祓い屋とか、そんなことをパパとママに言えなくて、なんとかごまかす。
「パパの仕事で大事なのは、希望や勤務条件をしっかりヒアリングすることだな。ニーズがマッチしないといけないんだ」
ひありんぐ? って、なんだろう。
にーず? まっち? の意味も、よく分からない。
まっちは、こすって火をつける「マッチ」とは違うよね?
「あなた、もう少し分かりやすいように説明しなきゃ。萌音にはむずかしいわよ」
ママが、さらりとパパに意見する。
わたしの険しい表情を見て、ママは察したみたい。
「そうだな、すまん。えーーと、つまり、まずは働きたいひとの話をしっかり聞くことが大事だな。でないと、希望が分からないだろ?」
「希望?」
「どんな仕事をしたいのか、どんな職場がそのひとに合っているのか。働く時間は朝なのか昼なのか、それとも深夜なのか。話を聞いて、そのひとの希望をしっかり把握する」
「うん!」
おしごとのお話をしているパパは、いつもより少し格好良く見える。
ぽや~~んとした雰囲気じゃなくて、キリッとしている。
「世の中には、たくさんの仕事があるんだ。その中から、そのひとにピッタリ合った仕事を見つけて、紹介するのがパパたちの仕事だ」
「うん、分かった! わたしもがんばる!」
パパの話を聞いて、すごくやる気になって来た。
わたしは、ごはんを口いっぱいにほおばった。
「頑張る?」
「何を頑張るんだ……?」
パパとママが、不思議そうにわたしを見る。
「んぐっ!」
思わず、むせそうになった。
「うぅん、な、なんでも、ないっ……! と、友だちとね、話してたらパパのおしごとの話になったの」
嘘は言っていない。
わたしと君嶋くんは、パパたちのおしごとのこと、たくさんお話をしたから。
◇
次の日。
さっそく、おしごとの相談をすることにした。
場所は、昨日と同じシギノ不動産の敷地内。
ベンチに座って、わたしと君嶋くん、雪乃さんで話し合う。
「どんなおしごとがしたいですか?」
「えっとね、涼し~~い部屋で、おしごとがしたいかなぁ。あ、冷たいものを触るおしごとが良いな!」
雪乃さんが希望を言う。それを聞きながら、君嶋くんがスマートフォンをすいすいと操作する。
しばらくすると、君嶋くんの手が止まった。
「……冷凍イカの箱詰め作業。時給1300円」
さすがは君嶋くんだ。さっそくピッタリなおしごとを見つけている。
冷凍加工食品の製造工場でのおしごとのようだった。
作業内容は、冷凍されたイカをせっせと箱に詰めていくだけ。そんなに難しいことは、ないみたい。『カンタンです!』って、求人募集の欄には書かれている。
「すごくいいじゃないですか! 雪乃さんの希望通りですよ!」
おしごと中は、ずっと冷たい冷凍イカを触っていられる。
「大きめの魚を扱えるなら、もっと時給は良いみたいだ」
君嶋くんのスマートフォンをのぞき込むと、たしかに「好待遇」の文字が。
「あ、でも『体力自慢の方』とか『求む、力持ち!』って書いてあるから、雪乃さんはダメですね」
雪乃さんは、どう見ても非力だ。
かなり華奢で、腕なんて折れそうなくらいに細い。
「ちょっとぉ~~! 私、物の怪だよ? すーーっごく重いもの持てるよ。人間の男なんて、ぜーーんぜん、比べ物にならないよ」
「え、そうなんですか……?」
そんなに力持ちなの?
物の怪さんって、すごいなぁ……。
「あっ! だから、夏祭りの日に、大きな氷の塊を盗めたんですね……!」
冷たくて、重たい、氷の塊。
「そうだよーー! あれくらい、軽い軽い~~!」
雪乃さんが、けらけらと笑う。
「だったら、余計にこの求人が良いんじゃないですか」
わたしも、そう思う。大きな魚を運んで、いっぱい時給を稼ぐことができるんだから!
雪乃さんに、ピッタリのおしごとが見つかった! って、思ったんだけど。なんだか、雪乃さんは浮かない顔をしている。
「う~~ん。良いんだけどーー。もうちょっとさぁ~~! きらしてて、可愛いものを扱うおしごとがいいな~~!」
「……わがまま言うなよ」
君嶋くんが、ぼそりとつぶやく。
「ま、まぁまぁ。働くひとの希望を叶えるのも、大事なことだよ。長続きしないと、意味がないんだし」
そう言って、なんとか君嶋くんをなだめる。
パパが言っていた。働くひとの希望に沿うおしごとを見つけるのが、自分たちの役目なんだって。
「雪乃さん、他にも希望はありますか?」
わたしが問うと、「もちろん!」と雪乃さんはうなずいた。
「ひとりで静かにおしごとするより、ワイワイしてたほうがいいかな。だって、そのほうがたのしいじゃん?」
雪乃さんに同意を求められる。
わたしは、どうだろう……?
たとえば勉強なら、しーーんとしているより、にぎやかなところのほうがはかどるかも。
「なんか、分かる気がします。わたし、自分の部屋はあるけど、宿題はいつもリビングでしてるんです。ママがごはん作ったりとか、食べたあとパパが後片付けをしていたりとか。そういう、なにか音がするほうが落ち着くっていうか。なんとなく集中できるんです」
「えっ! 私と萌音ちゃん、同じじゃん。気が合う~~!」
テンションが高くなった雪乃さんが、両手でハイタッチをしてくる。
「……それは、ぜんぜん同じじゃないと思う」
ハイタッチしているわたしと雪乃さんを見ながら、君嶋くんがため息を吐く。
「あ、それからね。制服が来たいな~~! かわいい制服! カラフルで、レースとかついてて欲しいなぁ。これはゆずれないポイントだよ」
雪乃さんの希望は、とどまるところを知らない。
「いくらなんでも、要望が多すぎるだろ。自分の希望ばかり押し付けてたら、どこにも雇ってもらえないぞ」
たしかに、君嶋くんの言うことは一理あるかも……。
おしごとを紹介するのって、たいへんなんだなぁ。なんだか、まるで見つかる気がしない。
どうしよう……。わたしが、思わず下をむくと。
「ひとりでやったら?」
スマートフォンを閉じながら、君嶋くんが言った。
「ひとり……?」
「たとえば、雑貨屋とか」
雑貨屋さん……?
「ワイワイするのが好きなら、接客業ができるだろ? 冷房をガンガンに入れた部屋で、きらきらしたかわいい小物とか作って。それを売ればいいんじゃないの? 制服は……まぁ、レースでもなんでも、自分の好きにすれば?」
すごい……! 雪乃さんの希望、ほとんど叶ってる。
「君嶋くんって頭いいんだね。わたし、ぜんぜん思いつかなかったよ」
わたしが感心していると、彼は「別に」と言って、視線をそらした。
君嶋くんは、ちょっと怒っているような、でも怒ってないような、不思議な表情をしていた。ムッとしているけど、なんとなくうれしそうな顔だ。
もしかして、照れてるのかな……?
初めてみる顔に、ちょっとドキッとする。
「自分でやるの、いいかも~~! 社長ってことだよね?」
どうやら、雪乃さんも乗り気みたいだ。
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