第4話 物の怪のおしごと

「……安請け合いして、どうするんだよ」

 君嶋くんが、ため息を吐きながら、わたしのほうを見る。

「だって、わたしたちなら、大丈夫だと思ったんだもん」

「根拠は?」

「あるよ! 君嶋くんは、知らないかもしれないけど、わたしたちのパパね、同じ会社でおしごとしてるんだよ!」

 君嶋くんのパパは、人材派遣会社の社長。

 わたしのパパは、同じ会社の課長だ。

「知ってるよ」

「え? 知ってたんだ!」

 なんだか、嬉しい。

「パパたちは『働きたいひとに、おしごとを紹介』してるじゃない? だから、わたしたちも出来るかなって思って!」

「……それは、まったく根拠になってないぞ」

 君嶋くんが、がっくりと肩を落とす。

「これはね、運命だと思う!」

 わたしは、力強く言い切った。

「運命?」

「うん。だって、雪乃さんが祓われそうになってて、そこに居合わせたのがわたしたちでしょ? しかも、雪乃さんはおしごとをすることになって。わたしたちのパパは、ふたりとも『おしごと紹介のプロ』なんだよ? ぜったいに運命! だから、やるしかないよ!!」

「まぁ、シギノと約束したからな……」

「うん! 頑張ろう!」

「やるしかないか……」

 わたしの勢いに、君嶋くんは押されたみたいだった。

 諦めたように、小さくうなずいている。

「ふたりとも、ありがと~~! 私、おしごとがんばる!」

 雪乃さんは、感激したみたい。

 涙目になって、わたしと君嶋くんに抱き着いてくる。

「ひゃっ……!」

「わ、つめて!」

 雪乃さんの体は、ひんやりと冷たかった。

「お、おい、寄るなよ。マジで冷たいんだから」

 君嶋くんが、雪乃さんから逃げる。

「しょうがないじゃーーん! だって私、雪女なんだもん!」

 そう言って、雪乃さんは笑った。



 その日の夜。

 晩ご飯を食べながら、パパに聞いてみた。おしごとのこと。

「ねぇ、パパ」

「どうした?」

「わたし、パパのおしごと、詳しく知りたいんだけど」

 エビフライを口に入れながら、パパを見る。

「萌音がそんなこと聞くの、めずらしいわね」

 横に座っているママが、驚いたように目を丸くする。

「え、あ、ちょっと、気になって……」

 物の怪とか、祓い屋とか、そんなことをパパとママに言えなくて、なんとかごまかす。

「パパの仕事で大事なのは、希望や勤務条件をしっかりヒアリングすることだな。ニーズがマッチしないといけないんだ」

 ひありんぐ? って、なんだろう。

 にーず? まっち? の意味も、よく分からない。

 まっちは、こすって火をつける「マッチ」とは違うよね?

「あなた、もう少し分かりやすいように説明しなきゃ。萌音にはむずかしいわよ」

 ママが、さらりとパパに意見する。

 わたしの険しい表情を見て、ママは察したみたい。

「そうだな、すまん。えーーと、つまり、まずは働きたいひとの話をしっかり聞くことが大事だな。でないと、希望が分からないだろ?」

「希望?」

「どんな仕事をしたいのか、どんな職場がそのひとに合っているのか。働く時間は朝なのか昼なのか、それとも深夜なのか。話を聞いて、そのひとの希望をしっかり把握する」

「うん!」

 おしごとのお話をしているパパは、いつもより少し格好良く見える。

 ぽや~~んとした雰囲気じゃなくて、キリッとしている。

「世の中には、たくさんの仕事があるんだ。その中から、そのひとにピッタリ合った仕事を見つけて、紹介するのがパパたちの仕事だ」

「うん、分かった! わたしもがんばる!」

 パパの話を聞いて、すごくやる気になって来た。

 わたしは、ごはんを口いっぱいにほおばった。

「頑張る?」

「何を頑張るんだ……?」

 パパとママが、不思議そうにわたしを見る。

「んぐっ!」

 思わず、むせそうになった。

「うぅん、な、なんでも、ないっ……! と、友だちとね、話してたらパパのおしごとの話になったの」

 嘘は言っていない。

 わたしと君嶋くんは、パパたちのおしごとのこと、たくさんお話をしたから。



 次の日。

 さっそく、おしごとの相談をすることにした。

 場所は、昨日と同じシギノ不動産の敷地内。

 ベンチに座って、わたしと君嶋くん、雪乃さんで話し合う。

「どんなおしごとがしたいですか?」

「えっとね、涼し~~い部屋で、おしごとがしたいかなぁ。あ、冷たいものを触るおしごとが良いな!」

 雪乃さんが希望を言う。それを聞きながら、君嶋くんがスマートフォンをすいすいと操作する。

 しばらくすると、君嶋くんの手が止まった。

「……冷凍イカの箱詰め作業。時給1300円」

 さすがは君嶋くんだ。さっそくピッタリなおしごとを見つけている。

 冷凍加工食品の製造工場でのおしごとのようだった。

 作業内容は、冷凍されたイカをせっせと箱に詰めていくだけ。そんなに難しいことは、ないみたい。『カンタンです!』って、求人募集の欄には書かれている。

「すごくいいじゃないですか! 雪乃さんの希望通りですよ!」

 おしごと中は、ずっと冷たい冷凍イカを触っていられる。

「大きめの魚を扱えるなら、もっと時給は良いみたいだ」

 君嶋くんのスマートフォンをのぞき込むと、たしかに「好待遇」の文字が。

「あ、でも『体力自慢の方』とか『求む、力持ち!』って書いてあるから、雪乃さんはダメですね」

 雪乃さんは、どう見ても非力だ。

 かなり華奢で、腕なんて折れそうなくらいに細い。

「ちょっとぉ~~! 私、物の怪だよ? すーーっごく重いもの持てるよ。人間の男なんて、ぜーーんぜん、比べ物にならないよ」

「え、そうなんですか……?」

 そんなに力持ちなの? 

 物の怪さんって、すごいなぁ……。

「あっ! だから、夏祭りの日に、大きな氷の塊を盗めたんですね……!」

 冷たくて、重たい、氷の塊。

「そうだよーー! あれくらい、軽い軽い~~!」

 雪乃さんが、けらけらと笑う。

「だったら、余計にこの求人が良いんじゃないですか」

 わたしも、そう思う。大きな魚を運んで、いっぱい時給を稼ぐことができるんだから!

 雪乃さんに、ピッタリのおしごとが見つかった! って、思ったんだけど。なんだか、雪乃さんは浮かない顔をしている。

「う~~ん。良いんだけどーー。もうちょっとさぁ~~! きらしてて、可愛いものを扱うおしごとがいいな~~!」 

「……わがまま言うなよ」

 君嶋くんが、ぼそりとつぶやく。

「ま、まぁまぁ。働くひとの希望を叶えるのも、大事なことだよ。長続きしないと、意味がないんだし」

 そう言って、なんとか君嶋くんをなだめる。

 パパが言っていた。働くひとの希望に沿うおしごとを見つけるのが、自分たちの役目なんだって。

「雪乃さん、他にも希望はありますか?」

 わたしが問うと、「もちろん!」と雪乃さんはうなずいた。

「ひとりで静かにおしごとするより、ワイワイしてたほうがいいかな。だって、そのほうがたのしいじゃん?」

 雪乃さんに同意を求められる。

 わたしは、どうだろう……? 

 たとえば勉強なら、しーーんとしているより、にぎやかなところのほうがはかどるかも。

「なんか、分かる気がします。わたし、自分の部屋はあるけど、宿題はいつもリビングでしてるんです。ママがごはん作ったりとか、食べたあとパパが後片付けをしていたりとか。そういう、なにか音がするほうが落ち着くっていうか。なんとなく集中できるんです」

「えっ! 私と萌音ちゃん、同じじゃん。気が合う~~!」

 テンションが高くなった雪乃さんが、両手でハイタッチをしてくる。

「……それは、ぜんぜん同じじゃないと思う」

 ハイタッチしているわたしと雪乃さんを見ながら、君嶋くんがため息を吐く。

「あ、それからね。制服が来たいな~~! かわいい制服! カラフルで、レースとかついてて欲しいなぁ。これはゆずれないポイントだよ」

 雪乃さんの希望は、とどまるところを知らない。

「いくらなんでも、要望が多すぎるだろ。自分の希望ばかり押し付けてたら、どこにも雇ってもらえないぞ」

 たしかに、君嶋くんの言うことは一理あるかも……。

 おしごとを紹介するのって、たいへんなんだなぁ。なんだか、まるで見つかる気がしない。

 どうしよう……。わたしが、思わず下をむくと。

「ひとりでやったら?」

 スマートフォンを閉じながら、君嶋くんが言った。

「ひとり……?」

「たとえば、雑貨屋とか」

 雑貨屋さん……?

「ワイワイするのが好きなら、接客業ができるだろ? 冷房をガンガンに入れた部屋で、きらきらしたかわいい小物とか作って。それを売ればいいんじゃないの? 制服は……まぁ、レースでもなんでも、自分の好きにすれば?」

 すごい……! 雪乃さんの希望、ほとんど叶ってる。

「君嶋くんって頭いいんだね。わたし、ぜんぜん思いつかなかったよ」

 わたしが感心していると、彼は「別に」と言って、視線をそらした。

 君嶋くんは、ちょっと怒っているような、でも怒ってないような、不思議な表情をしていた。ムッとしているけど、なんとなくうれしそうな顔だ。

 もしかして、照れてるのかな……?

 初めてみる顔に、ちょっとドキッとする。

「自分でやるの、いいかも~~! 社長ってことだよね?」

 どうやら、雪乃さんも乗り気みたいだ。

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