第3話 祓い屋の男

 なんだか、三人の意見が一致したみたいで嬉しい。

 そう思っていたとき。

「いけませんねぇ、泥棒は」

 わたしたちの後ろから、低い男の声がした。

 振り返ると、シギノ不動産から背の高い男が出てくるところだった。

 ひとの良さそうな笑みを浮かべているのに、なんとなく怖い感じがする。全身が、黒の衣装だからかな? スーツを着ているんだけど、シャツやネクタイまで、ぜんぶが真っ黒だった。

「そこの雪女さん」

「な、なによ……?」

「今から、あなたをはらいます」

 全身黒づくめの男の声に、わたしは息をのんだ。

 空気が一瞬で、ピリッとはりつめたのが分かった。

「は、はらうって……? 追い払うってことじゃ、ないよね?」

 たぶん、もっと、怖ろしいこと。

「存在を消すっていうことですよ」

 にこにこしながら、黒づくめの男が言った。

 すごく、怖い。

 怖いことを言っているのに、にこにこ笑っているのが、とても怖かった。

「あ、あんた誰よ!」

 雪女が、黒づくめに向かって叫ぶ。

「祓い屋です」

「は、祓い屋……? あ、あんたが……!?」

 雪女の表情が、険しいものになる。

「な、なんで私が、祓われなきゃいけないのよ!」

「人間に迷惑をかける物の怪を退治するのが、僕の役目なんですよ」

 祓い屋が、淡々とした声で言った。

「こ、氷泥棒のことですか……?」

 わたしは、おそるおそる祓い屋にたずねた。

「ええ、そうです。少なくとも、氷屋には迷惑がかかっています」

 祓い屋が言うには、近所にある氷屋さんが、かき氷のお店を出していたんだって。

 氷が消えてしまって、困った氷屋さんが、祓い屋に相談したみたい。

「すぐに分かりましたよ、物の怪の仕業だって。気配が残っていましたから」

 気配……。

 そういえば、君嶋くんもそんなことを言っていたっけ。わたしは、まるで感じないけれど。

「氷屋は、商売ができなかったわけですから。大きな損害です」

 祓い屋の言葉を聞いて、ふいに澄果ちゃんのことを思い抱いた。

 澄果ちゃん、かき氷を食べるの、楽しみにしてたって言ってた……。

 ほかにも、たくさんがっかりしたひとがいるんだろうな。夏祭りに来てた、大勢のお客さんたちが、かき氷を食べられなかったんだから。 

「悪いことをしたら、罪をつぐなう。人間だって、そうしているでしょう?」

 たしかに、祓い屋の言う通りだ……。

 犯罪をしてしまったら、警察に捕まって、罰を受ける。

 でも、うまく言えないけど、納得できないところがある。どうにかして、雪乃さんを助けたい……!

「……泥棒をしたら、存在を消されるんですか? 人間が泥棒をしても、そこまで重い罪にならないはずですけど」

 君嶋くんが、祓い屋を見ながら言った。

「犯した罪の大きさと、罰の重さが合っていないと思います」

 あ、たしかに。

 わたしが言いたかったのは、それだ! さすが君嶋くん……!!

「あ、あの、祓い屋さん! 雪乃さんが、祓われずに済む方法ってないんですか?」

 思い切って、わたしは声をあげた。

 雪乃さんが消えてしまうなんて、そんなのイヤだ……!

「うーーん、そうですねぇ……」

 祓い屋は、腕を組んで、考え込むような仕草を見せた。

「もう二度と、氷を盗まないと約束できますか?」

 ぎらりと鋭い目で、祓い屋が雪乃さんを見る。

「悪さをしないと約束できるなら、今回だけ特別に、雪女さんを祓わないでおきますけど」

「わ、分かったわよ。もう、二度としない……」

 後ずさりしながら、雪乃さんがうなずく。

「よ、良かったぁ……!」

 雪乃さんが、祓われずに済んだ。

 わたしは、胸をなでおろした。

「……助かったな」

 君嶋くんも、ほっと大きく息を吐いている。

「雪女さん、きみ、なにか仕事をしてはいかがです?」

 ふと、思いついたように祓い屋が言った。

「はぁ? し、仕事って、なんで物の怪である私が、人間みたいなことしなくちゃいけないのよ」

 むうっと雪乃さんが頬をふくらませている。

「人間に紛れて仕事をしている物の怪は、案外おおいですよ」

「え、そうなの!?」

 雪乃さんが、驚いた表情になる。

「仕事をしたら、お金をもらえます。そのお金で、氷を買えばいいんですよ。冷たいものに触れていないと、つらいんでしょう?」

 祓い屋は、いろんな物の怪さんの特性を知っているみたいだ。

「たとえば、『提灯小僧ちょうちんこぞう』なんかは、働いて得たお金で、何種類ものめずらしい提灯を買い集めていますよ」

 提灯小僧という物の怪さんもいるのか……。

 それにしても。

「提灯を集めて、どうするんですか……?」

 気になったから、つい聞いてしまった。

「……それも、特性だろ」

 君嶋くんの言葉に、祓い屋が「そうです」とうなずく。

「提灯は、あればあるほど良いみたいですね。コレクションですよ。たまに、気に入った提灯を持って、夜道を歩いているとか」

 うきうきしながら、提灯を持って夜道を歩く少年の姿が頭に浮かんだ。

「氷は、ないと困るし。でも、もう盗まないって約束したから。わ、私、働いてみようかな……」

 不本意そうな顔をしながらも、雪乃さんはおしごとをすることに決めたようだ。

「きみたち、仕事が見つかるようにサポートしてあげてくださいね」

 祓い屋から、急にそんなことを言われた。

「え、サポート!? わたしと君嶋くんがですか……?」

 予想外すぎて、心臓がドキッとはねた。

「雪女さんと、仲良しなんでしょう?」

「いや、仲良しって……今日会ったばかりなんだけど……」

 君嶋くんが、困った顔をしている。

「きみたちの説得もあって、雪女さんを祓わないことに決めたんですから」 

 にこにこしながら、祓い屋がわたしたちを見る。

 わたしと君嶋くんは、思わず顔を見合わせた。

 その瞬間、あることが頭に浮かんだ。わたしたちの共通点。パパたちのおしごと。

 業務内容は『働きたいひとに、おしごとを紹介する』こと。

「や、やります……!」

 思い切って、わたしは祓い屋に宣言した。

 祓い屋は、すごく満足そうな顔で「よろしくお願いしますね」と言った。

「なにかあったら、僕も力になりますから」

 満面の笑みを浮かべながら、祓い屋はシギノ不動産の扉を開けた。

 なんと、祓い屋は社長だったらしい。名前も、シギノっていうんだって。

「なんで、社長が祓い屋なんかやってるんですか」

 君嶋くんが、シギノにたずねた。

「祓い屋の仕事は、裏家業なんですよ。不動産の仕事は、表向きの仕事です」

 そうなんだ……。

「地域密着型の不動産屋なので、この辺りの物の怪の情報がいろいろ入ってきて、便利なんです」

 あれ、でも。

 お水をもらうとき、シギノ不動産の中に入るけど、シギノの姿は見たことがない。

「いつも受付で紙コップをもらってますけど、一度も中にいたことないですよね……?」

「たいてい奥の部屋にいますから。僕に会いたいときは、受付係に言ってください」

 そう言ってシギノは、笑顔のまま扉を閉めた。

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