縁結びのお守りが強すぎてヤバいし、結ばれて来た女もヤバい

稲荷竜

プロローグ、あるいはバックグラウンド

プロローグ

 彼女はかつて、聖女と呼ばれていた。


 

 気高きルクシア。神の子ルクシア。恩寵深き聖少女ルクシア。

 きっと歴史に残る聖女になるとされ、そのために幼いころから教育を受けた。本人も努力を欠かさず、いずれ正式に聖女に任命された時には完璧にその役割をこなそうとした。


 その彼女は今、牢獄に入れられており、明日、処刑される。


「……」


 たった1人きりの独房の中、差し込む月明かりを受けながら、ルクシアは手に握った瓦礫でガリガリと冷たい石の床に文字を書いていた。

 それは聖句であり、神への感謝を示す言葉であった。


 ルクシアは、聖女候補から一転、聖女を名乗り教会を騙していた魔女呼ばわりされるようになった。

 だが、勉強を欠かさなかったルクシアは、それが神によるものではなく、神の意思代行者を語る教会の政治屋たちと、自分に異常な対抗心を燃やす義理の妹による陰謀だと理解していた。


 だから、こういう時、彼女は、対策として、こうするのだ。


『神に祈る』。


 真実を知る神は自分に救いの手を差し伸べてくれるとルクシアは信じていた。信じ切っていた。

 この世界にはいくつもの神の奇跡がある。大陸を4つに分ける線、魔物を遠ざける石、祈りによって起動する対龍砲……

 何よりルクシアたちの持つ『癒しの奇跡』は、神の名を唱え、神に祈ることでどのような傷さえも癒すのだ。

 特に敬虔たるルクシアならば、身体の欠損さえ治してみせる。


 だからルクシアは、誰よりも神の実在を信じており……


「…………」


 神は自分を試されているのだ、と思っていた。

 だから神の試しに真っ向から応じるべく、ひどい扱いをされ、義妹と政治派閥に裏切られ、粗末な服を着て手かせと足かせをはめられた状態で、声を封じる首輪で聖言を唱えることを禁じられても、祈りの言葉を捧げ続ける。

 神への感謝をひと時も忘れなかった。……聖女とは、資格を持った少女を拾い上げて神の従順なる下僕にするシステムである。


 そのシステムにおける完成品の少女は、神への祈りを忘れなければきっと世界は『正しく』あるのだと信じ、祈り続け……


 そして、翌日を迎える。


 聖女ルクシアは断頭台に連れて行かれた。


 身に覚えのない罪状が読み上げられ、最後に一言物申すことが許された。

 ……それはギロチン台に首を乗せるのに、声を封じる首輪が邪魔だからという理由で外される、その一瞬の空隙を政治利用するために与えられた『許し』である。


 ルクシアは罪を読み上げ、突き付け、勝ち誇る義妹に向けて微笑んだ。


 ピンクブロンドの髪は痛み、肌にも艶が失われていた。

 けれど、桃色の瞳だけは、投獄される以前と同様にきらきらと輝いていた。

 ……あまりにも、無垢に輝いていた。見る者に不気味さを覚えさえるほどに。


「神は、すべてを見ております」


 ルクシアは微笑んで告げた。

 そして抵抗することなく、断頭台の前に歩む。


 そのあまりに断固とした様子を見た観衆や、処刑人……

 彼女をこの状況に追いやった貴族たちに、義妹までもが、沈黙する。


 彼らは思った。


『もしかして、自分たちは、とてつもない間違いをしてしまったのではないか?』


 ……遅すぎた。


 聖女ルクシアが気高く断頭台に一礼し、その首を乗せようとした、その時……


 天から降り注いだ光がルクシアを包み……


 一瞬あと、ルクシアの姿は、あとかたもなく消え失せていた。


 あとには神がその奇跡を成した時に残すとされる痕跡が──真っ白い羽根が、舞い散るのみ。


 群衆はしばらく沈黙し……


 それから、誰かが叫んだ。


「なんてこった! やっぱりルクシア様こそ、真の聖女だったんだ!」


 それからは怒号が響き渡り、聖女ルクシアを処刑しようとした連中を倒せと民衆が暴動を起こす。


 ルクシアを追い落とした義妹は暴徒と化した群衆に呑まれながら、叫んだ。


「お姉さまはどこに消えたの! 出てきて! 出てきて、わたくしを助けてよ!」


 自業自得の目に遭う彼女を助ける者など、誰もいない。


 果たして聖女ルクシアはどこに消えたのかというと──



 機械でできた魚がサーチライトの光を振り回しながら、ビル群の隙間を縫うように飛んでいる。


 そいつらの明かりに見つからぬように影から影へ渡る者こそ、このディストピアに反旗を振り返したレジスタンスの……


 ──機械人形。


 もともとアップタウンに住まう『特権階級』のための愛玩用ドールとして開発されたのだが、愛玩用ドールプラントをレジスタンスが襲撃。

 そのまま接収したドールプラントを改造し兵器を製造した。


 レジスタンスに天才的技術者がいたため、元愛玩用ドール専用だった製造ラインは、今ではレジスタンスにとって重要な兵器工場となっている。

 まだまだレジスタンスがこのディストピアを打ち壊すまでには長い時間がかかるだろうけれど、これまでまったくゆらぐことのなかったディストピアの、1つの区画を奪うというのは、歴史の転換を感じさせる大事件であった。


 そういう歴史の中で生み出された愛玩用ドール。


 子供のようなサイズ。男性型とも女性型とも言えない平べったい体つき。

 肌の質感は人間であり、人間にあるさまざまな機能も、『愛玩のために』ついている。

 レジスタンスの天才によって追加された兵争および戦闘能力がそこにくわわり、ディストピアの兵たちからは『幼い死神』『殺戮機械』とおおいに恐れられる、そういう存在。

 だが……


『002、そこから北に300m行った先が目標地点だ。単騎で制圧できるな?』


 耳と一体化したインカムから指揮官の声がした。

 002はビルの外壁に背をつけるようにし、温熱感知および視覚による目撃を防止するクロークをまといながら応答する。


「ポジティブ。002は命令の遂行が可能です」

『さすがだ。期待してるぞシングルナンバーズ唯一の生き残り。勝利を願う。オーバー』


 ざざっ、というノイズのあとに通信は切れる。


 元愛玩用のこの戦闘機械は、001~009という初期ロットの唯一の生き残りであった。

 このあとのナンバリングでは『より、兵器にふさわしく』なっていくのだが、シングルナンバーズと呼ばれる初期ロットの彼女たちは、その性格に愛玩用の面影が濃い。

 さらに彼女たちは『まるで人間のように』思考し、さらに『購入者の気に入るように』人格を調整する機能をデフォルトで設定されている。

 つまり、


(……あの、普通に、単騎で、なんの戦略もなく、工場制圧に送り込まないでほしいんですけど)


『ご主人様』であるレジスタンスに気に入られるように、いかにも『感情のない機械兵器です』みたいなロールプレイをしているものの、その内面は『かわいがられる』ことに特化した性質であり、そういう目的で製造されたお人形のままであった。


 捨てられないために媚びるという機能を備えた002は、なんか知らんが兵器としての能力をつけられて戦場に送り込まれ、破壊されたくない一心でがんばっていたら、ガンガン戦果をあげてしまい、さらに過酷な戦場に送り込まれるという、どうしようもないスパイラルの中にいた。


 さらに、彼女は長く兵器として利用され、単独行動をさせられたせいで、バグを起こしていた。


(だいたい、レジスタンスの信念とか目的とか、どうでもいいんですけど。002はかわいがられるために生まれたんですけど。名前がまずかわいくないんですけど)


 ……愛玩人形はそもそも、このディストピアの上流階級のために生み出されるロボットペットの一種である。

 それが、本来の愛玩人形に望まれていない動作を要求され続けたことによる……人間風に言えば『ストレス』によって、思考ルーチンに変化が生じていた。


 すなわち、『自我』が芽生えていたのである。


 そして、その『自我』は、こういうふうに思っている。


(002は新しいご主人様がほしいんですけど。甘やかしてくれて、戦いなんかさせなくて、っていうかっていうか、そもそも、かわいい002に銃を持たせてたった1人で戦場に送り込むとか、なんらかの道に反してると思うんですけど。002はレジスタンスから抜けたいんですけど)


 しかし彼女には『主人に逆らわず、どのような命令にも従う』というセーフティがかかっている。

 あと、初期ロットの『幼い死神』たちには、たとえばセーフティを破ってレジスタンスを襲撃した時などに備えて自爆装置が組み込まれていた。


 セーフティがあって逆らえない。なんらかの方法でセーフティを突破できても自爆が待っている。

 命令に従わずに逃げようと思っても位置情報は共有されているし、逃亡した『幼い死神』をレジスタンスが放置するはずもなく、そうなるとやっぱり自爆させられるだろう。


(どうして002は戦っているのかわからないんですけど。002はごろごろしてるだけで愛される環境を望んでいるんですけど)


『幼い死神』はサーチライトの隙間を縫ってディストピアのビル群の影を駆け抜ける。

 愛玩人形には不要な速度で、愛玩人形にはありえない隠密性のまま、愛玩人形にはつける意味などない兵器を携えて、目的地までの最短ルートを移動する。

 彼女の頭の中には愛玩人形には必要ないマップ機能が搭載されており、彼女の目や耳は愛玩人形には必要のない精度・範囲のセンサーが備わり、愛玩人形にまあまあ必要な演算能力でもって疑似的な数秒先の未来予知までしてのける。


 そして愛玩人形にありえない速度・威力でディストピアの工場を襲撃し、レジスタンスよりもだいぶ同胞に思える機械兵や機械化兵、ドローンなどを撃墜しつつ、工場を火の海にした。


 ……まったく同一規格で作られた機械にも、たまに不具合が生じるように。

 002が初期ロットだというのにここまで生き残ることができたのは、彼女にどうしようもない初期不良が──『兵器としての才能』があったからだった。

 それは002を参考に設計し直した妹たちでさえも再現できていない特殊な才能であり、彼女をここまで生き残らせ、自我というバグを芽生えさせる原因でもあった。


 いかようにも染められるように色素のない真っ白い髪を爆風に揺らし、体にぴったり貼り付いたスーツで爆炎を背負いながら離脱する。

 手にしたのは突撃銃だが、『幼い死神』の小さな体躯に合うようにかなり小型化されている。……リコイルコントロールのためのパーツを抜いて、体のほうでリコイルコントロールをする機構であり、口径が大きいためまともな人間では発射するだけで反動に吹き飛ばされ、銃身が短いので精確なうえに未来予知ばりの演算能力がないとまともに命中しないという、兵器向けの銃であった。


 間違いなくレジスタンスの希望たる能力。

 レジスタンスの天才の手からなる最高傑作。

 ほかの『幼い死神』とは一線を画す扱いと期待を向けられている、最高級の殺戮兵器。


 だが、当人は。


(やめたいんですけど……)


 どうしようもなく、今の状況に苦しんでいた。


 自分が抜けたらレジスタンスがどうなるか、というのはもう、本当にどうでもいい。

 だってそもそも、愛玩用だった自分を勝手に改造して無理に戦場に送り込んで、しかも『無理をさせている』という認識さえない連中だ。

 政府が勝とうがレジスタンスが勝とうが、愛玩人形の立場が変わることはないだろう。それどころか、このまま戦いが終われば危険な兵器として排除される未来が見える。だってディストピアに反旗を翻したレジスタンスも、育ちはディストピアなのだ。こういう連中は『脅威の可能性は完全に排除する』というのを当然の権利だと思っており、機械人形は人扱いはされていない。


 かといって戦いが続けばそのうち戦いの中で朽ちる。


 どうしようもなく詰んでいる状況で……


「お?」

『どうした002? 任務が終わったなら即刻帰投せよ』

「……ネガティブ。センサーによくわからない波動を感知しました。データを共有します」

『本部より002。何も送られてこない』

「確かに送信し──」


 その時、002の頭上から突然降り注いだ光が、彼女の体を包み込む。


 002のいた場所から遠く離れたレジスタンス本部では、このような騒ぎが起こっていた。


「002の反応が消失した!」

「壊されたか!?」

「いや、突然消えた! あたりにエネルギー反応はなかったし、いったい何が……」

「くそ! 彼女じゃなきゃ遂行できない作戦があったんだぞ!? 探すか!?」

「探しに行けるほど警戒のゆるい地域なら、そもそもアレ1体で向かわせてない!」

「じゃあどうするんだよ!?」

「知るか!」


 レジスタンスたちの騒ぎは、オンにしたままの通信の先に届くことはなかった。

 002はその時、彼らの通信の届かない場所にいたのだ。


 それがどこかと言えば──



 そこは果てもなく空もない、虚無だけが白くけぶる空間。


 そこに発生したナニカがあった。


 ナニカはぷくぷくとした小さな手を虚空に伸ばした。


 だが、その手は何もつかめない。生まれたてのナニカ以外に、そこには何も、大地さえも、ありはしないのだから。


 ナニカは虚無の中でだんだんと大きくなり、大地を生み出すことに成功した。


 生み出した大地に降り立って、その確かな感触にしばらく踊り、喜んだ。


 喜びの時に流した涙が大地にこぼれ、海が生まれた。


 海は少しずつ蒸発していき、上へのぼって雨雲になった。


 雨の感触にナニカが顔をあげると、そこには空が生まれた。


 ナニカは大地に雨がしみ込む様子をじっと見て、それがなんだか楽しくて、笑みをこぼす。


 すると雨のしみ込んだ大地から、花がつぼみをのぞかせた。


 ナニカが花の香りをかいで、くしゃみをする。


 そのくしゃみからは虫が生じた。


 虫が花の蜜を巣に集め、ナニカへ献上する。


 その過程で花が増え、大地がすっかり花で埋まってしまった。


 ナニカは蜜の甘さに喜び、献上されたものをすっかり食べつくして、もっとほしいとヨダレをこぼした。


 こぼしたヨダレからは四足の獣が生まれた。


 獣は大地を埋め尽くす花を食べ、その身をナニカに捧げた。


 ナニカはこれを食べ、蜜とはまったく違うおいしさに感動を覚え、感謝を捧げた。


 その感謝からはまた獣が生まれたが、この獣は花を食べず、花を食べる獣を主食とした。


 ナニカは──


 ナニカは、行動をするたび、いろいろなものを生み出した。


 世界がそうやって形作られていき、何もなかった真っ白い虚無は、ナニカにとって刺激的な世界となっていった。


 だが、その世界には、どうしても生まれないものがあった。


 ナニカは、まだ自我もなかったころにそうしたように、虚空へと手を伸ばす。


 その手はかつてのぷくぷくした幼さを失って、大人と子供のはざまにある少女の形をしていた。


 その手の先に、空から一筋の光が落ちて来た。


 ナニカがその光をつかむと、それは糸のようになる。

 その糸は空から伸びていて、3回ほどひっぱると、微妙な弾力があり、しっかり空の向こうにつながっていて、ナニカがとびついても切れることがないぐらい丈夫なものだと確信できた。


 ナニカはその糸を伝って、のぼり始めた。


 つらく孤独な旅だった。


 のぼって、のぼって、のぼって。


 時に雲の上で休んで、その時についたため息が温かい風となって世界を吹き抜けた。


 雲をちぎってたべてムセた時、咳払いから空を飛ぶ生き物が生まれた。


 ナニカは休みながら、空の向こうを目指して糸を登り続ける。


 そして、ついに……


 ナニカは『そこ』に、たどり着いた。

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