第4話
これまでのあらすじ。
『よくわからん出自の女の子がくっついて離れない』という問題を解決するため、原因っぽい友人からもらったお守りの中身をお焚き上げしようと神社めぐりをしていた。
そしたらお参りした瞬間に異世界転移していた。
結論、神はいる。
「……で、どうしましょうね、これから」
ドラゴンを倒したら元の世界に帰れるかと思いきやそんなことないのはおどろいたよね。
アオは頭を抱えた。
友人のお守りがピカッと光って女の子が出てくる。これはまあいい。よくないけど。いいとしよう。
その女の子たちが自分とゴムでつながってるみたいに離れない。それもいい。よくないけど。ちょっといいのは事実だし。
で、事態の解決のために神社巡ってたら最初の一歩で異世界転移。
そんでもって帰れない。
ちゃっかりドラゴン倒したぞ祭りに参加している。
もちろんそばには聖女ルクシアと002、あとナニカがいる。
アオは一段高い場所に席を用意され、さっきから宗教の人たちがドラゴン肉を持ってくる。ドラゴン肉、マジで硬くて噛み切れない。味は鶏肉に近いが脂が豚とかそれぐらいあって、噛み切れないのに噛んでるだけでうまい脂で口の中がギトギトになる。炭酸水とか欲しくなったが、要求したら無理してでも用意されそうなので口には出せなかった。まさか異世界農村ソーダが名産とかいうわけでもなかろうし。
「わかっております」
「うわでた」
「まだ威光を示すべき先があるということなのですね。先ほど聞いた話によれば、わたくしが神の国に招かれてから王都が崩壊し、それに合わせるかのように魔物の数も増えたようです。であれば、世界に神の威光が必要となりましょう」
「…………あのさ、1個、聞いていいッスか?」
「神にすべてをつまびらかにし、恥じることのない生活を送ることを我らは心に誓っております」
「恨みとかねぇの? 自分の首を刎ねようとした人たちでしょ。しかも、どうにも冤罪っていうか、政治的なヤツで」
聖女ルクシアの発言は宗教バイアスが強すぎて、その見解も、言葉遣いも、彼女のバックボーンを知るのを邪魔していた。
しかし聖女の横で聖女へのお礼だとか、償いだとか……あと『自分はあの時あなたの処刑に賛成してましたけど、心を入れ替えたので許してください』的な……保身とか。
そういうのを聞かされていると、集まってくる情報で聖女ルクシアのバックボーンがなんとなくわかってしまった。
聖女は冤罪で偽扱いされ、首を刎ねられそうになった。
しかも画策したのは王都にいた政治家、宗教の偉い人、それから自分こそが聖女だと名乗る義妹。
「中には内心であんたの処刑に否定的だったヤツもいるかもしれないけどさ、でもけっきょく、誰もアンタを助けてくれなかったじゃん。そんな世界を……『主の意向で』助けろって言われたら、俺ならキレると思うけどな。『ふざけんなよ神様』って思わないでいられる自信はないよ」
現在のルクシアが置かれている状況は、ようするにそういうことだ。
アオはまったくこの異世界転移に関与していないが、ルクシアが本気でアオのことを神だと信じているのならば、それは、アオがルクシアに『お前に冤罪を着せて殺す一歩手前までいった連中がいる世界に戻すから、お前の力でそいつらを助けろ』と言われたのも同然だ。
納得できるはずがない。
アオはもちろん、何もわかっていない。異世界転移をさせた犯人でもないし、そもそもルクシアの語る神でさえない。
それでも、
「アンタは神様を責めてもいいんじゃないかな。いくら試練によって寵愛? を受けると感じる? みたいなのでもさ。……その人生、楽しいことあったのかよ」
ルクシアには資格がありすぎるぐらいだと思えた。
自分は神ではないし、神の代わりをしてやる筋合いもない。でも、ルクシアが誰かを責めて楽になれるとしたら、ルクシアのために神のフリをしてもいいと思うほど、その人生はつらすぎた。
……どうしてこんなクリティカルなことを聞こうと思ったのか、わからない。
黙って『大変ですね、へぇ』ですませれば、なんにも起こらず平穏無事に終わったはずだ。
今、ルクシアに投げかけた質問はめちゃくちゃデカい一石だ。人の精神が湖の水面のようなものだとしたら、そこにさぞかし巨大な波紋を起こすことだろう。
あたりに祭りの騒ぎと熱気があるからだろうか。
ドラゴンという巨大な化け物に滅ぼされるところだった小さな農村は、これでもかという勢いで生き延びた今を楽しんでいる。
宗教の人たちも、鎧姿の人たちも、祭りの始まりのころはひっきりなしにルクシアに話しかけ、(ルクシアが神だと紹介するので)アオに祈りを捧げていたが、それも祭りがたけなわになってくると来なくなって、それぞれ踊ったり、酒を呑んだり、力比べをしたり、ドラゴン食ったり……愛をささやきあったり、しているようだった。
そういう当たり前の未来を奪われて変なことになったルクシアの人生が、どうしても、こうやって疑問を投げかけなきゃやってられないぐらい、呑み下せないものだったのかもしれない。
アオには変な友人がいる。たぶん家族にも恵まれている。まだ高校生だし、これからだ。
だから、人の人生のつらさにうまく耐えきれない。その巨大なものは言葉にして吐き出さないと、これからどういう顔をしてルクシアと30sm以内でのお付き合いをしていけばいいかわからなくなってしまう。
これだけ人に近いのに、もう誰も、聖女や神に関心を向けていない。
中央に座る聖女と神の周囲で、まったく無関係みたいに、それぞれの人生を過ごしている。
でもたとえば、またドラゴンが出たりしたら、彼らは急に聖女や神のことを思い出して、こちらを頼ってくるのだろう。
何も起こらないなら、無視してるくせして。
聖女は静かに述べた。
「でも、人とはそういうものですので」
「……だから、受け入れるしかない?」
「懺悔いたします。わたくしは、人などどうでもよかったのです」
「……だいぶがんばって救ってたみたいだけど」
「だって、試練を乗り越えたら、神がわたくしを愛してくださるでしょう?」
「……」
「人の愛などいりません。わたくしには、神の愛さえあればいい」
手がとられた。
ルクシアの手は熱くて、少ししっとりしていた。
「幼いころに神殿に連れ去られ、神について毎日教わりました。神は人に試練を課す。神は人が試練をこえるのを望む。神はそうして人を試すのです。人が、自分の力で生きていくことができるように。ですからわたくしにも、数々の試練が課されました」
「『神頼み』っていう概念がなさそう」
「ところが多くの人は、神に頼むのです。『自分はもう充分に試練を味わった。だからそろそろ恩寵を』と。……本当に愚かだと思いました。彼らが試練と呼ぶものを、10や100合わせても、わたくしにとって『試練』と呼ぶのにまったく足りないのですから」
「……」
「努力もせず寵愛ばかり欲しがる連中は、『そういうもの』なのです。……ですが、神はわたくしを見ておられました。わたくしが試練を乗り越えたと認めてくださった。ですからそれで充分なのです。わたくしには、神の愛だけあればいい。わたくしの首を刎ねようとした連中、わたくしを追い落とそうとした連中。どうでもいいのです。もともとなかった興味が生じることさえ、ありませんでした。助けるのに抵抗はありません。見捨てるのにも、抵抗はないと思います。快事ではなく、本当に、彼らがどうなろうとどうでもいい。だからすべては、あなたの意思のままに」
「取り返しがつかない感じがものすごくするから、ダメージを抑えるために、ことさら強く言いますよ。俺は神じゃない」
「わかっております」
「だからそれは、わかってないヤツ」
「いえ、わかっているのです。あなたが神かどうかという真実はどうでもいい。わたくしにとっては神なのです。だってあなたは、わたくしが試練を超えた先で、わたくしの前に現れた、人を似姿とする存在なのですから」
「……」
「ですので今だけははっきり言いましょう。わたくしはあなたを神とすることにしました。おそばに侍ることで、わたくしの人生は報われます。それに」
手が握られる。
聖女ルクシアの顔がアオに近付く。
耳を噛むような距離で、聖女はささやく。
「神がいないとしたら、わたくしの人生はなんだったのですか?」
……息が止まるほどゾッとした。
理解はうまくできなかった。でも、なんとなく、アオにはわかってしまった。
神は存在しないかもしれない。
でも、それを認めるには、ルクシアの人生は、神がいる前提ですべてを奪われすぎていた。
だから、神とすることにした。
誰でもよかった。そこにいて、それらしい逸話に符号していたから、アオは彼女の神となった。
ルクシアはこれからもアオの神を証明し続け、証言し続けるのだろう。
だって彼女の力があれば、何もない一般人を神に仕立て上げることなど造作もないのだから。
ぎゅうっと、ぎゅうっと、痛むほど強く、手が握られている。
少女が神にすがっている。
神になってやる筋合いはない。
でも、神を否定する勇気もやる気もない。
「俺は神じゃない」
「……」
「でも、神はいるし、そいつらが、アンタを俺のもとに招いたのは事実だと思う」
「なるほど」
「神が不在じゃ説明できないことが起こってる。あと、よく考えたらさあ……」
「……?」
「俺ら、けっこう、カジュアルに何かを『神』認定するなぁって思って……」
いい曲を『神曲』と言う。
いい絵を描く人を『神絵師』と言う。
神様って、案外、そういうものなのかもしれない。
ようするに、ヤバければ神だ。
「この世界の文明レベル見て思ったよ。俺のいる世界、進んでるわ。だからきっと、いろんな『神』に出会うと思う」
アオはこの美少女どもを引き連れて、文明に触れさせることに決めた。
元の世界に戻ったとして、お焚き上げというか、お礼参りというか、そういうことを続けるのに、いつまでも人目を避け続けるのは不可能だから、どこかであきらめるしかなかった。
それに、
「アンタ、ヤバいから、早く俺以外の神を見つけてほしい。すごい身の危険を感じる」
「まあ! こんなに一心にあなたを愛しているというのに」
「だからだよ。……あと愛してるとか軽々しく言わないでほしい。……いやごめん訂正。たぶんめちゃくちゃ重苦しい言葉だよねそれ。ますます引き取れないわ。だって俺、そこまでの覚悟も勇気も思い切りもないし」
「……」
「だからアンタのために祈るよ。一刻も早く、アンタを受け止められる神がアンタの前に出てくれますようにって。今、縁結びのすげーお守り持ってるからさ、たぶんどこかの神には届くでしょ」
ルクシアは顔を放した。
それでも2人の距離は30cmより開くことはない。
聖女は微笑んだ。
「では、わたくしも祈りましょう。必ずあなたに届くから」
早く手放したいなあ、と思った。
でも、男の子なので、こういう気持ちもある。
『このまま神認定されても、かまへんか』
やっぱり顔がよくておっぱいが大きい女の子は得だ。
崇められるだけでこんなにも愛したくなるのだから。
「002、存在を忘れられている気がします」
「私も!」
今まじめな話をしていたので、もう少し存在を忘れられていてください。
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