第5話
風呂に、入ることになった。
…………。
風呂に、入ることになった。
中世ヨーロッパ風異世界なので風呂文化がないことも期待したが、そういうことにはならないらしい。
というよりこのへんは温泉がわいている保養地だそうだ。文化的には一家に1台の風呂がある感じではないのだが、なんとこの場所に限りあります、みたいな運がいいのか悪いのかわからない、そういうことが、起きている。
日本人なので毎日入浴する。シャワーぐらいなら日に2回浴びることもあるアオとしては、炎天下の下を歩き回ったあと異世界転移してドラゴンを間近で見たせいで汗をかいていて洗い流したいのが本音だった。
でもできるなら先延ばしにして考えないようにしたいイベントでもあった。せっかくトイレは回避してたのにこれじゃああんまりだよ。そう意識したらトイレにも行きたくなってきた。実は我慢していたのだ。結構。
(まぁ、避けられないよな)
アオの基本方針は省エネだ。
なので避けられないことを前にあたふたするよりも、受け入れてしまうほうが消費エネルギーが少なくてすむ。
このあたりの見切りが早すぎて人から『落ち着いてるね』と言われることもあるが、こういうのは落ち着いているのではなく、あきらめているのです、というのがアオの感想だった。
「002は入浴という行為は初めてです。しかし風呂場で行うプレイの知識はインストールされています」
「まあ、それはどのような?」
「代表的なものはローションを体の前面に塗って……」
「やめなさい」
目を閉じていても耳から毒のある情報を入れて来るのは襲撃だか強襲だかが得意な自称ロボだ。
たぶんこれも自称とかじゃなくてマジのやつなのはなんとなく察するところだが、そのへんの現実はあとでイヤでも直視せざるを得ない状況になるだろうし、今は考えないことにする。
「主よ、お召し物を失礼いたします」
「失礼だと思うならしないでほしい」
「しかしこのままだと服を着ての入浴になりますが……」
そう、今こうしている瞬間も、ずんずん風呂方向に引っ張られているのだった。
犯人はナニカ。
「すべてが真新しく面白い。ナニカは早く入浴をしてみたい」
体格はアオより小さいくせに、ナニカが歩くとアオのほうが引っ張られる。
体重差だってあるはずなのに、どういう物理現象なのだろう。
(避けられないんだよ。覚悟決めたほうが楽だ)
まずね、どういう心境で服脱いでいっしょにお風呂入ればいいか、そこが固まってない。
ぶっちゃけると、女の子の裸には……興味が……あります……
というか女の子のほうがガンガン脱いでいるので、たぶんこうして遠慮してるほうがバカみたいなのだろう。
でも、周囲に裸のかわいい女の子が3人いるという状況に遭遇する心構えがぜんぜんできていなくて、見ればいいのか、目を逸らせばいいのか、当たり前のように脱げばいいのか、恥じらえばいいのか、何もわからない状況だった。もっと普段から『突然女の子3人といっしょに入浴することになったら……』というイメージをしておくべきだったのかもしれない。
とにかくタイムリミットは近そうだ。硫黄のニオイの濃さは変わらないけれど、温泉特有とおぼしき熱気がどんどん近づいてきてるし、一歩も動いてないのに土の地面の上で足がずりずり動いて引っ張られているのがわかる。
どうしていいかわからない。
なのでアオは、もう考えても仕方ないと思った。
「これから、服を脱ぎます」
宣言するとナニカが足を止め、3人から拍手をもらった。
拍手、世界をまたぐ歓迎のしぐさ。
「そして、これから目を開けます。よろしいでしょうか」
許可を求めれば「どうぞ」「ポジティブ」「いこう」と肯定的な反応。
アオはもう1つたずねた。
「あの、みなさんはこの状況についてどうお考えなのでしょうか。俺たち今日会ったばっかりですよね。そういう異性と一緒にお風呂入るの、どういう気持ちなの? 俺、どういう気持ちでいたらいい?」
「神はもとより、すべてをご覧になられています」
「002は愛玩用人形です」
「……あ、なるほど。同胞に服を着てない状態を見られると『恥ずかしがる』という反応が適切なのだな」
「話になる人が1人もいねぇ……」
おかしいな。みんなこんなにも近くにいるのに、心はひとりぼっちだ。
だがお陰で結論が出た。
「気にするだけ、アホらしいっていうことだよな……」
もうこうなりゃヤケだ、とアオは服を脱ぐ。脱いだ服を入れる脱衣カゴは、ナニカがずりずり引っ張ったせいではるか遠く。
戻ったらせっかく固まった覚悟がゆらぎそうなので、もう土の上でいいや、と土の上に服を落とす。一瞬で後悔した。土、落ちない気がする。洗濯の時どうしよう。
しかしここで勢いを止めるわけにもいかない。上を脱いだ。下も脱ぐ。全部脱ぐ。「おおお~」と歓声が上がった。なんだろうこれ、感じる危機感は『女の子の裸を見ちゃう、どうしよう』ではなく『女の子に裸を見られちゃう、どうしよう』だったかもしれない。
「あの、目を開けます。なるべく視界に入らないように気を付けてください」
言って、開けてみた。
全員正面にいた。
閉じた。
それで。
「すいません、目を閉じたままでもよろしいでしょうか」
いやだって……無理だから。
みんな一瞬沈黙したあと許してくれた。
でも。
結果的には、目を閉じたままのほうがヤバかったんじゃないか? という事態になるのを、この時のアオはまだ知らない。
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