第3話
神社巡りというのはうだるような真夏の暑さの中でするものではないと、そう思ったわけだった。
とりあえず問題解決のために行動を起こしたばかりなので、『女の子が半径30cm以内にいることによって発生する問題』に具体的な解決策・対応策を考えないこととした。
人に説明するのに『バランスをとってる』という定義をしたけれど、アオの行動はアオの視点では『省エネ』に属する。
何かをするにはエネルギーが必要だ。精神的なやつとか、あるいはもっと直接的にカロリーとか。
そして精神的なエネルギーというのは対象となる行動をとることでまあまあ回復するというのがアオの理屈だ。だから、善いことをして疲れたら、疲れたぶんを取り戻せる範囲の悪いことをする。別に善悪のバランサーというわけではない。アオはただ疲れたくないだけだった。
それがなんの因果かこのクソ暑い中を女の子に密着されて余計に暑くなりながら歩く羽目になっている。
アオにも性欲はある。あと、アオは女慣れしてない。
省エネ的思想のせいであまり表に反応が出ないが、30cmという距離だといいにおいがするし、あと、一人とてもでっけぇ胸をお持ちなので、これがたびたび当たるのも、アオにかなりのエネルギーを使わせていた。
(男の尻でも見たら疲れとれねえかな)
あまりにおっぱいが当たるのでそんなことを考えつつ歩いて行く。何も解決しそうもない無駄な思考だった。気疲れが重なったので、細かい因果関係を考えるのをやめて全部夏のせいにした。少しだけ気が楽になったように思えた。
そうして歩いて行くと最初の神社に到着した。
アオの住んでいる地域には、意外なことに神社が多い。もちろん、そういうのの本場と比べると少ないのだろうけれど、神社から違う神社が見えるみたいなこともあって、今まさに、鳥居だけがやたらと多い、端から端まで30歩ぐらいの小さい神社からは、大繁盛している別な神様を祀る大きい神社が見えた。
さて、最初の神社なのだが。
小さいだけあって人の気配がなかった。
お守りは置いてあるんだけれど、商売っけがないというのか、『とりあえず並べてはあるけど、まあ、買う人はいないでしょ』という態度が透けて見えるようだった。
神社としてどうなんだ、と思いつつ、お焚き上げしてもらうのに1回も詣でたことがないのもな、というアオのバランス感覚が発動して、とりあえず1回お参りしてみることにした。
アオがお賽銭を入れて両手を合わせていると、でっかいおっぱいを押し付けるようにアオの顔を横やや下からのぞきこんでくる人がいた。
聖女ルクシア。
ピンク色の髪にピンク色の瞳という特徴なのに、まったくコスプレ感がない恐るべき人だ。
やや年上に見える落ち着きある様子。柔らかい微笑みを常に浮かべた綺麗な顔。むしろ囚人服みたいな感じなのがコスプレに見える。まさに聖女。
その聖女が、アオの動作をじっと見て、首をかしげた。首をかしげるっていうのは世界共通動作なんだ、とアオは思った。
「主よ、それは、何をなさっているのですか?」
生きてて『主よ』と呼びかけられる経験を想定していなかったので、一瞬反応が遅れた。
『シュヨ?』と首をかしげかけて、そういえば自分が神様扱いされていることを思い出す。
するとこれからする説明が一気に複雑性を増したのでちょっとげんなりしつつ、『まあいいや』と思ってアオは言葉を発する。
「神様にお参りしてる」
アオはあまり宗教に詳しくないので、神様扱いしている自分が神様に祈ってると知れたら反応が面倒そうだな、とある程度覚悟をしていた。
だが、覚悟していた反応はなかった。
「ああ、これが……なるほど」
「……神様扱いしてる人が神様を詣でてたら、なんかこう、ないの?」
面倒そうな反応を予想、あるいは期待していたのでつい、問いかけてしまう。
すると聖女ルクシアは不思議そうな顔をした。
それから「なるほど」と笑った。美人すぎた。
「まず世界には混沌があり、混沌より光と闇が生じ、それからいろいろあって、我ら人に救済をもたらすあなたが生まれたわけですから、あなたより上位の神々もいらっしゃるというのは、きちんと理解しています。主はわたくしの知識を試されたのですね」
「そんな意図はないんですよ」
「わかっております。主はすべてをご覧になっておいでですが、そのすべてに興味を抱いているわけではない。ゆえにこそ我らは、少しでも主の目に留まり、記憶に留まるべく、あなたに祈りを捧げるのです」
「うん???」
「わたくしがどの程度の知識を持っているのか、主はご存じでしょう。しかし、わたくしの礼拝が足らず、主の興味のすべてを集めるには足らなかった。わたくしの不徳のいたすところです。改めて、あなたに祈りを」
ちょっと何言ってるかわかんないですね。
こうして神様にお参りする男の横で、ピンク髪の美人が膝をついて男に祈るという奇妙な絵図が完成してしまった。
なお他の2人はよくわからなさそうな顔をして、顔を見合わせて笑っていた。仲がよさそうでとてもいいとアオは思った。これは現実逃避的行動だ。
ところで3人とも違った世界観にお住まいのようだけれど、そのあたりのすり合わせというか、互いへの認識はどうなってるのかな、なんてアオが考え出したタイミングで……
アオがベルト穴にストラップを通して提げているお守りが、また発光した。
視界が真っ白に染まるような激しい光だ。でも、目は不思議と痛くならず、光が焼き付くこともなかった。
ただただ白くなった世界で、世界の白さがおさまるのを待つ。
聖女の祈りに反応して光を発するとか聖なるものみたいだな、と慌てることに疲れていたので気が抜けたように考えていれば、光がだんだん収まってきて、視界がだんだんと戻ってくる。
完全にあたりの様子がわかるようになった時、アオは思わずつぶやいてしまった。
「なんだこりゃ」
さっきまで全長30歩ぐらいの神社にいたはずだった。
でも、今はまったく違う場所にいた。
果てのない草原。
意味ありげにそこらに置かれた大きな岩。
空には見上げてもあまりまばゆくない小さめの太陽が3つ浮かんでいる。
あと、遠くのほうにドラゴンが飛んでいた。
なんか、ピカッと光って異世界転移していた。
◆
「なるほど、すべて理解いたしました」
聖女ルクシアが何かを理解したらしかった。
アオはなんもわからんのでつい『何言ってんだコイツ』みたいな顔になってしまう。
しかし聖女ルクシア、ポジティブの極致なので「なるほど」とまた何かに納得し、アオの横に立って、状況をわかっていない002とナニカに語り始める。
「主は『お前を神の国に召し上げたが、しかしそれは、地上の危機を見過ごしていいという話ではない。ひとたび神の恩寵が必要な事態が起こらば、神に認められた聖女としての使命を果たせ』と仰せです」
「仰せでないですが」
「アンノウン。002はプレイに役立つ範囲の宗教知識しかインストールされていません。発言の意味の解説を求めます」
「ナニカは会話を望むので、解説というのを聞いてみたい」
聖女が笑顔でうなずく。
そして、こう言い直した。
「『ドラゴンをぶっ飛ばして神の威光を物理で示せ』と主は仰せです」
「002、理解しました」
「なるほど」
「仰せでないが???」
なんかそういう話になった。
こんなおっとりした優しそうな顔の人から『ぶっ飛ばして』とかいう語彙が発生したことの衝撃はわりとでっかい。アオはしばらく立ち直れなかった。
しかし状況把握のための時間はなかった。なぜなら聖女ルクシア、ずんずん進むから。1人がずんずん進むと30sm以上離れられない3人もずんずん進むしかなくなり、一行はずんずんとドラゴンに接近していった。
ドラゴンは近づくにつれアホみたいなデカさであることを知らしめてくる。あのサイズの変温動物が空飛んで火を噴くとか、まともに生物学をやってる人に見せたら興奮するか絶句するかの2択になりそうだった。
そしてドラゴン、交戦中である。
真っ黒い鱗を持つ、全長目測50~70mぐらい。つまり近いサイズ感の物体はジャンボジェットだった。
そのジャンボジェットに、鎧を着て剣を持った人の集団が飛び掛かって地上に縫い付け、その後ろから魔術を放ち、さらにその後ろは野戦病棟みたいな感じになっていた。
たぶんこの世界の神官なのだろう、そういう雰囲気の白くてそろいの模様を刺繍したローブを着た集団が、ケガをした鎧の人たちの治療をしている。
治療している人たちが手をかざすと手のひらがパァッと光って、うめくしかできなかったけが人の呼吸がちょっとだけ安らかになる。
……どう見ても魔法だっていうのに、『それだけ』だった。
傷はふさがらない。血は止まらない。欠損部位は生えてこない。
剣と魔法のファンタジー世界の住人は、ドラゴンの相手をするにはあまりにも力不足だった。
だというのに。
「では、威光を示してまいります」
聖女ルクシアがにっこり笑って祈りのしぐさをした。
すると薄桃色の光がドーム状に展開して、一瞬でけが人たちがパチリと目を覚まし、起き上がる。
そして起き上がった人も、治療をしていた人たちも、おどろいたようにアオの方を、というかルクシアを見るのだ。
その集団にルクシアが微笑みかけてやると、一瞬の静寂のあと……
怒号が上がった。
「聖女!?」
「聖女ルクシア!」
「お戻りになったのですね! 真の聖女!」
「……なんか首を刎ねられそうになったとか言ってませんでしたっけ。首刎ねようとした連中の歓迎っぷりとは思えないんですが」
「御身の威光を浴びれば、みなおのずから間違いに気づき、真の神の寵愛を素直に認めるものです」
ルクシアの発言が全体的に何言ってるのかわからない。
何を言っているかわからない人は、何を言っているかわからないまま、視線を戦っている人たちに戻した。
「聖歌を」
聖女がただ一言言うと、戦いの最中だというのに、神官たちが歌い始める。
それは神を賛美する歌のようだった。というかアオは気付いた。口の動きと聞こえる声がそろっていない。何かの力で同時翻訳されている。
……そういえば、その手のことをしてたっぽい存在がそこにいたな、とアオはナニカを見た。
ナニカはにっこりと笑っていた。見た目に比して幼い笑顔で、とてもかわいいと思いました。
「聖歌と礼拝を御身に捧げます」
「あの、改めて言いますね。俺、たぶんあなたの神じゃないんですよ。だいたい、神様だったらこんなところでボーッとしてないで、不思議な力でドラゴンを一発退治してると思いませんか?」
「わかっております」
「何もわかってないヤツがきちゃったな」
「神というのは、我らを試すのです。すべてを差配し、すべてをそのお力で解決しては、人は怠惰になり、堕落するのみ。であるからこそ、神は手出しをなさらないのです。……ふふふ。わたくしを試してくださっているのですね? すべて、わかっております。神は特に、寵愛する者へ多くの試練を課すものだと」
その時聖女ルクシアが浮かべたのは、これまでの彼女のどこか温度のない微笑みとは全然違った、温度の他にニオイも、質量も、粘度さえもある微笑みだった。
なんらかのクソデカ感情を向けられていることはアオにもわかった。ただ、デカすぎてどういう感情なのかが全然わからなかった。
そしてアオが聖女におびえているところで、さっきまで『絶望的な戦い──』とかいうアオリ文がつきそうだった『鎧のみなさんvsドラゴン』は、奇妙に熱狂した鎧のみなさんがドラゴンを圧倒し始めていた。
傷ついたそばから治されていくので恐れがなくなっているのだ、というあたりまで分析できる目はアオにはない。アオにはただ、聖女が姿を現しただけで人々がバーサーカーになったようにしか見えず、『宗教怖すぎる』と震えるだけだった。
「聖なるかな、聖なるかな。神は超えられる試練のみをお与えになります。あなたたちの痛み、苦しみ、すべては神からの試しなのです。ですから、苦戦を喜びましょう。痛みを歓迎しましょう。その苦戦を超えた先にこそ、神があなたたちに示したかったものがあるのです。神の威光を思い出すのです。わたくしはそのために、神の国より戻ってまいりました」
聖女の言葉は宗教の人たちの聖歌をバックに、ラップパートみたいにぴったり合って聞こえた。
純粋に怖い。1人が姿を見せて傷を癒しただけなのに、全員がバーサーカーになってしまった。それは回復チートだのバフチートだのなんか生易しく感じるぐらいの、宗教家としてのチート的なスキルに見えた。
なお、アオは知らない話ではあるが、この狂信っぷり、人に痛みと苦しみを、自分にはもっと強く痛みと苦しみを、という行き過ぎた神の肯定と神への奉仕が厄介視&危険視されて、ルクシアを偽聖女にしてしまおうということになった背景もあるのだが、そのぶん現場で実際に戦う人たちにはこのように大人気でもある。
かくして最初は『強大にして絶望的な敵vs物語の序盤で主人公の強さを引き立てるためにやられる装備の立派なみなさん』みたいな構図だったのが、今は『暴走する武装した人の群れにうっかり出会ってしまったドラゴンくんvs好きな宗教発表ヒューマン』のようになっていた。
こうして異世界転移してドラゴン相手に無双した。
ただし無双したのはアオではなく、現地の人と現地出身の聖女だった。
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