第2話
「『縁結び』の力だなあ」
原因はそういうものらしかった。
通話越しに友人は語る。
「実はあのお守りさ、僕の手作りなんだ」
「どうしてそんなものをハンドメイドしようと思ったんだ」
疲れたのでみんなして神社の石段に座りながら通話する。
8月も半ばの熱気はすごいが、神社の木陰と少し湿り気のあるひんやりした土のおかげで、ほかの場所よりはきっとたぶん涼しいだろう。
本音を言えばさっさと冷房のある場所に行きたいぐらいの暑さだし、そもそも周囲に3人の熱源があるのでこのままだと熱中症まっしぐらのような気もしていたのだけれど、周囲30cm以内に女の子3人はべらせて人通りの多いところに行くのは、ちょっとばかり覚悟と勇気が必要だった。
そこでとった手段が『友人との通話』だったのだけれど、いきなり当たりを引けた気配に、アオはちょっとだけ元気になった。
なお周囲30cmの女の子たちが興味深そうにアオのスマホをじろじろ見て、002がドヤ顔で「これは002の国の政府が現在の制度を布く前には存在したと言われる、個人が手続きと資格なしに携行できる遠距離通信装置です」と解説し、ほか2人からの賞賛を集めていた。仲がよくていいですね。
「お守りってさあ、分解してみたくなるじゃん」
「ならない」
「アオ、それじゃあ会話が終わっちゃうよ。同意して。とりあえず」
「いいけど、あとで必要な時に嘘つけなくなったらどうするんだよ」
「……ああ、バランスか。変なやつだよなあ、君は。わかったわかった。まあ、僕は分解してみたくなるんだよ」
「それで?」
「分解するとね、中に入ってるのは紙だったり、小さな像だったり、場所と値段によってさまざまなものが入ってるわけさ。巻物、なんていう場合もあったね」
「……それで?」
「で、僕は疑問に思ったんだよ。『もしも、同じご利益のお守りの中身を一つにまとめたら、ものすごいご利益があるんじゃないか』って」
「お前のやってること、一般的には『蟲毒』って言うんだぞ」
「でも最強の縁結びが中で出来上がったでしょ」
「神をも恐れぬヤツ発見」
その発言に聖女ルクシアがシリアスな顔をし始めたので、アオはため息をついて「いや、恐れてるから問題ないので座っててください」と告げるしかなかった。嘘をついてしまった。今日はもうつけない。
「……それで?」
「それでっていうか、以上だよ。縁結びのご利益をいっぱいに詰め込んだ袋がそれ」
「にわかには信じられない現象について最初に説明したと思うんだけど」
「女の子が3人現れて30cm以上離れられないっていう話でしょ? そんな話をされてもね、困る。僕のせいじゃない」
「遠因じゃん」
「でも原因ではないからなあ。対処法が知りたいんだろうけど、ないよ。ああ、でも……」
「でも?」
「ご利益が理由なら、お守りの中身を神社に返してお焚き上げしてもらったら解決するんじゃない?」
一瞬『そんなわけあるか』とアオは思った。
でも、現状すでに『そんなわけあるか』が起こっているので否定できなかった。
「……手伝えよ」
「ごめん、今、ドバイ」
「え、国際通話なのこれ? 料金がまずくない? 電話だよこれ。無料通話じゃないよ」
「それはまあ来月の請求を震えて待ってもらうことにして、そういうわけで今、手伝える状況じゃないんだよ」
「じゃあせめて巡った神社の場所を送ってくれよ」
「それは今やってる。はい送信」
「来たわ。……いや多くねぇ?」
「すごいでしょ」
「褒めてねぇんだわ」
「じゃあがんばってね。でもできたら、僕が帰るまでそのままでいてほしい。それか自撮りちょうだい」
「やだよ。出来上がる画像がコスプレ女優さん侍らせてる野郎になっちゃうじゃん」
「でも現在そういう状況であることには間違いないんでしょ?」
「間違いないけども。……そういえば証拠写真はいるか」
「別にいいよ。信じてるから。だってアオ、嘘をつく条件が厳しいでしょ」
「まあ」
「それに国際電話でここまで長々と嘘つくの、どう考えても収支が合ってないよね……」
「そういや国際電話じゃん。切るわ」
「そう? じゃあね」
アオがあっさりと通話を切るもので、それには002が妙な顔をしていた。
「ご主人様、変な会話リズムですね」
「あんたには負ける」
「それと状況を統合し考察し判断した結果、この状況で落ち着いていられるのも変だと結論付けました」
「あとで落ち着いた時に慌てることにしたんだ。今は慌ててもしょうがないから。……えーそれで、聞こえてたと思うけど、神社巡りをします。できれば今日中にこの状態をどうにかしたい。みなさんには申し訳ないんですが、この炎天下の中を団子みたいにくっついて歩いてほしい感じです。バスとかはその、できれば人の多い空間に行きたくない欲求があります。世間体っていうものが、あるんで」
「ポジティブ。隠密行動は002のもっとも得意とすることです。どこをターゲットにしますか? あとかたもなく殲滅します」
「あとかたもなく殲滅するな。神社にお守りのお焚き上げに行くって……ああ、わかんねぇのか……っていうか、その、呑み込めてないんだけど、君たちの話って、嘘じゃないよね? こう、ここじゃない世界にいた的な……」
その問いかけに、三者三様にうなずいた。
1人、嘘かどうか以前の話をしたナニカもいたが、うなずいていた。
アオは「よし」と立ち上がり、
「疑ったぶんは信じる。あんたらだってこの状況困るだろ?」
「二人称が安定していないぞ」
「どういう感じで接していいかぜんぜんわからないんで、とりあえず態度を4種類ぐらいバランスよくローテーションする。テイク2な。とにかく、あんたらだってこの状態は困るだろ?」
しかしそこで2名が首をかしげ、首をかしげるルクシアと002を見てから、ナニカもまねるように首をかしげた。
これにはアオが言いたくもない『困るケース』の説明をしなければならなくなった。
「その、お風呂とか、トイレとかさ……」
「神はもともと、すべてをご覧になられているのでは?」
「あなたの中で神ってすげえのぞき魔なの?」
「002はかわいい愛玩人形なので抗菌素材でできており、排泄はご主人様の趣味以外ではしません」
「そういう話あんまり聞きたくなかった」
「お風呂、入ってみたい。楽しそう」
「その楽しそうなことをするのにね、異性の存在が常に近くにあるのがよろしくないと、そいうことを話してるんですよ」
打っても打っても響かない会話だった。
何かが致命的にズレている。
もしかしたら解決のモチベーションがあるの、自分だけなのか? という恐ろしい疑いが頭をよぎったが、そこを掘り下げてもいいことがなさそうなのでいったん振り払うことにした。
こうしてアオはいまいちシリアス度が足りない連中と、神社巡りをすることになる。
……ただ、アオはわかっていなかった。
この状況を解決するモチベーションがあるのはアオだけだ。
それは彼女たちが事態をよくわかってないとか、羞恥心があるとか、あるいは頭が狂ってるからとか、そういう理由ではなく……
彼女たちにとって、この状況こそが、すでに救いであり、ゴールなのだと。
……彼女たちの元いた世界のことを知らないアオだからこそわからない、前提の認識の違いが生んだすれ違いがそこにはあって……
そのすれ違いは、案外大きな問題なのだと。
最後の最後で、気付くことになる。
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