一章 処刑された聖女ルクシア
第1話
めちゃくちゃご利益あるぞ、とそいつは言った。
ぶっちゃけ信じてなかったけど、とりあえずもらっておいた。
それがすべての始まりだと、中村碧はだいぶあとになって気付くことになった。
お守りだ。それもただのお守りではない。手作り感あふれるお守りだ。
こういうご利益ありそうなアイテムのことを、アオは好きでも嫌いでもなかった。ただ、こういうご利益ありそうなアイテムが、いかにも手作りだと、そこには呪いでもこもってそうな不気味な雰囲気を感じ取ってしまうのは、言わないことにした。
アオは『あいつ』のことを友人だと思っている。
旅好きなのでいろいろなお土産を持ってくる。ある長期休みには自転車で日本を縦断したとか言っていたし、ある冬休みには外国で変な部族の集落に行ってしばらく暮らしたとも言っていた。
そいつが好きなのは旅そのものよりも異文化であり体験であり、テーマを決めた活動そのものらしい。そして今回はお守りだ。だからたぶん、どこかの名前を検索すれば出てくるような神社じゃなくって、きっと辺鄙なところにある、誰も知らないような神社で、住み込みで働いてゲットしたお守りかなんかだろうとアオは思うことにした。
つける場所にちょっと迷う。
パンツのベルト穴にでもしようかと決意した。
旅好きなあいつのお土産にはすっかり慣れてしまったけれど、お守りというのはけっこう『重い』お土産だ。いきなり渡されたらちょっとたじろぐ。しかも別に受験間際とか、何か大事な試合が控えているとかではないし、アオはそもそも部活動も何もやっていないただの学生だ。
なんにもイベントが控えていない時のお守り。
なんだかちょっと、受け取り方に迷う。ご利益は信じていないアオだったけれど、あんまり神様に失礼をしたらバチは与えられそうな気がしている、そういうのがアオのバランスだった。
じゃあつけなきゃいいじゃん──なんて、あいつなら笑って言うのだろうけれど、アオは律儀なものだから、もらったお土産は、身に着ける感じのものなら、とりあえずつけておく。根付けとか、あるいはストラップ付きの人形だとか……
さすがに謎のお面はつけて歩くと生活に困難が生じそうだったし、槍や弓矢というものはなんらかの法律に引っかかりそうな気がして、つけなかったけれど。そういう物をもらった時につけなかった償いみたいなものを、つけられる物をもらった時にしている。
アオは、バランスをとりたがっている。
悪行をしてしまったらなんらかの善行をしなければ気が済まない。
そういうことだけではなくて、善行をしてしまったら、ちょっとだけ悪行をしないと気が済まない。なんだか落ち着かない。そういう、人から見ればちょっと変わった、旅好きな友人に言わせれば『付き合ってて楽しい』性分を、アオは持っていた。
お守りを身に着けて歩く。
最近はすっかり暑くなっていた。8月も半ば、夏休みの折り返し。ここから9月になって涼しくなるなんてとても信じられないような猛暑酷暑がいくらでも続く気配があって、ただ歩き回るだけでも汗がにじんでシャツが背中に貼りつくようだった。
それでも歩いているのは、これもバランスをとるためだ。今日は午前中涼しい思いをしたから、午後は暑い思いをしなければ、なんだか気持ち悪い。そういうのが、アオを無意味な散歩に追い立てた理由だった。
道を歩いている。
アオが向かっている先は神社だった。アオの変わったバランス感覚がこう判断したからだった。『どこかもわからない場所のお守りを身に着けたのに、近くの神様にあいさつもなしじゃあ、なんだか違うよな』。
短い石段をのぼって土の地面を進む。
手水屋はあった。でも、水は出ていなかった。最近ではもう、こんこんと湧き出る水に共有の柄杓を入れて手や口をゆすぐのは、不衛生ということでやらなくなってしまったみたいだ。
神社参りの作法には詳しくないけれど、なんだか道の真ん中を歩くのはダメというルールだけは覚えている。
お賽銭は5円だっただろうか。
小さく狭い神社だ。参拝客は誰もいない。木陰がたっぷりあって、少しだけ涼しい気がする。
5円玉を投げ入れる。
鈴は鳴らないようにされていた。このあたりには住宅もあるから、鳴ると『迷惑だ!』と言う人がいるのかもしれない。
だからニレイニハクシュイチレイ、というどこかで聞いたフレーズを思い出してその通りにし、お参りをした。
「…………あなたの縄張りによそのお守りを持ち込んでしまいましたが、ご迷惑はおかけしませんので、よろしくお願いします」
かける願いがあったわけでもなく、神様のご利益を信じているわけでもなかった。
ただバチだけはちょっと信じていたので、こんな文言になった。
……それがいけなかったんだろうか。
急に腰あたりから光があふれだして、それは気付いた瞬間にはもう、目を開けていられないほどのまばゆさになっていた。
広がる光に呑み込まれるような感覚があって……
しばらくして、目を開ける。
変わらない景色。静謐な住宅街そばの神社。木陰が少しだけ動いていて、ひんやりした土のにおいがする。
なんの変哲もない光景。
アオは首をかしげて周囲を見回し、それから、歩き出そうとした。
……その時、ようやく、気付いたのだ。
アオの足が、何かにつかまれている感触をうったえてきた。
周囲は見たけど足元は見てなかった。だからノーチェックだったそこをチェックする。
……そこでアオは、発見した。
自分の足の周囲を取り囲むように倒れる、3人の女の子。
粗末な生成りのローブを着た、ピンク色の髪の……胸の大きい、女の子。
小学生、よくて中学生ぐらいの、体にぴったり貼りつくような黒い服を着た、白い髪の……たぶん、女の子。
そして、きらきらと輝く、何色かもわからない光そのものみたいな髪の毛を長く長く長く伸ばした、高校生ぐらいの、女の子。
「……なんだこれ」
状況がわからない。
こうしてアオは、なんらかの物語に巻き込まれた。
◆
おかしなことはいくつもあったけれど、アオが実害と判断したのは2つだけだ。
1つ。
女の子たちと離れられないこと。
お互いに見えない強力なゴムでつながっているかのようだった。離れようとすると抵抗があり、それでも離れようとすると抵抗がどんどん強くなり、抵抗が強くなった状態で力尽きて『離れる力』がなくなると、伸びきったゴムが勢いよく縮む、そういう強さで引き寄せられる。
お互いに抵抗なく離れていられる距離は30cmぐらいのようで、それ以上離れようとすると、踏ん張るための力がいる。
しかも、3人ともが同じ状況で、アオを中継地点にしてつながっている感じだった。
困る。
もう1つ。
女の子たちの……態度? と言ってしまっていいのだろうか。
「わたくしの礼拝を聞き届けてくださってありがとう存じます。あなたの忠実なるしもべ、ルクシア、お招きに従い参上いたしました」
聖女ルクシア。
ピンク色の髪の、アオよりちょっと年上に見える女の人。
裾や襟首がボロボロのワンピースを着ているうえに、手首には錠みたいなものがあって、その格好は囚人を思わせた。
けれど発言や所作、表情はシスターを思わせる。
そしてアオはどうやら、そういう人に『神』と思われているようだった。
「いや、俺は神様なんかじゃないんですけど」
そう主張しても、
「いえ。わたくしの礼拝を聞き届け、首を刎ねられるところだったわたくしを神の国に招いてくださったあなたが、神でないはずがございませんわ」
「首を刎ねられるところだったって、いったい何をしたんだよ」
「おっしゃる通りです」
「何もおっしゃっておりませんが……」
「いったい、何をしたのか? あなた様がそう疑問に思われるということ、すなわち、わたくしの身に罪がないことの証拠です」
「すいません、言葉が通じてない?」
「地上にいたころと変わらず、あなた様にこの身を捧げます。おそばに侍ることを許していただいた恩、決して忘れず、これまで以上にあなた様に尽くします」
聖女ルクシア。
ふわふわした印象のお姉さん。
なお、話は通じない模様。
次。
「で、君は、ええと……」
「ネガティブ。002は002と自己紹介を繰り返します。ところでマスター登録が空欄になり、本部の信号がキャッチできないのですが、ここはどのエリアなのでしょうか。位置情報が更新されません。早急なアップデートを要求します」
「なんの話かわからない。君、カーナビのこと仲間かなんかだと思ってる?」
「……002のセンサーはあなたの語っている言語を判別できていません。しかし、002はあなたの言葉の意味を理解できています。政府にあるとされる外国までの転送技術がなんらかのトラブルで002に向けて使用され、ご主人様とのアクセスが切れて、002はフリーになったものと判断します」
「はあ、つまり、何?」
「002は、あなたのもとに出荷されたのですね」
「君、外国製カーナビのことを仲間かなんかだと思ってる?」
「物理的に離れられないわけなので、002はあなたを新しいご主人様と認定します。上書き保存を完了しました。これで前ご主人様が002の所有権を主張することは不可能です。改めて自己紹介を。002は愛玩用ドールです。ご主人様のあらゆる要望に応えるため様々な機能を搭載し、ご主人様との会話を通じて好みの性格に成長するAIが搭載されております。特技は強襲、制圧、殲滅です」
「1つの発言に押し込むにはツッコミどころが多すぎる」
「002はあなたにかわいがられるために製造されました。とりあえずかわいい名前をつけてください。あと、002は愛玩用人形ですので、戦闘利用は本来の用途ではありません。あの政府が外国に出荷したことから考えて、002はかなりの金額で購入されたものと判断されます。002が壊れないような運用を期待します」
002。
全身タイツを着て、ライフルみたいなものを持った白髪に白い目の女の子。独特な虹彩がある。
たぶん小学生ぐらい。声からして女の子だけれど、体つきだけだと性別がどちらかわかりにくい。
あと、自分のことをロボットだと思い込んでる。
もちろん、話は通じない模様。
最後。
「…………」
「すいません、何かコメントしてもらえませんか? まずは名前とか」
「ナマエ」
「うわっ、なんだこの声……頭の中に直接響く……?」
「……『何かコメントしてもらえませんか? まずは名前とか』」
「いやオウム返しされても」
「なるほど、この世界の言語はこうか」
「もしもし?」
「文法的に考えて、我が名は『ナニカ』だな。『何かコメントしてもらえませんか』は『なにか』にコメントを要求する文章だと、あなたの頭の中にはある」
「いやそういうんじゃなくって……」
「似姿の同胞、初めて見た。すごい。コミュニケーションが、これ。これが、コミュニケーション? どうして言語を介する? 声帯を震わせるのは非効率だと思う。……けれど、生物の多くは非効率だ。なるほど。すごい。我が同胞」
「あのー……」
「大丈夫だ。うまくやる。人間。人間というのか、この姿は。ほうほう、へぇ、あれが虫、あれは花……」
ナニカ(仮称)。
なんだか必要なものが根こそぎ欠落している子。
髪の毛と目はゲーミングというか、プリズムというか、じっと見ていると、見ているあいだに色合いが変化するし、髪の毛にいたっては毛先が透明になっていてどこまでの長さかわからない。見えるところまででかかとぐらいまであるので、たぶん引きずってるんじゃなかろうか。
服はたぶん絹のワンピースで、これも布が揺れるたび色合いが変わる。どういう技術かわからない。
そして、当たり前のように話は通じない模様。
手がかり、0。
この不思議現象を解明する手掛かりを求めて女の子たちに自己紹介をしてもらったのだが、自己紹介が自己紹介になっているのが2名、自己紹介の意味をわかっていないのが1名、自己紹介で語った身の上話の意味がわかったのは0名というさんざんな結果で終わった。
どうすりゃいいんだ、とアオは悩んだ。
悩んで記憶を探れば、この女の子たちが来た時に、友人からもらったお守りが異常発光していたことを思い出した。
「ダメもとで聞いてみるか」
こうして、友人に話を聞いてみることにした。
正直、あんまり期待はしていなかった。
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