エピローグ、あるいはプロローグ
第14話
『約束したから』なんていう動機は、人をいつまでもいつまでも動かし続けるには足りない。
だからどこかでやめてもよかった。きっとどこかでやめるだろう。
アオという少年の根底にあるのは、省エネ思想でもなく、バランス感覚でもなかった。その2つはあくまでもアオ自身が自覚している己の特性であって、もっと奥深くにあるのは、また違うもの……
自分へのあきらめ、だった。
何か大事件にまきこまれて絶望したとか、特異な経験をして心が折れたとか、そういうことは全然ない。
特別でもなんでもなく、ただ生きてきて、人とそれなりに交わって、親戚関係もまずくはなくて、人にそこそこ好かれ、何かをやってみたりやめてみたりして……
隣にいる人たちを見て、『ああ、自分には、この人たちみたいな熱意がないんだな』と、そういうことを思い知らされただけだった。
だからこそあの、変な熱意をもって動く友人には、『変なやつ』の前に尊敬が来て付き合いが続いているし、そういう熱意ある人たち、つまり自分以外の全員のお邪魔にならないように、借りたものは返して、何かあれば邪魔しないようにして……
夢がない自分が、夢を持っている人の足を引っ張ることだけはしないようにしよう、なんて。
そういうふうに思っていた。
だからアオの目標は『世界に影響を与えないこと』だった。『熱意がないから邪魔したくない』。だから世界に影響を与えないように、いいことをすれば悪いこともする。邪魔しないために。熱意がないからあまり大きく動き回って疲れたくない。だから省エネになる。
だからアオは自分をあきらめていて、神様の実在を知ろうとも、奇跡が起こると思おうとも、きっと、『異世界に帰った彼女たちは、3日後ぐらいにはもう、夏休みの思い出に変わるんだろうな』と思っていた。
ところが、翌日からお守り集めを始め、次の日も、また次の日も続いている。
縁結びのご利益がある神社の場所を検索して、旅行が必要なら費用とルートを見積もって、時には人に相談したりしながら、がんばっているのだった。
これにはアオ自身が驚いてしまって、自分に問いかける始末だ。
『俺は、彼女たちにまた会いたいのか?』
アオはYesと答えた。
『彼女たちに惚れてるのか?』
アオはNoと答えた。
『彼女たちが俺に好意を向けてるから、それが惜しいのか?』
アオはちょっと悩んでから、Noと答えた。
『彼女たちと約束したから、それだけでこんなにがんばれるのか?』
これには迷いなくNoと答えた。
『では、なんで?』
アオはついに自問自答をあきらめた。
条件を詰めていっても、確信を得られる気がしなかったからだ。
するとアオは、こう答えた。
『理由なんか、がんばってるうちに芽生えるだろ』
……言われてみれば、納得した。
だからアオは、自分に問いかけた。
『俺は、がんばれる何かを探してたのか?』
アオは、大きな声でYesと答えた。
ああ、たしかに、そうだ。
約束した。期待されてる。そして、自分以外には任せられない。
しかもがんばればどうにかなりそうな気配もあって、短期目標も『縁結びのお守り集め』という明確なものだ。
そしてゴール地点には、彼女たちとの再会がある。
好意を向けて来る美しい少女たちとの永遠の別れが惜しいというのは、こうやって何かをする理由の1番上には来ないが……
まあ、がんばったすえの特典の1つとして、正直、めちゃくちゃ、欲しいもんな。
半月が過ぎて、学校が始まった。
1か月が過ぎて、ペースは落ちていたのに、まだ続いていた。
2ヵ月、3か月と続くともう、『がんばろう』じゃなくて、『やらないと落ち着かない』に変化している。
寒くなった。
アオはすべてをなげうってがんばりはしなかった。人付き合いをそれなりにした。バイトもしなければならなかった。家族をないがしろにもしなかった。
何かを犠牲にして続けるマラソンなんか続かないに決まっている。だから、アオの『再会のための努力』は、日常的にやる動作の1つ、散歩とか、買い物とか、そういうものの仲間になっていた。
「最近は楽しそうだね」
友人が言った。今、忍者にハマッているらしい。というか手裏剣集めにハマッているようで、『ダブッたから』とか言いながらいくつかの手裏剣をお土産にくれた。手裏剣集めにはもしかしたら、ガチャ要素があるのかもしれない。
「昔は楽しそうじゃなかったみたいだな」
「まあ、楽しそうではなかったね」
「つまんねぇヤツだったか」
「つまんねぇヤツだったね」
「面白いヤツになったか?」
そこで友人は考えて、
「いや、つまんねぇヤツになったよ。だって、僕と遊んでくれる時間が減ったから」
そうして、また趣味のためにどこかに旅立って行った。
季節が巡る。
冬が来た。
お守り集めはだいぶ楽になった。夏は暑すぎた。秋なんかもう、神社が忙しいようだった。
この冬もきっとそのうち新年を迎えるころになれば、神社も忙しくなるだろう。
でも、クリスマスイブの神社は、季節外れすぎて、ヒマらしかった。
お守りを買ってバラして1つの袋に入れるということをしている都合上、善悪のバランスをとるために、必ずお参りをしている。
5円玉だけでかなりの出費だ。もちろんお守りの代金もかなりの出費になっている。
「俺が飽きるのと、金銭的に続けられなくなるの、どっちが早いかな」
そういう勝負になりつつあった。
まあ、アルバイトはしてるから、金がなくなったら溜まるまで待つか、という感じだ。
いったいいつまで続くことやら──そう思いながら、お参りを終える。
瞬間、だった。
腰に提げたお守り袋が、光を放った。
意外と早かったな、という感慨があった。
それから、なんで今なんだろう、という疑問があった。
それはすぐに氷解した。
「ああ、そうか。俺は奇跡を起こそうとしてたけど……奇跡のほうも、起きたいタイミングぐらいあるよな」
だって、雪の降る12月24日だ。
奇跡がアオの行動を見守って、出て行くタイミングを今か今かと待ちわびていたとしたら、今ここが、行きすぎなぐらい、『そのタイミング』で──
光が収まって、視界が戻ってくる。
目を開けば、そこにいたのは──
まあ、語るまでもないだろう。
奇跡は案外、手軽に起こる。
そして、自分の足で一心不乱に歩き続ける者の身に、起こるのだ。
Fin
=======あとがき=======
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これはSkebでご依頼いただき書いたものになります。
往年のライトノベルの空気感を目指しつつ、キャラなどを現代風にした感じの本作です。夏と神社と少女と少年が歩き回る話でした。気に入ってくださったら応援、コメント、★などよろしくお願いします。次回作の参考になります。
Skeb提出版にはこのあと、この4人の日常エピソードを入れました。
予約投稿作業気力が戻ったらもしかしたらサポーター限定ノートに入れるかも……
縁結びのお守りが強すぎてヤバいし、結ばれて来た女もヤバい 稲荷竜 @Ryu_Inari
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