三章 世界を創造せしナニカ
第11話
離れられる距離はやはり、2mぐらいに増えた。
そして『引っ張られる感じ』もなくなったが、離れすぎると近くにテレポートしてくるようになった。
『何か』を解決することにより、制約がゆるくはなるらしい。
ただし完全に離れられるようにはならない様子だった。
お守り袋も明らかに中身が減っている。
(……『何か』か)
なんとなく、なんとなーく、言語化できない程度の理解だけれど、アオには、法則性のようなものが見え始めていた。
だけど本当に言葉にならない。
とにかく……
「お礼参りの方針は間違ってなかったから、さっさと神社巡りを済ませよう」
方針は変わらない。
「でも」
アオは空を見上げた。
そして、このように提案した。
「そろそろ、食事にしよう」
空が茜色に染まり始めている。
そして今は8月の半ば。
つまりもう、かなりの夜だった。
◆
都会の店員はだいたいプロだ。
高校生ぐらいの男がありえん美少女3人をともなって店に入っても、なんにも特別な反応はしない。
でもあとでSNSでさらされる。
(まあ、でも、こんなもんだよな)
特にルクシアが顕著だが、騒ぎになるレベルの美人の前には『ハーレム野郎!』なんていう批判はない。
そもそもピンク色の髪の美女が1人で目立ちすぎで、アオの存在感がない。あと002だったころのアンは男の子だと思われている様子があった。
探していけば『何のコスプレ?』というよりも『何かの撮影?』みたいな反応があった。
だがまだ大騒ぎにはなっていない。……本当に『まだ』って感じで、探そうという意思で以てSNSを見てると探せてしまうぐらいには画像が出回っているのはもう、『そのうちバズり確定』みたいな気配がすごいが……
まあ、そのへんはルクシアになんとかしてもらうとして。
(やっぱりか)
ファミレスの空席にどうにか滑り込むことに成功したから、図らずも『座ってものを調べる時間』というのができた。
そうして探して探してルクシアの後姿とか横顔とかを撮影した画像を見つけて、そこに自分が背景みたいに入り込んでいるのも見つけてしまってちょっとやな気持ちになりつつ……
(どこにもない)
ずっと感じていた違和感の答えが、SNSでの反応や、画像そのものにあった。
ナニカがいない。
反応の中にいない。画像の中にいない。
そもそもプリズムのように輝く髪をかかとまで伸ばしている、プリズムカラーの目を持つ14~16歳ぐらいの女の子が目立たないわけがない。
ルクシアのピンク髪はぶっちゃけるとこのへんでそういう髪色にしてる人はたまに見かけるし、髪色に合わせてカラーコンタクトをつけている人だっている。
アンは白髪なので目立つが、髪は短いので帽子でまあまあ隠れるし、背が低いおかげでルクシアにフォーカスした画像には映っていないことも多い。
だが、ナニカは身長がアオより少し低いぐらいだし、当然、アオと30cm以上離れられないので、ルクシアを映すなら必然的に写り込むはずだ。
というかルクシアは確かに胸の大きい美人でピンク髪だけど、それと比べても遜色ないぐらい、ナニカだって人目を惹くはず。
なのに、誰もナニカに反応していない。
……そこに『人』がいることはわかっている様子だが、それがプリズムカラーの髪をした女の子だということがわかっていない。
アオ以外の人の目から見るナニカは、『目立つところのない普通の少女』ぐらいに映っているような、そういう違和感がずっとあって、このたびようやく、違和感は正しかったのだと理解できた。
理解できて、
(……いやまあ、だから何って感じなんだけど)
この状態を解決するのには役立たないなとため息をついた。
タッチパネルを操作してしばらくすると、メニューが運ばれてくる。
ちょっと観察してみたが、料理を運んできた男性の店員はまずルクシアに視線を吸い寄せられ、逸らそうとしておっぱいを見てしまい、慌てて目を向けた先にアオがいたので安心した様子で「こちらのお料理ご注文のお客様は」と『絶対にこの地味男以外の方向は見ないぞ』という決意を感じさせる様子で視線を固定してきた。
アオも彼の視線を観察していたので目と目が合ってしまい、逸らすのもなんだか失礼な気がして無駄に見つめあってやりとりをしてしまった。
とりあえず4人ぶんの料理が並んだのを見て……
(……『ナニカがどうにも、人からあまり注目されてないみたいなんだ』って言って、どうなるんだろう)
とりあえず事態の解決に関係なさそうなことは、何度考察しても変わらなかった。
なので、
「そういえばナニカ、変なことしてる?」
「うん?」
初手でパフェを頼んだナニカは、スプーンを持った手を止めて首をかしげた。
さすがに質問が漠然としすぎてたかと反省し、アオは少しだけ考える。
「あー……世間の人がルクシアにばっかり注目して、ナニカには全然気づいてもいない感じだし、っていうかそもそもナニカが写真に写ってなかったりしてるし、何か変なことをして、注目を逸らしてたりするのかな~って思ったんだ。これ、ただの雑談ね」
「『ナニカが写真に写っていなかったり』?」
「……あ、そうか。参ったな、どこから説明する? えと、スマホっていう俺も使ってるこういう機械をだいたいすべての人が持ってて……」
「…………この世界の常識はそういう感じか。それにかんしては何もしていない。人が勝手に私を避けるだけだ」
「今、俺に何かした?」
「常識を読み取った。文法と言語を読み取ったのと同じ」
「……あの、変なことを聞くけどいい?」
「うん、いい」
「ナニカって、何? 聖女とか、アンドロイドとか、そういうラインの話なんだけど」
「そちらの知識に合わせて表現すると、神」
「神?」
「うん。呼ばれる直前までずっと世界創造してた」
「そろそろ慣れたと思ってたところに、特大のびっくり情報来ちゃったな……」
びっくり情報というか、『びっくりすべきかどうかもわからない情報』という分類が正しいように思える。
なので考察はおいておいて、あくまでも興味本位、雑談の範疇でたずねることにした。
「実は俺が今行き会ってる変な状況、神の力で解決できたりする?」
まあ、できたらこんな神社巡りなんかしてないだろうな──ぐらいの考えで聞いた。
そしたら、ナニカはこう答えた。
「できる」
「…………できるんかーい」
「ただ、やる気はないし、完遂しそうになったら邪魔するつもりでいる」
「なんで」
「だってそのお守りがなくなったら、私たちは元の世界に帰ることになるから。だから、同胞にこそ問いたいことがある」
「まあそっちにも質問のターン回したほうがバランスいいしな。どうぞ」
「本当に私たちを元の世界に帰す気でいる?」
「……」
「私は嫌だから邪魔をする。だから、答え次第では……」
ナニカは笑った。
アオはようやく気付いた。ほかの人がそうしたように、自分もまたナニカのことをうまく認識できていなかった。
このプリズムの髪を持つ少女は、思っていたより美人で、思っていたより表情豊かで、思っていたより聞き心地のいい声をしていて、思っていたよりついつい見てしまう素晴らしいスタイルをしていて……
思っていたよりも、怖い。
……注目されなかったわけだ。ナニカの存在感は、大地とか空に近い。人は花に目を向けても大地そのものにはなかなか目を向けない。人は雲や星を写真い撮ろうと思っても空そのものを撮ろうとは思わない。
『人が勝手に私を避けるだけだ』
存在が強大すぎて逆に目に映らない。
美少女を映そうとして山が美少女を隠していたら、山が映らない角度から撮る。
世界そのものが、そこにいることに、アオはようやく気付いた。
「……同胞は、神と敵対することになるよ」
これまでナニカは、アオを気遣って存在感を消していてくれたのだとようやく理解した。
笑みを向けられただけで心臓が止まりそうだ。
アオは自然と呼吸が浅く、早くなるのを自覚した。
見られるだけで押しつぶされそうになる。怖い。この恐怖は、海中の暗闇か、あるいは切り立った崖から下を見下ろした時のものか。時たま『自然に食われそうだ』というような感覚が心によぎることがある。ナニカの視線は、そういうものだった。
アオはしばらく胸を抑えて、ようやく口を開くことができた。
「じゃあ、やめる……」
「……あれ? 思ったよりあっさりしてる?」
「いや首をかしげることなんもないでしょ。そもそも俺は今後の生活のために君らと物理的に距離をとりたかっただけだし、君らをこっちで過ごさせるのはちょっとこう、現実的な問題がいろいろあって面倒くさいなとか、親にどう説明しようとか、そういうことを思っただけでさ……それは、命懸けでまでやることじゃないんだよ」
「殺しはしないよ」
「うっかりで殺しちゃうこともありそうな存在だっていうのはもう、俺でもわかる。日本にはこういうことわざもあるんだよ。『障らぬ神に祟りなし』っていう……まあ、ルクシアとかアンが帰りたいなら協力するつもりはあるけども──」
そこでアオが視線を動かせば、ルクシアはにっこり微笑み、アンは隣でぎゅっとアオの服をつかんでいた。
さすがに言葉にされなくてもわかる。それは間違いなく彼女らの答えだから。
「──そういう感じでもなさそうだし。じゃあ、飯食ったらとりあえず家に帰るか」
こうしてアオの冒険は終わった。
あまりにもあっさりとした幕引きだった。
◆
……と、なるはずだったのだが。
「なぁ、これってさあ。もしかして……『神様にお礼参りすると異世界に行く』『異世界で眠ると元の世界に帰る』じゃなくって……『お礼参りか睡眠か、どちらかで異世界転移する』ってこと?」
家に帰った。
寝た。
そしたら異世界にいた。
そんでもって。
「異世界から帰ると、お守りの中身が減るんだよな」
感触から言って、あと1回か2回でお守りの中身はなくなるだろう。
たぶん1回。そんな気がするのは、3人いて2回異世界転移したからかもしれない。
「つまり、この異世界から帰ると、お守りがなくなって」
ナニカの言葉が正しいなら、彼女たちは元の世界に戻るのだろう。
ということは、つまり。
横にいるナニカを見た。
ナニカはにっこりと笑っていた。
「敵対だね」
つまりは、神様が次の相手になるらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます