第8話

 002がどうにかした。


 どこに収納していたというのか、そういえば出て来た時には確かに持っていたのにいつのまにか見当たらなかった銃を取り出した002は、迫りくる人やドローンをガンガン撃って機能停止させていく。

 いきなり容赦のない攻撃をするものだからアオはぎょっとしてしまったが、002が撃った人型のものはどうやら機械のようで、銃弾が貫通した先には回路があり、あふれる血に見えたものはオイルで、機能停止のさいには派手に爆発して周囲を巻き込んだ。


 なお向こうからも当然反撃があり、アオというお荷物を30cm以内にひっつけていなければならない002は当然ながらフットワークを使えなかった。

 だが問題なかった。聖女ルクシアが祈りのしぐさをするとピンク色の光がドーム状に広がり、それに銃弾が当たるとそらされてあさっての方向に消えて行くからだ。

 しかもそのドーム状空間には敵味方識別機能があるようで、002の銃弾はなんの邪魔もされずドームを貫通して敵に当たる。おかげで足を止めて精確に射撃をするだけで包囲網が片付いてしまったと、そういうわけなのだった。


「……もしかして君たち、世界有数レベルでめちゃくちゃ強い?」

「ネガティブ。002は強いわけではありません。これは愛玩人形としての機能の一種です」

「最近の愛玩人形は銃撃戦もするのか」

「ご主人様のあらゆる嗜好に対応します」


 嗜好の世界が広すぎる。


「ところでご主人様、002は早急に場所を移すべきだと提言します」

「……あーそうか。そうだな。派手にやったしな」


 アオはもう落ち着いていた。だって落ち着くしかなかったから。

 もしかしたら夢だと思っているのかもしれない。神社に詣でてピカッと光って異世界転移の完了だ。しかも早々に包囲殲滅されかけてカウンターの殲滅である。もう何もわからないので、とりあえず流されるだけ流されるのが1番疲れないですむだろうというのが結論だった。


 ただし、ただ単に流されるままというのでもいけない。


 ここでアオは今後の展開をなんとなく予想した。

 明らかに政府勢力(政府かどうかはわからないが、デカめの組織だろうことは間違いない)に敵対的行動をとってしまったので、これから先、走ったり跳んだりして逃げる展開は充分にありうるだろう。


 そういう未来予想ができたからこそ、言わなければならなかった。今言わねばきっと、機会を失うから。

 だからこれまでなるべく触れたくなかったことに、触れる。


「002、ついでに寄ってもらいたい場所がある」

「ポジティブ。002はようやくご主人様に命令をいただける機会に小躍りしたくなります。しかしここで小躍りするとご主人様にぶつかるので控えます」

「そうだな。それで寄ってもらいたい場所というのはその……」

「……」

「トイレとか、そういう、排泄に適した場所は、ないでしょうか」


 もう尿意が強すぎて笑うしかなかった。

 脂汗が背中をじっとり湿らせているのがわかる。


 002は無表情のまま──そういえばずっと無表情だ──うなずき、述べる。


「002はご主人様のトイレとして使用されることも想定され、設計されております」

「なんで」

「そういうプレイをする可能性もありますから」


 嗜好の世界は広かった。



 そういえば聖女ってトイレ行かないの?


「わかっております。主はわたくしを試されておられるのですね。主の与えてくださった奇跡の中には肉体の内外や装備品を浄化する奇跡がございまから、忠実なるあなた様のしもべとして、わたくしはもちろん、そういった奇跡も使用できます」

「そういうことは早めに言ってほしかったな……」


 しかし聞かれなかったので発言のタイミングはなかったのだった。


 そういうわけで『女の子の30cm以内でおしっこをする』という広い嗜好の世界に突入せずにすんだアオだった。

 地面に落とした汗まみれだった服が洗濯したてみたいになっていたのもきっと聖女ルクシアがやってくれたのだろう。体にもかけてほしかったし、そうしたら全裸の女性3人とお風呂とかいう人によっては罰ゲーム級のイベントをすることもなかっただろうに。


 直近の問題を解決したアオだったが、もっと解決すべき直近の問題は相変わらず解決できていないので、こうしてビル群の影に潜み、あわただしく駆けずり回る足音、無線の向こうと連絡をとりあう声、ドローンヘリが立てるわずかなローター音などにビクビクしながら、とりあえず解決方針について相談する。


「えーっと、『政府』と『レジスタンス』がバチクソ敵対してて、どうにもレジスタンス認定されたっぽいのか」


 迷惑だ。

 だがこの世界の『政府』は、アオが知る政府よりかなりこう……人の権利を保障してない存在の様子だった。


 言論統制当たり前。行動統制当たり前。

 逆らう者はZAPZAPZAP!

 市民には明確なランクがあって、下級やそれ以下が死のうとも誰も気にしないし、上のランクの者が下のランクの者をどう扱おうが犯罪にならない。ランクが低いのが悪いのだ。


 そういう社会の中で現政府のディストピアをぶっ壊そうと立ち上がったレジスタンスたちがおり、002は過去、レジスタンスに所属していたのだとか。

 ただし、


「レジスタンスの定義は『政府に逆らい、生き延びた者』なので、組織としてまとまっているレジスタンスはごく一部だと補足します」


 特定のレジスタンス勢力に肩入れしているとみなされたわけではなく、政府を相手に大立ち回りをして生き残ってしまったので雑にレジスタンスと定義された、ぐらいの感じらしかった。


「002はやっぱり、この社会をぶっ壊そうとしてた?」

「ハッ」

「鼻で笑うとかできるんだ」

「ご主人様は002が人の手により製造された愛玩人形であることをお忘れになっておいでのようです。それは002からすればこの上のない美徳と映ります。しかし忘れてはいけないのです。002は製造品であり、製造品はご主人様の意のままに動くのみ。そこに被造物の意思は関係ありません」

「つまり?」

「002は愛玩人形ですので、戦闘利用は本来の用途ではありません」

「……あー、はいはい。理解した。……じゃあ、逃げ延びて、寝て、起きて元の世界に戻ることを期待するか」

「アンノウン。ご主人様はそれでよろしいのですか?」

「戦う力がないので決定権がないです……」

「しかし、002はご主人様の『戦う力』です。ルクシアも、ナニカも」

「なんかいつの間にか仲いい?」

「ポジティブ。ご主人様が寝ているあいだに我らは親交を深めました」

「そうなんだ」

「その結果、お互いの領分に触れると面倒なことになると学習し、互いに不干渉にほど近い友好関係を結ぶことになりました」

「そうなんだ……」

「ご主人様の意向を重視し、身の安全を最優先するという方向で合意しておりますが、002には『信仰』という概念が理解できませんので、ルクシアの言葉の8割が解読不能でした」

「そうだろうな……」


 ルクシアが「あまり褒められると、照れます」と普通の少女っぽい反応をした。

 ところが褒めたつもりが誰にもなかったので、アオと002は同時に首をかしげながらルクシアを見て、同時に『あ、理解できないヤツだ』と理解して、視線をお互いに戻した。


「002はご主人様の決定に従います。すでにご主人様の上書き登録は済んでおり、レジスタンスからの信号は復活していますが、命令権は未だにご主人様にありますので」

「いやまあ逃げるよ。だって知らない世界の対立してる勢力のどっちかに肩入れするってさあ、普通に考えてヤじゃん。筋合いもないし……」

「ご主人様を包囲した政府連中をボコボコにしてやりたいということは?」

「俺のことめちゃくちゃ好戦的な人だと思ってる? ないよ」

「ではご主人様はお眠りください。002が安らかな睡眠を保証いたします」

「なんで急に……ああ、『俺が寝て目覚めること』が元の世界に戻る条件っぽいもんな。……でもさあ、いきなり寝るのも……」

「ネガティブ。睡眠薬のストックがあればご主人様に安らかな眠りを献上できたのですが。ルクシアにたずねます。方法は?」


「眠気を取り去る奇跡ならばございます」


「役立たずと申し上げましょう」


 そして002はナニカを一瞬見た。


 ナニカはいい笑顔でピースサインをした。


 視線を戻した。


「殴打による意識喪失がもっとも早く事態の解決をできるものと考えます。しかし002はご主人様を傷つけられないセーフティがかかっており、殴打による入眠は『ご主人様に対する攻撃』と判定される可能性が高いと申し上げます」

「そりゃそうだろって感じだね……」

「ルクシア、うまく殴打は可能ですか?」


「そもそも、神に手をあげることなどできません」


「ナニカ」


「たぶん殺してしまう」


「ご主人様」


「その質問俺にもすべきなの? ちょっと自信ねぇな」

「ネガティブ。『ただ殴って意識を奪う』ということが、これほど誰にもできない困難だとは想定しておりませんでした。顎に1発いいのを入れれば、人間の構造をした生き物はたいてい意識を喪失するので、簡単なのですが」

「めちゃくちゃ怖いこと言ってる自覚ある?」

「ネガティブ。002はかわいい愛玩人形です。発言のすべてはかわいさに満ちています。かわいい」

「語尾に『かわいい』ってつけたらかわいくなるわけではないんだよ」


 無駄な圧があって、逆に怖い。

 002はしばらく沈黙した。


「……移動しましょう。『向こう』は002に取り付けた位置情報発信機能を使ってこちらの場所を特定しているようです」

「そういうのあるんだ。やっぱディストピア政府だな」


 しかしここでのアオの発言は勘違いで、002の居場所をわかっているのは政府ではなかった。


「ネガティブ。対象の接近を許してしまいました。少し乱暴な扱いになりますがご容赦を」

「まあ、こんだけいろいろ飛び回ってればなあ……」

「失礼」


 002がアオの腰あたりに腕を回してお米様抱っこをする。

 次の瞬間、担がれたアオの視界が一瞬で流れ、それから『ゴスン!』という衝撃音が響いた。


 景色がすさまじい速度で流れるのと、衝撃音が鳴るセットが5回ほど続いて、それからアオは地面に下ろされる。

 かつがれてから動きがあるまで一瞬すぎて何がなんだかわからない。

 だから状況を確認するためにふらつく頭を振りながらあたりを見回せば……


 6人の少女が、地面に倒れている。

 その少女たちはすべて002に似た容姿をしていた。


「人型を寝かしつけるのはこのようにすると簡単なのですが、ご主人様にもご覧いただけたでしょうか」


 自分の似姿を『寝かしつけた』002が自慢げに語るのだが、アオはこう答えるしかなかった。


「いや、俺の尻に目はついてないのよ」

「ネガティブ。担ぐ時に体の方向を間違えたようです。次は002の活躍をご覧いただくために向きに配慮します」


 次の瞬間に引っ張られて飛んでくるナニカをキャッチしながら002はしょんぼりしていた。

 なお、急に真横に聖女ルクシアが出現したので、アオはびっくりした。

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