第7話
「電車っていうのは、大きな鉄の乗り物で……すごく速いんだ」
アホみたいな説明だな、と自分でも思った。
でも、当たり前に利用しているものを、まったく知らない人に説明するケースなんか想定しているわけもなく。アホみたいにならざるを得なかった。
これは聖女ルクシアに向けた説明だ。少なくともこの中で電車を知らなさそうなのは彼女しかいないわけで、中世ヨーロッパ風異世界人にはこれから乗る公共交通機関について知識を与えておく必要があった。
だがこれから4人分の切符を買う(実は紙の切符購入は、アオにとっても初めての体験となって、少し緊張している)というところで、002がぐいぐいと袖を引っ張ってきた。
視線を下げて、下げてる途中で『そういえば、土の上に落としたはずなのに、なんか服が綺麗だし、汗臭くもないな?』と不思議要素を発見しつつ、そこの検討はあとにして袖を引っ張って来たヤツを見た。
そこには丸裸の上にTシャツとホットパンツを身に着け、白い髪をハンチング坊で隠した少女がいる。
002。そういえば『かわいい名前を』とか要求されてたっけ、みたいなことを思いながら「どうした?」とたずねる。
すると002、こんなことを言い出した。
「002の方が速いと進言します」
「……」
「センサーの定義を切り替えたところ、周辺の情報を取得するに至りました。電車と称する乗り物については002も知識があり、その知識とおおむね差異はなく、それが走る姿もセンサーで捉えました。その結果、002の方が移動速度、燃費ともに上です」
「あの……電車は乗り物です……」
「002もご主人様が乗ることを想定されて設計されています」
何? おんぶ? 介護? と思ったが、そういう話じゃないと気付くまでに1秒もいらなかった。
002。
愛玩用人形を名乗る少女。
どうにも『そちら』の用途がメインであり、『そちら』方面の知識が多くインストールされているっぽいこの少女は、たぶん『ご主人様が乗る』というのを『そちら』の意味で使っている。
まあ見た目が小学生ぐらいの女の子、あるいは男の子っぽいので(裸を見たところ女の子で間違いなかった)、耳年増な感じにしか思えないが……
「えーっと、4人で乗って長距離を移動しようっていう文脈があってですね。さすがに今の発言は文脈を無視しすぎではないかと、俺はそう思うわけなんですよ」
「でもご主人様が、002を放っておいて他の機械を褒めるから」
「……」
「002は電車よりもお役に立ちます。ご主人様は所有権を明確にするために002に名前をつけ、前時代文明のごとき性能の電車などよりも先に、002を褒めて甘やかすべきでは?」
「まさか……電車に嫉妬を……?」
「加えてご主人様が向かっているのは自動券売機に類する機械だと思われますが、002にプリンターアタッチメントをつけてくだされば、発売中の券と寸分たがわずまったく同じものをご主人様に提供できます」
「やめなさい」
公文書偽装に入るのだろうか。
どうにも002はアオが今いるこの時代よりもだいぶ科学文明が進んだ世界からお越しの気配がする。
だいたいにして、彼女が彼女の自称の通り本当にメカだかロボだかだとするならば、あまりにも普通の少女にしか見えない見た目すぎる。機械部品だの球体関節だのというものはぜんぜんなく、その裸は少女そのものだった。一部のメカ娘好きからはクレームが来そうなほどに完璧な『少女そのもの』。
それに性知識をインストールして、しかも生産ラインまで作って製造している世界。闇が深いに決まっていた。
「それに先ほども無人で飲み物を販売する端末から飲み物を買っていましたね」
「まあ……」
「002なら缶というパッケージを経ずに、002から直接飲めます」
「やめなさい」
「お好みのドリンクをあらかじめ入れてくだされば、上からでも下からでも」
「やめろ!」
そろそろ視線が痛いので、さっさと切符を買って電車に乗ったほうがよさそうだった。
アオは強引に会話を打ち切ると、002たちを引きずるようにして券売機へと行き、4人分の切符を購入する。
次に目指すのは3駅先だ。
友人はお守り作りを夏休み前半、ドバイに行くまでに終わらせるイベントとして扱っていたようで、神社の位置が全部近くて本当によかった。
あいつがガチだと新幹線とか飛行機とか駆使してあらゆるところに行くのだ。
そういえば……
(……急に縁結びのお守りを俺によこしたの、なんでだろ)
友人はよくお土産をよこす。
しかも、変なお土産をだ。
身に着けないと寂しそうな顔をするのもあって、可能な限り身に着けてはいるが……
今回のようにハンドメイド品を、しかも用途のはっきりした物を渡してくることは、今までなかった。
(まあ、いつもの思い付きか)
深く考えることが多すぎたので、この件について深い考えはしないことにした。
人間が注げるリソースの量には限度がある。アオはすでにいっぱいいっぱいで、こうやってバランスをとって休まないとすぐにエネルギー切れを起こすに決まっていた。
◆
で、神社に詣でたらパァッと光ってまた知らない場所に立ってたので、だんだんとアオも流れを把握し始めていた。
縁にはきっと、結ばれる理由がある。
強引に縁をわしづかみにして自分のモノにしたりということをしない限り、その縁を必要とする誰かと、その縁を必要とする誰かのあいだを、縁というものはつなぐのだ。
たとえば聖女ルクシアに『神』が必要であったように。
そして彼女が自分の世界に戻って何かを解決したように。
「ネガティブ。002は包囲されていると報告します」
……たぶんここは、002の元居た世界。
サーチライトを振り回す機械の魚が飛び回り、乱立するビル群が集合墓地のように見えた。
薄暗く、どこか重苦しい雰囲気を持つその街にはけたたましいサイレンが鳴り響き、複数のローター音と足音が自分たちのもとへと迫っているのが、アオにもわかるようになってきたころ……
都市のスピーカーが、告げる。
『不正入街者を発見しました。不正入街者を発見しました。不正入街者を発見しました。不正入街者を──』
『ただちに市民IDを提示してください。あなたのクリアランスが中級以上だと確認された場合、この警戒は解除されます』
『下級市民以下は深夜の自由外出が禁じられています。市民IDを提示してください。市民IDを提示してください。市民IDを──』
機械音声がけたたましく響き渡る。その言葉はやっぱり、どこか耳に触れる感触と実際の音とが違うような違和感があった。
そして次の瞬間にはビルのはざまから集まって来た人型の機械鎧? たちと、複数のドローンが包囲を完了していた。
アオは思わずつぶやく。
「仕事早いですね……」
002がむっとする。
「002の方が仕事が早いです。002はご主人様に愛玩人形として比類ない機能を示し、サービスを提供することを可能としています」
そこも嫉妬するんだ、と笑った。
笑うしかなかった。
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