底辺借金奴隷から始まる社畜ダンジョン配信~社長令嬢を助けたらバズってそこから無双の成り上がり~

十凪高志

第1話 大企業社長の養子になりました(実質は奴隷)

「金がない」


 この俺、阿久羽冬志郎あくは とうしろうはそうつぶやいた。呟くしかなかった。

 ああ、それにしても――金がない。

 高校は授業料が払えなくて退学した。住んでいたアパートは追い出された。そして今、俺は公園で寝泊まりしている。


「金がない」


 もう一度呟く。

 公園のベンチは冷たく、硬い。そのベンチの上で俺は横になって空を見上げていた。

 空は青かったが、雲一つなかった。風は強かったが、俺の心に吹き付けるような風ではなかった。


「金がない」

 

 俺はもう一度呟く。

 三度目だ。なんど呟いたところで現実は変わらない。

 腹が減った。どうやって生きていこう。

 こうなったのも、全てはクソ親父のせいだ。そして……


『今はダンジョン探索時代! みなさんも探索者になって一攫千金! ダンジョン探索でお宝ザクザク! 探索者になって大儲けしましょう! 未来を切り開きたいそこのあなた、今すぐ志波コーポレーションダンジョン事業部まで!!』


 街頭テレビからそんな声が聞こえてくる。


「探索者、か」


 そう、探索者だ。全て探索者が悪い。俺はダンジョンも探索者も大嫌いだ。

 クソ親父がダンジョン探索者に投資して一攫千金とか考えなければ、怪しい詐欺師に騙されなければこんなことにならなかったのだ。しかもクソ親父は一人で夜逃げしやがった。

 クソったれ。


 この国にダンジョンが発生して十年。

 最初の頃はそれはもう大騒ぎだったらしいが、今ではすっかり日常の一部だ。

 むしろ無い方が違和感があるくらいになっている。


 各国の軍部や調査隊の調査の結果わかったのは、ダンジョンは今までの世界の常識を覆すものだったということだ。

 ダンジョンにはモンスターと呼ばれる、神話や伝説の中にしかいなかった生物たちが現れ、ダンジョンの中に入る人々を襲った。

 それだけならば、危険な場所として閉鎖されるだけだっただろう。

 だが、ダンジョンに入った人間は【スキル】と呼ばれる特殊能力が発現し、【ステータス】と呼ばれるダンジョン内部限定の身体能力増強も得られる――という事実が判明し、全ては変わった。


 モンスターはもはや人間によって狩られるものとなった。

 モンスターの落とすドロップアイテムやダンジョン産の様々な資源は、人類に対する福音となった。

 魔石という鉱物からは莫大なエネルギーが抽出され、エネルギー問題解決への糸口が見えた。

 手に入るポーションやエリクサーと呼ばれる回復薬は重病人や重傷人の命を救った。


 人々にとって新たなビジネスチャンスとなったのだ。


 ダンジョンから溢れたモンスターを討伐する探索者と呼ばれる人たちが現れ、彼らは瞬く間に市民権を得た。

 今では立派な職業の一つとなっているし、彼らのおかげで経済が回っていると言ってもいいだろう。


 だが。


「一攫千金とか、ありえねえし」


 俺はぼやく。そう、ありえないのだ。

 ダンジョンは確かに紆余曲折を経て一般開放されたが、そこを放っておかないのが企業だ。

 なにしろ宝の山である。そりゃ独占したい。


 すぐさま企業達は動いた。

 探索者達を金で雇い、縄張り争いを始めた。ダンジョンは今や企業同士の代理戦争の舞台と化していた。ダンジョンの良い場所や、次の層に進むための階段エリアを占有するようになったのだ。

 今更一般人がフリーのソロで探索に挑んだ所で、浅層を漁るしか出来やしない。

 かといって企業お抱えの探索者を目指した所で、契約に縛られてアイテムははした金で没収され、格安のお給料でこき使われて潰れて死ぬだけだ。


 せめてあと五年早く生まれていたら、うまくダンジョン黎明期の流れに噛めたのかもしれないのだが。


「腹、減ったな」


 俺は呟く。

 金がないから何も買えないし食えない。

 だが、このまま公園に居座っても凍死するだけだ。

 なんとかして金を手に入れなければ……こんな人生、俺はごめんだ。親父のような負け犬のまま終わってたまるか。

 俺は……。


 そんな時だった。ふと俺の目に一人の女性の姿が映ったのは。


「あ」


 嫌な予感がした。俺にはわかる。あれは俺達とは別種の人間だ。

 スーツ姿からにじみ出る傲慢さ。それが見て取れる。雰囲気で理解できる。

 俺達を同種の人間と見ていないタイプの生き物だ。


 その女性は一直線に俺の所に歩いてくる。


「ねえ、君」


 そして俺の前で立ち止まった。


「は、はい?」


 俺は慌てて起き上がる。その女性は俺の目の前に立って言った。


「阿久羽冬志郎ね? 君の父親から、君の親権を我が社が買い取ったわ、養子としてね。だから、一緒に来てもらうわよ」

「は?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。

 俺の親権を? 買い取った? 何言ってんだ。


「これより貴方は適性検査の後、わが社のダンジョン探索チームに所属してもらいます。五千二百万円を稼ぐまで貴方に自由はありません」

「え、は?」

「なお借金の金利は20%です」


 何言ってんだこいつ。


「返事は『はい』か『イエス』しか認めません。それ以外の言葉は全て無視します」


 その女性は俺の腕を掴んで言った。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! いきなりなんなんだあんた!?」


 俺は女性の腕を振り払おうとする。だが彼女は全く動じない。なんて力だ。


「貴方の父が借金をした会社のものですよ。

 私の名は志波零里しば れいり。これから貴方の上司になる――義姉といった所でしょうか。まあ、同じ志波でも血族とあなたたち養子組では天と地ほど差はありますけど、仲良くしてくださいね」


 志波零里は笑う。


「ちなみに貴方の代金は五十万円でした」

「安い!」


 なんだそれ。ふざけんなよクソ親父が! たった五十万円で子供を売りやがった!


「さあ、行きましょうか。よろしくね、志波冬志郎くん」

「行きましょうかって言われて、はいそうですかって素直に……言うわきゃねえだろが!」


 腕を振り払えないなら――!

 俺はそのまま左手で女の腕を掴み、そのまま投げ飛ばす!


 ――と、思ったのだが。


「……!?」


 ビクともしない。こいつ、なんだこの重さは!


「重心移動がなっていませんね」


 志波零里は俺の腕を掴んだまま、そのまま俺を地面に叩きつける。


「ぐあっ!」

「少し躾をしましょうか」


 そしてそのまま俺の腕を捻り上げた。


「ぐっ……! ぐああっ!」

「折ったりはしませんよ。折れると探索業務に響きますから。ですがまあ、仮に折れたとしてもポーションで治癒できますし問題ないですね。ポーション代は借金に付け加えますが」


 そしてそのまま、俺を――蹴り上げた!


「がっ!」


 俺の身体が宙に浮く。何メートル飛んだんだ!?

 だが驚く間もなく次の瞬間、こいつはその俺の上へと跳躍していた。どんな脚力だ!


「おやすみなさい」


 そして、踵で俺の頭を地面に叩き落とした。


「あ、がっ……!」


 意識が遠のく。俺は……死ぬのか……?


「さて」


 そんな俺を見下ろしながら、彼女は言った。


「これからよろしくお願いしますね、冬志郎くん。もっとも、たぶんもう会う事も無いでしょうが」



 ……最後に俺が思ったことはただひとつ。


 くそ親父め、そしてこのクソ女め。いつかぜってーぶっ殺してやる。

 クソが。




 志波コーポレーション。元々大企業だったが、ダンジョン探索事業に参入してから一気に急成長した会社だ。

 ダンジョン探索者向けの装備の開発と売買、探索者向けの融資や保険、配信プラットフォームの運営、そして探索者の探索活動を支援するため、様々な事業に手を広げている。


 ダンジョン探索は金になる。

 モンスターを倒せば貴重な素材が手に入るし、ドロップアイテムも高く売れる。

 そしてダンジョンから発掘される鉱物やアイテムも金になる。

 ダンジョン探索は危険を伴うが、その分リターンも大きい。

 そして志波コーポレーションはそんな探索者を支援することで急成長した会社だった。


 支援。すなわち探索者を雇用し、福利厚生や保険、装備の提供などを行い、探索者を企業に縛り付ける。

 そしてダンジョン探索で得た利益の大部分を吸い上げるのだ。

 支援と言えば聞こえがいいが実際はただの社畜、いや奴隷である。

 支援の一環として優秀な探索者を養子として迎え入れるという事もしているが、しかし実情としては優秀とかなんとか関係なく、借金苦の家の若者を養子として買い取ってコキ使っているだけだ。


 そう、まさに……今の俺がそうだ。


「うおおおおおお!」


 阿久羽冬志郎、改め志波冬志郎、ただいまダンジョン一階層にてスライムと戦闘中。

 ただしスライムの群れである。百匹はくだらない。

 そして戦闘中というより逃走中と言った方が正しい。


「おい新入りぃ、持ち場離れるんじゃねえ!」

「無理だこれ、無理無理無理!」


 俺は必死に逃げる。だがスライムの群れは俺を追いかけてきた。

 ああもうクソッタレが!


「よしいいぞ、【デコイ】のスキルだな!」

「俺そんなスキル持ってねぇよ!」


 スライム達は容赦なく俺を追ってくる。


「うおおおお! 助けてくれぇぇぇ!」


 俺は叫びながら走るが、スライムは止まらない。そしてついに追いつかれてしまった。

 ああもう駄目だ……そう思った時だった。


 ぽち。


「あ」


 踏んだ地面が妙な音と共に沈む。

 次の瞬間。


「ギャ――――――――!!!!!」


 爆発が起きた。ダンジョンにあるトラップだ。

 スライムの群れは一瞬で消し飛び、俺も爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 俺はそのまま地面に叩きつけられた。


「大丈夫か新入り! 怪我してると医療費が高くつくぞ!」


 そんな奴隷仲間の叫びを耳に、俺は意識を失った。


 ああもう、やってらんねえ。



 ◇


 さて、そんな俺だが、ダンジョンに入ったことで当然ながらスキルとステータスは手に入った。


 俺のスキルは……【モンスターテイミング Lv.1】だ。

 魔物と契約し使役するスキル。そう言うとすばらしい力に聞こえるが、しかし実はけっこうありふれた普通のコモンスキルである。

 何より、こいつは基本的に、魔物を殺さずに実力を見せて叩きのめし無力化しないと契約できない。クソめんどくさいのだ。そしてテイミングしたモンスターはちゃんと食事の世話もしないといけない。

 スキルレベルも1だとただ契約しか出来ず、召喚できるのはLv.2からだ。

 つまり、レベルも低く金も無い探索者にとって外れスキルである。


 そして俺のステータスがこれだ。

 ===========

 名前:志波冬志郎

 レベル:1

 職業:探索者

 称号:なし

 筋力:7

 体力:8

 速度:7

 魔力:4

 幸運:-25

 スキル:【モンスターテイミング Lv.1】

 ===


「なんでだよ!」


 俺は思わず叫んだ。


「なんで運がマイナスになってんだよ!」


 そう、このステータスには俺の幸運の数値も表示されているのだ。

 だが、その値はなんとマイナス25。つまり、クソ親父のことも今の状況も運がマイナスなら仕方ないね。うーん納得……できるかボケ。


「クソが!」


 そんな訳で俺は今日もダンジョンに潜っている。潜ってさえいればしょぼいメシと硬い寝床には不自由しないからホームレス生活よりはマシかもだが……早くなんとかしないと。


 そんなある日だった。



「お前ら集合ー!」


 現場監督の声が響く。


「いいか、今日はお偉いさんが視察に来られる。社長令嬢だ」


 その言葉に現場の探索者たちがざわめく。


「社長令嬢?」

「ああ、なんでも探索者になりたがってるらしい」

「へー」

「つまりお遊びってか、いい身分だな」

「底辺探索者はマジ地獄だっつーのに」

「まあ、俺たちには関係ねえさ」


 そんな声が聞こえてくる。

 だが俺たちの予想は裏切られた。


「お前らは御嬢様の露払いとして、魔物たちを殲滅するのが仕事だ!

 場所は第二階層! 気合入れてけよ!」


 そんな現場監督の声が響く。


「は?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。


「第二階層!? しかも御嬢様の露払いって……」

「俺達ここが手いっぱいだぞ!?」


 探索者たちは騒ぎ出す。そりゃそうだ、下はまだ俺達みたいな低レベルの探索者が行く所ではない。

 だが現場監督は怒鳴るだけだった。


「うるせえ! お前らに拒否権はない! さっさと行け!」

「横暴だー!」


 しかし確かに拒否権は無い。

 そんな訳で俺たちは第二階層へと足を踏み入れることになった。



 ダンジョン第二階層。

 そこで俺は、運命の出会いをする事となる。

 そして、このクソったれなダンジョンと会社の中で昇り詰めていく事になるのだ。


 そう、これはこの俺志波冬志郎、いや阿久羽冬志郎が社畜奴隷の身分から昇り詰める、成り上がりの物語である。

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