第6話 実はぽんこつだった。
「コラボするのさ……! すでに配信者としてそれなりには登録者数もいる、このワシ……ダンジョングルメ道楽者、小槻五郎のチャンネルに、キミがゲスト出演する……!!」
班長はそう言った。
心なしかスポットライトが当たってそうな雰囲気である。
「ゲスト……出演?」
「そうさ。ネットで有名になり、ダンジョンで捜索すら始まっている、明日葉の命の恩人である君はまさに時の人。
ククク……そんなキミが会社上層部のくだらない思惑で潰されるのは、いち配信者、そして探索者として我慢がならないのさ……!」
班長は笑う。もちろん、それが全て善意と好意であるわけがない。
「何を、企んでるんだ」
「フフフ……簡単さ。時の人である君をゲスト出演させてコラボすることにより、ワシのチャンネルの登録者数や同時接続者数は爆発的に増える……!
当然、広告収入やスパチャも増えてガッポガッポというわけさ……至極……当然の帰結……!
もちろん君にもマージンはちゃんと分け与える……スパチャ収入の一割でどうだ……フフフ」
「一割か……」
それがどれくらいになるのかは想像が出来ない。なにしろ配信の世界に俺は詳しくないのだ。
だけど、班長が自身満々に言うのなら少なくとも班長にとってメリットのある提案なのだろう。
……それになにしろ、俺にとって収入源が出来るのは有り難い。お金がないと何もできないのだ。
「わかったよ班長。だけど最後にひとつ聞かせて欲しい」
「フフフ、なんだい?」
ニコニコと笑う班長に俺は言った。
「俺が上から睨まれてる……と言ったよな。そんな人間をなぜ使おうとする? そんなことをしてあんたまで上から睨まれるんじゃあ……」
「ああ、なんだそんなことか」
班長はにやりと笑った。
「理由はまあ三つある。ひとつ、キミもそうだろうがワシらは上のモンが大っ嫌いだ」
わかる。
「そんな連中を出し抜いて、してやったりと笑いながら飲む酒は……格別に美味いと思わんかね、ククク……」
「なるほど、それはまあ確かにわかる」
「そして、先程の話に戻るが、大物ゲストを呼ぶ場合は謝礼はたっぷりするのが基本だか。だがスパチャ収入の一割など、小さい、少ない、あり得ない、通るかバッカモーン……! となるのが普通だ。つまり、上から見て……こういう構図なワケさ。
キミが、ワシに利用され搾取される……と!」
それをそのまま俺に言うのかよ。だけどそれはつまり、胸襟を開いて話していると言う事だ。そこから見えるのは……
「さっきも言った、出し抜くってことか」
「そうさ……! ワシらが搾取しているという構図なら、上の奴らもキミを嘲笑うだろう、そしてOKを出す。搾取して潰せとばかりにな。これが後々のための遠大な計画と見抜けずにな……!」
「後々のため?」
「布石だよ。今このタイミングで速攻で配信し、顔を売ることで……後にキミ自身が配信を出来る状況を作り出す。
ククク、いいかい冬志郎クン。この世界は資本主義だ、カネがモノを言う。カネさえあれば白を黒と言い切れる……だがね、もうひとつ、カネに劣らぬ力があるのさ。
それが……民主主義だよ、冬志郎クン。ククク……」
「つまり班長はこう言いたいのか。配信で顔と名前を売って味方を多くつけろと」
「その通りさ……! ワシの配信で君が志波の社員探索者だと明言する。これは事実だから上も止める事は出来ない、借金で売られた債務者の社畜奴隷だとさえ言わなければセーフだ。
さあ、これで人気が出たとしよう。そしてワシの配信にキミが出なくなった……そうなればどうなる。
フフフ、お客様はキミを出せと志波コーポレーションにクレームを入れる。当然、志波はキミを出さなければならない…… 配信許可を出さざるを得なくなる……!」
「……!」
なんて悪魔的発想だ。
会社を支えるのは顧客。その顧客を味方につけようとしているのだ、この男は。
だが確かにそれなら……
「……いけるかも」
「そうさ。無論配信の世界はそんなに甘くない。だけど、インパクト特大のデビューを飾ったキミとキミの悪魔ちゃんなら、トップ配信者も夢ではないとワシは睨んでる。そうなれば後のワシにもメリットは特大さ……!」
そういうことなら確かに納得できる。
「そして最後の一つ……フフフなんてことはない。
キミが戦わなければ、ワシらはみんなキングトロールのエサになっていた……そのお礼だよ」
最後に班長は、色々と企んでいる爬虫類のような狡猾な笑みから、好々爺のような微笑に変わった。
……どちらがこの男の本性なのかわからないけど、少なくとも俺は、班長を嫌いではなかった。
この男は、自分のゲスな企みを隠していない。すべてあけっぴろげに話してきている。無論、それが全て語っているということでもないんだろうけど……。
少なくとも、善人ヅラで人を騙して陥れて来る連中よりは信用できると思った。
「わかった、やろう」
「クク、そうこなくてはな……!」
こうして俺と班長はコラボをすることが決まったのだった。
◇
志波コーポレーションに所属する探索者達は、週五回の探索が義務付けられている。つまり月曜日から金曜日まで毎日だ。
だが、借金組は週六日である。それも一日十二時間の探索義務だ。
一日の半分も自由時間があるからホワイトだねわーい、なんと言うと思ったか馬鹿野郎。確かに違法ではないギリギリかもしれんがクソブラックだ。
そして探索者の業務内容は主にふたつに分けられる。
魔物退治と迷宮攻略だ。
俺達のような底辺探索者の仕事は、主に前者だ。浅層の第一層で湧いてくるモンスターを探しては倒し、ドロップアイテムを回収する。
回収したドロップアイテムは会社が社員特別価格という名のはした金で買い取る。
たとえば最下級の魔石は、世間では一個500円で買い取られる。
これが社員特別価格だと、買い取り価格が一個50円だ。
……やってられねえええええ!
しかしスライム100匹倒せば10個は魔石が落ちると仮定すると、500円の稼ぎになる。うん、雀の涙だな。
一方迷宮攻略は、とにかく奥に進み、ダンジョン内での会社の縄張りを広げていくのが仕事だ。ダンジョンはいくつもの会社がそれぞれ縄張り争いをしている。
下の階層に続く階段を抑える事が出来れば、それだけ勢力が増す。勢力圏が拡大すればそれだけダンジョンからの素材が手に入り、儲けられるということだ。
魔物退治組の俺たちは、同じ寮の探索者達とチームを組み、タイムカードを押して探索に出かける。
ちなみに寮はダンジョンに直結するよう作られていて、俺達借金組は寮とダンジョンを往復するだけの生活だ。金があれば外出もできるが、一回の外出に必要な金は五万円である。高い。
さて、昨日あんなことがあったわけだが、それでも探索者達の探索は続く。それが仕事だからだ。
幸いにも俺はシフトの関係で週に一度の休日である。ならばあんなことがあった翌日、普通に休みたいわけだが……。
「ま、そうも言ってらんねえか」
俺にはやる事がある。
というわけでダンジョン潜りだ。休日にダンジョンに行くことも可能だが、休日にどれだけ戦って潜って働いてもそれはサービス残業扱いである。
探索者はダンジョンに潜りたい連中だよね? 仕事以外で潜ってもそれは個人が好きでやってることだよね? ということだ。くそったれ。
しかしまあ、仕事では基本的にパーティー編成が基本なので、今の俺にとって休日はありがたい。休日探索なら一人で行けるからだ。そして今の俺のレベルなら一層は一人で出歩いても余裕だからである。
俺は寮のダンジョン口からダンジョンに入る。ダンレコは切ってある。確かに仕事の間はダンレコは義務があるが、休日にダンジョンに入る時まで使用義務はない。
一層は明るい。すでに開拓が進んでいるので、人口の明かりが各地に設置されている。
休憩所やトイレ、売店や飲食店などもあるのだ。
一層は一般の探索者達もやってくるので、彼ら相手の商売も行われていると言う。
なにしろ場所によっては、駅地下か何かかなってほど整地されてたりもするしな。
「さて……と」
俺は人のいない場所を探す。何度も来ているのでそれなりに土地勘はある。
ちなみに今の俺の格好は、支給された作業着に、ヘルメットと防塵マスクである。理由は顔を隠すためだ。
班長にも言われてるからな。
「この辺かな」
俺はダンジョンの通路を外れた。そして、人目がないことを確認すると、一枚のカードを取り出す。
モンスターカード。【モンスターテイミング】のスキルで魔物と契約すると手に入るカードだ。そこには少女の姿が描かれている。
「……召喚、アナト」
俺がそう呟くと、カードが光を放つ。
そして光が収まると、そこに一人の少女がいた。
「呼んだかしら? マスター」
そこに現れたのは、十代前半くらいの小柄なドレス姿の少女。
魔神アナト。
かつて俺が契約したダンジョンモンスター……らしい。俺は記憶にないんだが。
彼女は幼い顔に妖艶な微笑を浮かべて言った。
「さあ、探索を始めましょう」
しかし、正直こちらとしては初対面に近いものだ。
まずは色々と話して相互理解を深めないといけないだろう。
「昨日は色々と大変だったからな、あわただしくて。
まずはお礼を言っておこうと思って」
「お礼?」
アナトは首を傾げる。
「ああ、昨日は助かったよ。ありがとう」
「別に……マスターの願いはわたしの望みでもあるから。それに、あの程度ならいつでもできるわ」
それは頼もしいな。
「お前の望み……ね。えーと、あのさ。昨日、お前は久しぶり、みたいなこと言ってたよな。
だけど正直、俺はお前の事を知らないんだ」
その言葉にアナトは笑った。
「そうね。じゃあ最初から説明するわ。あれは…………」
そしてアナトは固まった。
「あれは……あれは…………? えーっと、ちよっと待ってね、あれ?」
「おい、ちょっと待て」
そしてアナトは胸を張って言った。
「ごめん、私も忘れちゃったみたい!」
……。
俺の窮地を救った魔神アナトは、想像以上にぽんこつだった。
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