第7話 思い出せないならしょうがない!

 ごめん、私もわすれちゃったみたい、と悪魔は言った。


 どうすんだこれ。


「んー……前々からあんたと契約してたのは事実なのよね。それはわかってる。

 だけどいつどこでどうやって会ったのか……」


 アナトは考え込む。


「うん、忘れちゃったものはしょうがないわね!」


 しょうがないらしい。


「しょうがないな」


 そういうことになった。



「改めて、覚えてる事はというと……あんたの名前とか、私自身の名前、能力とかそんなところね。

 そして私の目的……」

「目的?」

「ええ目的よ」

「世界征服とか人類絶滅とか言うなよ、頼むから」

「言わないわよ。私の目的はね、えーと……全部思い出せないんだけど、ダンジョンの下層よ」

「下層?」

「そう。たしかあんたと契約した時にいったと思ったんだけど……私もあんたも忘れてるわね。

 ただ、下層に降りるのを目的であんたと契約したのは確かよ、マスター」

「そうなのか……」

「そうなの。だから、あんたと私はダンジョンの下層にいくのが目的。

 そこに何があるかは……まあ、行ってみないとわかんないけど」

「なんつーか、ふわっふわしてるな」


 気を負ったのがちょっと馬鹿らしくなってきた。


「まあ、いいさ。とりあえずダンジョンの下層にいくのが目的ってなら、それで」

 潜っていけばそれだけ得られる素材も増える。そしてそれは金になる。

 俺の目標は最低でも5700万円を一日でも早く稼いで自由になることだからな。それには都合がいい。

「うん。よろしくね、マスター」


 アナトはにっこり笑った。


「さて、それとは別だけど。実は俺の状況はこういうことになっていてだな」


 俺はざっくりとかいつまんで説明した。


「ふーん、配信ね。いいんじゃない?

 知名度が力なのは、悪魔も同じだし」

「そうなのか?」

「そうよ。知られている事は、恐れられる、崇められるという事。それだけ私たちのような神霊にとっては力の源となるのよ」

「でもお前、すげー強かったけど、でもアナトなんて聞いた事ないぞ」

「くっは!」


 アナトは叫んでのけぞる。

 どうやらアナトはショックを受けたようだった。


「うっさいわね、こんな極東の辺境なんて偉大なる女神の私の威光だって届かないわよチクショー! 無知自慢とか一番恥ずかしい事なんだからね!」

「あ、いやそんなつもりはなかったけど……すまん」

「……いいわよ別に。こう言えば聞き覚えはあるんじゃないかしら、【恐怖公アスタロト】って」

「恐怖公アスタロト……って、え?」


 それはさすがに聞いた事がある。

 アスタロト。

 様々な創作キャラクターのモデルにもなっている、有名な悪魔だったはずだ。


「私はね、そのアスタロトの原型アーキタイプのひとつ。ウガリットの処女神アナトが零落し悪魔として祭り上げられた末路が、魔王アスタロトなのよ」


 ふふーん、と胸を張るアナト。

 零落、末路……か。


「すると、名実ともに女神に戻りたいというのが目的……?」


 その言葉に、アナトは「はあ?」と呆れた顔をした。


「そんなわけないじゃない、私は私よ。今の私を気に入ってるわ。そもそもいい女は過去を振り返らないものよ」

「そういうもんなのか」

「ええ。まあ悪魔の中には、元の天使や神に戻りたいって未練たらたらの子もいるけどね。でも私は違うわ」


 アナトは胸を張って勝ち誇る。


「魔王アスタロトであるからこそ私は強いの! これがただの女神アナトに戻ったら、今のこの時代、ウガリット神話の女神を信仰してる人間なんていない! いたとしても少ない! これじゃあただの雑魚でしかないわ!

 私は強く可憐で美しくそして可愛い魔王っ娘なのよ!!」


 ……。

 まあ、本人がそういうならそれでいいと思う。


「じゃあアスタロトって名乗ればいいのになんでアナトなんだ?」


 俺は疑問に思ったことを聞く。その返答は……。


「わからないわ!」


 わからないらしい。


「不思議なのよね。アスタロトだっていう自覚も認識もあるのに、私はアナトなのよ。たぶん、下層にその答えがある……気がする。まあ、よくわからないわ」

「そうか。わからないなら仕方ないな」


 俺はそう納得した。


「さて、じゃあこれからどうする? ダンジョンに降りる?」


 アナトが聞いてくる。


「いや、やめておくよ」


 ただでさえ昨日のあれで目立っているのだ、ここで目立つわけにはいかない。

 正しくは、目立つタイミングは慎重に選ばないといけないのだ。

 そして班長との約束がある。


「夕方から班長の配信があるから、その時だな。それまではまた待機だ」

「えー」


 アナトがぶーたれる。


「だってマスターはまだスキルレベル足りなくて私外に出られないじゃない」


 そう、俺の【モンスターテイミング】はLv5だ。このスキルはレベルによって効果、出来る事が増える。


 Lv.1……モンスターとの契約。

 Lv.2……契約したモンスターの召喚。

 Lv.3……契約モンスターの枠増加。

 Lv.4……契約モンスターへの命令バフ効果。

 Lv.5……契約モンスターの枠増加。

 Lv.6……契約モンスターのダンジョン外での行動可能。

 Lv.7……契約モンスターの能力をマスターが使用可能。

 Lv.8……契約モンスターの枠増加。

 Lv.9……契約したモンスターの能力強化。

 Lv.10……契約モンスターへの絶対命令権。


 これが俺の【モンスターテイミング】のスキルレベルだ。

 そして俺の現在のスキルレベルは5、アナトをダンジョンの外に連れて歩く事は出来ない。


「そうなんだよな、もう少し待っててくれ」

「まあいいけど。なるべく早くしてよね、今の時代の街も見てみたいから」

「んー……」


 俺はちょっと考える。


「街っていうか、街みたいなのならダンジョン一層にあるぞ。今は目立つから駄目だけど、配信の時にならそっちいけると思うぞ」


 班長はダンジョン食べ歩きも配信でやってるって言ってたしな。

 アナトも配信に映ってるから、今下手に連れまわすわけにはいかないけど、班長との配信中なら年代は無いだろう、むしろお披露目だし。


 俺がそう言った瞬間……


「悪 魔 に 対 し て 二 言 は 無 い わ よ ね ?」


 ものすごい笑顔でアナトは言った。

 俺はただ無言で頷くしか……なかった。





719:通りすがりの探索さん

なあ聞いたか?

こないだのあの「阿久羽冬志郎」の話だけど新情報があるって


720:通りすがりの探索さん

ん? 何の話だ? 


721:通りすがりの探索さん

ほら、明日葉ちゃん失禁事件の


722:通りすがりの探索さん

失禁言うな。あのイレギュラーモンスターのキングトロールの奴だろ?


723:通りすがりの探索さん

そうそれ。なんと見つかったらしい、あるチャンネルでコラボするってよ


724:通りすがりの探索さん

は?

マジ? 


725:通りすがりの探索さん

大マジ。そのチャンネルは志波の社員が道楽でダンジョングルメとか狩りしたりしてる奴なんで信憑性高い


726:通りすがりの探索さん

今日の夕方だっけ、いきなりだな


727:通りすがりの探索さん

昨日の今日だしな……色々と水面下でやってそう。こういうのはやっぱスピード命だからな


728:通りすがりの探索さん

で、どんな奴なんだ? その「阿久羽冬志郎」って奴は?


729:通りすがりの探索さん

フフフ……せっかち! せっかちだなあ……それを夕方の配信で明かすんじゃあないか……あけっぴろげに……!

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