前のエピソード――第7話　思い出せないならしょうがない！

「フフフ……みなさんこんばんわ。どうも小槻五郎のダンジョングルメぶらり紀行のお時間です」

『おっ始まった』

『誘導されて来ました』

『おもらし動画から来ました』

『五郎さん、なんかすごいことになってる』

『なんかすごいことになってる』

『小槻さん、こんばんは。今日はどんな料理を食べに行くんですか？』

『あの阿久羽冬志郎が来るってマジ？』

　配信を開始してすぐ、コメントが怒涛の勢いで流れる。

「フフフ……まあまあみなさん落ち着いて、慌てる乞食は貰いが少ないと言うじゃないですか……！」

　班長はそう言ってコメントをなだめる。

「今回はお初の人も多いようだし説明させていただきますね、このチャンネルは志波コーポレーション社員のこのワシ小槻五郎が、ダンジョン探索をしたり、一層各地のダンジョン店舗を巡って食べ歩「フフ……ワシは幸運でしたよ、冬志郎クンに会えたのもそうですし、こうして今配信できているのも彼のおかげですからね」

　班長が俺を持ち上げてくる。

『志波コーポレーションってあの？』

『ダンジョン企業の大手だな』

『小槻さん、ダンジョン配信で結構有名になってるよね、テレビにも出てた』

「フフ……そうなんです。ワシもすっかり有名人になってしまいましてな」

　コメントの反応に気をよくした班長は、さらに続ける。

「しかしダンジョンというものは危険なものです。先日なんぞ、ワシとその仲間はあやうく死んでしまう所でしてな……」

『そうなの？』

『ダンジョンで死ぬって相当だな』

『ダンジョンで死ぬとか想像できないんだけど』

『いや感覚麻痺してるやつ多いけど元々ダンジョンは危険だぞ』

『昔は大量に死者出てたからな』

『今の探索者は安全マージンばかり考えて挑戦が足りない』

『そもそも企業所属じゃないと中々中層以降に潜れないし』

『企業所属でも中層以降で活動できるのは一握り』

「フフ……もう皆さんも知ってるかもしりませんが、例のキングトロール出現に遭遇しましてな……ああワシ死んだ、と思ったそんな時のことでした。

　一人の若者が颯爽と飛び出して御嬢様を救い、そしてスキルを使って強大な悪魔を呼び出してキングトロールを撃破する、圧倒的英雄的行動……！

　ワシはいたく感動しましてな……そんな彼を是非ともゲストとして招待したいと思ったわけです。フフフ、同じ職場という幸運に感謝……！」

『キングトロールってあの？』

『ああ、ニュースで見たな』

『あれやばかったよな』

『俺も生配信見てたわ、あれはすごかった』

『めちゃくちゃ人死んでたからな……』

『あの赤毛くん来るのか』

『赤毛くん？』

『あの若者、赤毛だったから』

『俺も見た。あの後、ネットの動画でめちゃくちゃ話題になってた』

「フフ……その若者が彼です……！　阿久羽冬志郎クン……！」

　そう言って班長は俺を呼ぶ。俺はカメラの前に立つ。

「こんばんは、阿久羽冬志郎です」

　俺が挨拶をした途端に、コメント欄が沸き立った。

『おおおお』

『本物だ！』

『本物キタ━━（゚∀゚）━━ ！！！！！』

『こんばんは！』

『マジだマジだ！』

『うぉおおおおおおおお！！　￥5000』

　一騎に怒涛のコメントが流れる。正直追いきれない。

「フフフ……落ち着け皆の衆……！

　さて、今回は彼をゲストにしてまずは雑談トーク、そこから軽く狩りをした後でメシにしようかと思っとります……何しろ冬志郎クンは一躍時の人、皆さまも色々と聞きたい事はあるでしょうからな……」

　班長が言う。ここからが正念場だ。

　なにしろこの配信は会社にチェックされている。志波に不具合不都合がある事を言うとその瞬間に配信は切られてしまうのだ。

「さて、では冬志郎クン。軽く自己紹介を」

　班長が俺に言う。

「はい。俺は阿久羽冬志郎といいます。えーと、なんて言えばいいのかな。

　小槻班長と同じ職場で、ダンジョン探索しています」

「フフ……ワシと同じ職場、つまりはダンジョン探索企業『志波コーポレーション』の社員というわけです」

　班長が補足する。

『志波コーポレーションってあの大手か』

『ダンジョン探索企業の中でも最大手じゃん』

『あの大手で働いてるのか、すげえな！』

　まあそういう反応になるのか。借金で首が回らなくなった人やその家族をコキ使ってるってのは知られていないらしい。喋ったらいけないと言われているしな。ああ喋りたいぶちまけたいけど我慢だ。

『ダンジョン探索企業ってなに？』

『初心者さんかな？　ダンジョン探索関連の仕事してる企業』

『いろいろあるよな』

「フフフ、そうですね。探索者のために保険を用意したり装備やアイテムを売ったり、魔石やドロップアイテム素材を買い取ったり、そんな事をしてる企業です。ワシの勤めてる志波以外にも色々ありますね、『ステラマリスコーポレーション』や、ダンジョン探索用車両を開発販売してる株式会社『スサノオ』、武器や防具、道具を製造している『天道』なんかも有名ですね」

『群雄割拠だよな』

『ダンジョン探索時代と言われているけど実情は企業間戦争と言われてるし』

『一般人の出る幕無し』

『いや一般人の探索者も入れるぞダンジョン』

『一層だけじゃん』

『二層以降は一般人は立ち入り禁止な』

『強い探索者はそっこースカウトされるしな』

『でもこないだ迷惑系配信者のヒヅキが二層に不法侵入して死んだよな』

『あれな、迷惑系が死ぬのは草生える』

「フフ……まあ企業間戦争なんて言われてますがね。会社はワシら探索者に寄り添ったサービスを心がけてくれてますし、他の企業もそれは同じです」

　班長が会社を褒める。思っても無いくせにぺらぺらと口が回るものだと感心する。

『阿久羽さんにしつもーん！

　阿久羽さんはダンジョン探索で何階層まで潜ってるんですか？　￥5000』

　コメント欄の質問の一つに、俺は答える。なんか赤い文字なので拾いやすいな。班長も赤い文字にはなるべく答えろって言ってたし。

「えーと、今は二層までですね。こないだ初めて二層に潜って、あのイレギュラーモンスターに出くわしました」

『運悪すぎるwwwwww』

『悪運強いというかなんというか』

『イレギュラーモンスターは運が悪いと遭遇する』

『赤毛くんいなかったら死んでたな』

『そういう意味では運がいい、アクハさん以外は』

「運かあ……最初の頃の俺のステータス、1レベルの時運が－25でした」

　俺の言葉でコメント欄がものすごい勢いになった。

『運悪すぎwwwww』

『そりゃ悪いわwwwwwwww』

『よく生きてるなwwww』

『マイナスなんて初めて聞いたわwwwwwしも二桁wwwwww』

『怒らないで聞いてくださいね、なんで生きてるのwwwww』

『マwwイwwナwwwwwスwwwwwwwwwwwww』

『wwwwwwwwwww』

『泣けてきたのでお布施しますね　￥3000』

『これでいいもんでも食べて　￥2000』

　やっぱり稀有だったか。まあありえねぇよな。

「フフ……ワシは幸運でしたよ、冬志郎クンに会えたのもそうですし、こうして今配信できているのも彼のおかげですからね」

　班長が俺を持ち上げてくる。うーん、この男はトークもやはり上手いな。

『質問です、阿久羽さん！　若いのにどうやって志波コーポレーションに就職を！？　￥3000』

　……これは困った質問きたな。

　素直に「クソ親父が借金こさえてそれで零里ってクソ女にボコられて養子という名の借金奴隷にされて日給500円の12時間労働、外には出れません」と言いたい。が、言ってしまったら二度と配信できなくなってしまう。

　なんとか誤魔化すか。

「えーと、家庭の事情で高校を退学しましてね。それで困っていた時に、ダンジョン探索者にならないかとスカウトの人に誘われまして……今は社員寮暮らしですね」

　嘘は言っていない。

『家庭環境に問題ありか？』

『親が借金こさえたとか？』

『ダンジョン探索者になるって結構金がかかるからなあ、準備に』

『でも【裸一貫】のゼンなんか褌いっちょでもぐってるじゃん』

『アレと一緒にすんなwwwww』

『スカウト組だったか』

『実力ある探索者ってスカウトされるからな』

『一層で目立って活躍してスカウト待ちって多いしな』

『自分から入社したりバイト申し込んでも中々上に行けないと聞く』

『スカウト組は待遇が段違いだからな』

　ええ段違いです。人権なんてねえよってレベルで。

『しつもーん！　動画で見たけどあの悪魔ちゃんって何？　今いるんです？　￥1000』

　来たか。まあ説明しないといけないよな。

「俺の初期スキルは【モンスターテイミング】だったんです。んで、それで召喚しました。えーと、これは信じてもらえるかわかんないんですが……

　俺、彼女と昔に契約したらしいんですけど、俺も彼女もその時の記憶がないんですよね」

『は？』

『契約した記憶がない……？』

『なんだそれ』

『契約時に事故ったか』

『悪魔と契約って、そんなんできるの？』

『悪魔系モンスターもテイムは可能なはず』

『むしろあいつら会話してくるから倒さずとも契約出来るって話だぞ』

「まあ、実際に呼びますね。ここは一応ダンジョン内なんで呼べるので」

　配信しているのは第一層の安全地帯のレンタルブースの一角である。今の俺のスキルレベルてでもダンジョン内だから召喚は可能なのだ。

　俺はカードを取り出し、魔力を込める。

「……召喚」

　カードから光があふれ、それが収まるとそこには一人の少女が立っている。

「……魔神アナト、召喚に応じ参上したわ。さあマスター、探索を始めま『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！！！　￥10000』『アナトちゃんキター！』『うおお！生アナトちゃんだ！！』『うわああああああああああああああマジだああああああああああ　¥10000』『アナトちゃん！アナトちゃん！　¥10000』『ホアアアアアアアアア　¥20000』

　……。

　コメントが一気に流れる、画面が埋め尽くされて見えねえ。なんだこれ。

　……結局は美少女が全てなのか。いやいいけどね、別に俺は。

　ちくしょう、なんか凹んだ。いや凹んでねえよ気にしてねえよ。