第9話 いざ二層へ
アナトが現れた途端にリスナーは大興奮した。
「おーい落ち着け、落ち着け皆の衆……ストップ……!」
班長が必死になだめる。
結局コメントが落ち着くまでしばらくかかった。
『質問! 過去覚えてないって本当ですか! ¥5000』
「ええ、覚えてないわ。といってもマスターとの契約のところを覚えてないくらいね」
『しつもーん!
アナトさんはマスターとどういう関係だったんですかー? ¥5000』
「ダンジョン下層を目指すという契約を交わした間ね」
『下層目指すのか……』
『目標でかいな』
『でもアナトちゃんならできそうな気がする ¥10000』
『キングトロール一撃だからな』
「あれは今まで溜まってた魔力があったから出来たけど、今は無理ね。今の私の力はマスターの魔力に依存しているわ」
『え、それって大丈夫なの?』
『魔力切れとか起こさない?』
「ええ、大丈夫よ。魔力が切れたら戻るだけだもの」
『え?』
『戻るって……』
「魔界、アストラルプレーン、異界、なんでもいいわ。まあそういう所よ」
『他のテイムモンスターもそんなかんじだしな』
『魔物マニアには基本やで』
『アナトさん、質問です。マスターはどんな人ですか? ¥5000』
「そうね、一言でいうなら……愚かでバカね!」
『辛辣wwwwww』
『まあバカじゃないとキングトロールに立ち向かえないだろ』
『いい意味で馬鹿、嫌いじゃないわそーいうの』
「でも、そんな愚かでバカでどうしようもないマスターだけど……私は確信してるわ。マスターは、阿久羽冬志郎は下層に到達、いいえ……ダンジョンクリアできる逸材だって」
『お、おう……』
『アナトちゃんがそこまで言うのか……』
『これは期待 ¥5000』
『まだ誰も下層に行って無いのにでっかく出たな』
『志波の秘密兵器だったか』
『志波はダンジョンクリアできるのか?』
『制覇宣言きたな』
そう言った感じでアナトへの質疑応答は続く。いや本当俺ん時よりもりあがってますねみなさん。別にいいけどさ。
「ククク……そろそろいいかな皆の衆……!」
班長が口を挟む。
「まだまだ聞きたい事はあるだろうが……そろそろ狩りに行きたいのだがどうだろう?
魔物が出てない道中には雑談を続けるということで……」
『賛成』
『俺も』
『同じくー』
「フフフ……じゃあ、狩り開始だ……!
メンバーはいつものワシ、沼澤、石津の三人に……冬志郎クンとアナトちゃんの五名ということで……」
『どこ攻めるの?』
『まだ行ったことないとこがいいなー』
『どこ行くんだろ?』
「ククク……今のワシらなら確実に……! 二層を……攻められる……!」
班長は言う。つい先日あんなことになったのに二層に行くとは、班長も胆が据わってるな。
「もちろん一層も広い……まだ行ったことのない場所もある。しかし視聴者が求めているのは……冬志郎クンとアナトちゃんの活躍だ……なら二層に突撃もよかろうて……フフフ……あるいは……行ってみるか……三層……ッ!」
「それは無茶です班長」
沼澤さんが言う。まあそうだよな。三層は……。
「クク……沼澤は反対かね?」
「ええ、危険すぎます」
『え、三層ってそんなやばいの?』
『知らん』
『二層の魔物がやばかったからその上かと思ってた』
『俺もー』
『S級連中は五層まで行ってるけどな』
『一緒にするなよ』
『あいつらは特別』
「まあ、では普通に二層だな」
そして俺達は安全地帯を出発した。
アイテムやらスキルやらなにやらで用意された安全地帯を抜けると、そこはモンスターが出る危険地帯だ。
一層のモンスターは弱いとされているが、それでも場所によって強さの差異はある。
比較的誰でも狩れるスライムや、ゴブリンなどの低級モンスターは、ダンジョンの入り口付近や、比較的弱いモンスターが出現する場所に出現する。
しかし、そのさらに奥……一層の最奥に行けば行くほど強力なモンスターが生息している。そして二層は一層よりさらに強いモンスターが出るのだ。
そんな危険地帯を俺達は回避しつつ進んでいく。目的は、志波コーポレーションが管理している階段だ。
ダンジョンの次の層へと降りる階段は複数ある。
それらを色々な企業が独占し管理している。階段の権利を持っていない企業は一階層でうろつくか、あるいはお金を払って階段を使わせてもらうしかない。
「めんどくさいのね」
アナトが言う。確かにそうだ。
「だから階段を自由に使いたくて、階段を複数管理している会社に借金してまでその階段の占有権を買い取ったあげく破産した中小企業もあったらしいね」
班長が言う。
「ふーん。バッカじゃないの」
アナトのその言葉に、
『ふおおおおおおおおおお!』
『もと罵って! ¥5000』
『もと蔑んで! ¥10000』
『アナト様! ¥15000』
『踏まれたい ¥5000』
コメントが加速する。こいつらは……。
「ねえマスター、こいつら気持ち悪いんだけど!!!!」
「ククク……仕方ないさ、有名人の悪魔っ娘と直接話が出来るんだ、リスナーたちにとってまさに垂涎……! ここはリップサービスしてあげて下さい
さい、アナト様」
「ねえマスター、このおっさんこの流れで様づけしてきたんだけど! なんかキモいんだけどチクショー!」
「ククク……敬意を示しただけで他意はないですよ……フフフ」
『その通り! ¥5000』
『もっと罵ってくださいアナト様 ¥10000』
『踏んでください! ¥8000』
「ほぉらみんな喜んでますよアナト様、サービスしてあげてください」
「ねえマスター、こいつら殺していいかな?」
「やめてさしあげろ」
なんだこの緊張感のない会話は。
ともかく俺たちは二層へと降りる階段のエリアへと到着した。
そこはバリケードが設置されていて、志波の正社員たちが警備している。
「止まれ」
武装した警備員が俺達に声をかける。
「やあやあ、これはどうも。私達、志波の社員です」
班長が社員証を見せた。そして、無言で浮いているドローンカメラを指さす。
これは配信していますという意思表示、つまりお互い要らぬことは喋らないようにしようと言う無言のやり取りだ。
なにせ俺達借金組は、公式には他の正社員と変わりない普通の社員ということになっている。実質は奴隷でも、だ。
「そうか。お疲れ様。二層に行きたいのか?」
「ええ、ええ。はい、これ二層へのチケットです、ホラ人数分」
「……む? 四枚しかないじゃないか」
「ああ、それはですね。そこのお嬢ちゃんは、彼のテイムモンスターなんですよ」
「ああ、なるほど。テイムモンスターか……っち、ちょっと待て!?」
警備員が目を見張って驚く。まあそうだろうな、レアらしいから。
「ここまで人型のモンスターだと……? ちょっと待て、確認する」
そして警備員はスキルを使用した。
「【鑑定】……む、失敗……抵抗された!?」
「当然よ」
アナトが言う。
「いや、ここは素直に鑑定されてくれ。話がすすまん」
「えー」
「えーじゃない。頼むから」
「……仕方ないわね」
アナトがそう言うと、警備員はまた目を剥いた。
「な……なんだこのステータス!? スキルも……え? いや、これ本当にテイムモンスターなのか!?」
「ええ、そうよ」
『警備員さん驚いてる』
『アナトちゃんを鑑定した警備員の人ドンマイwww』
『レアモンスターは違うなあ』
『俺達にもステータス見せて』
『スキルも見せて』
「クク……まあそういう訳でして、チケットの枚数が四枚なのはご勘弁を」
「あ、ああ……」
警備員は混乱しているようだが、しかしOKを出してくれて、ゲートを開けてくれた。
「二層は一層より危険だから注意しろよ。くれぐれも無茶はしないように。お前たち探索者はわが社の財産なんだ。お前たち一人一人に替えは効かないんだぞ」
普段絶対に言わないような事を言って来る。これも配信の力か。
「フフフ……わかってますよ存分にね。それじゃあ、行こうか皆の衆……!」
そして班長を先頭に、俺たちは階段を降りて行った。
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