第2話 イレギュラーモンスター

 ダンジョン第二階層。

 そこに俺たちは集められていた。


 そしてそこには、見た事のある女がいた。

 志波零里。俺の、いや俺達の義姉だ。クソが。嫌な顔を見ちまった。


「愛する兄弟姉妹のみなさん、働いてますかー?」


 零里がマイクでそう言うと、探索者達が不平不満に満ちた顔をする。当たり前だボケ。


「さて、本日集まってもらったのは他でもありません。私の愛する妹、志波明日葉がみなさんの働きに、探索者と言う仕事にとても興味を持っています」


 薄っぺらい営業スマイルで言う零里。これじゃあその妹とやらを愛しているってのも嘘臭いな。


「そこで、明日葉が10歳になった記念に、明日葉にダンジョンを体験させてあげたいと思います。

 つきましては、明日葉がダンジョンに潜っている間、みなさんには!

 明日葉の為にこの階層の魔物を倒す露払いをしてもらおうと思います!」


 零里がそう言うと、探索者達がざわめきだす。


「露払いって……」

「死ねってことかよ……」

「ふざけやがって……」


 そんな声が上がる。

 全く持ってその通りだ。俺たちは消耗品じゃねえぞクソ女。


「もちろんタダでとは言いません。今回に限り、モンスターを倒すと討伐数に応じて特別手当が出ます」


 その言葉に探索者達は色めき立つ。

 普段ならば、モンスターをどれだけ倒したところで、ドロップアイテムを回収して提出しなければ手当金は出ない。それが倒すだけで金が出るとなれば確かに好待遇だろう。

 ここに集められている探索者達はみな借金苦だ。特別手当はいくらあっても足りない。


「モンスター一匹につき一万円をお支払いします。判定は各人のダンレコ及び撮影ドローンで行いますね」


 ダンレコとはダンジョンレコーダー。俺たちに標準装備させられている監視カメラだ。これでダンジョンの状況を把握すると共に、サボってないか相互監視をするというシステムである。

 なお配信機能もあるらしい。俺は使ってないが。ていうか俺らみてぇな底辺社畜奴隷が配信して喜ぶ層が何処にいるのかという話である。


「明日葉は探索者としてデビューするので、それはもう盛大にいきたいと思っています。もちろん配信も行います、志波コーポレーション令嬢明日葉の探索者デビュー!

 なので、モブのみなさんはくれぐれも明日葉の配信カメラに映らないようにしてください。小さく背景として映ってしまう程度は許可しますが、でっかく映るようなら……わかっていますね?」


 零里がそう言って探索者達を脅す。

 わかってるよンなこたあ。こちとらお前らクソ御嬢様とは関わり合いになりたくねえよ。


「ではみなさん、明日葉の為に頑張ってください!」


 零里のその言葉に、探索者達はモンスターを狩り始めた。俺も狩り始める事にする。

 しかしここは二階層。今までいた一階層ではない。モンスターの量も質も違うのだ。

 だがそれでもまあ、慎重に行けば倒せない相手ではない。ここはみんなで連携して確実に倒していくに限る。


「お前はそっちから回れ! いいか一人で稼ごうとするんじゃあないぞ、命あってのものだねだ……!

 合同で倒して特別手当は分配、それが賢いやり方さ……!」

「うっす!」「はい!」


 うちのパーティーリーダーである小槻五郎こづきごろうが声を上げる。全く持って同意見だ。


 出てきたモンスターはホブゴブリン。ゴブリンの上位種で、人間と同じかそれより少し大きいサイズの緑色の人型モンスターだ。

 こいつがまた凶悪である。レベル1の俺では逆立ちしても勝てない相手だ。だが、レベル2の探索者が4人もいれば話は別だ。


「でりゃあああっ!」

「おらあっ!」


 ホブゴブリンを撃破する。ホブゴブリンは光の粒――魔力の残滓となって消滅し、魔石が転がり落ちる。


「フフフ……よし。 この調子でいこうじゃないか」


 班長が声を上げると、みんなもそれに答える。そして俺たちはモンスターを狩り続けた。


「ふう……これで何体めだ?」

「九体っすね。全部で手当て九万、それを五人で割ると一人一万八千円っすか」

「魔石もあるからもうちょいありますね」

「ホブの剣は……ぼろいし高くなさそうだな」


 俺達の普段の日給は一万円だ。ただし、そこから借金返済のため八千円を天引きされて日給二千円。さらに食費と家賃などで千五百円引かれて実質の日給五百円という地獄の薄給である。

 なのでモンスターを倒してドロップ品を会社に引き取ってもらう事でなんとかやっていくしかないというものだ。

 そう考えると今回の特別手当は確かにありがたいと言える。


「しかし、この階層はホブゴブリンが多すぎないか?」


 小槻班長がそうぼやく。

 確かにそれは俺も思っていた。一階層ではホブゴブリンなんてほとんど見かけなかった。だが二階層に来てからはホブゴブリンしか見ていないのだ。


「まあ、それだけ稼ぎやすいとも言えるか、フフフ……。変に色々出て連携取られたら厄介だしな、くわばらくわばら」


 班長が言う。確かに、連携を取るモンスターは危険だ。スライム100匹とか死ぬしな。俺のようなレベル1だと尚更だ。


「まあ、とにかく頑張ろう、もうすぐ御嬢様の出陣だ」


 班長のその言葉に、俺たちはさらにモンスターを狩り続けた。そして……



 俺達は『奴』と出会った。




『お、始まった』

『シバの三姉妹の末っ子ちゃんだっけ』

『様をつけろよデコ助野郎!』

『シバ三姉妹の末っ子ちゃんかわいい』

『美少女だよな』

『探索者デビューだっけ』

『10歳か、若いな』

『シバ三姉妹の末っ子ちゃん、探索者デビュー!』

『おめでとー!』

『でも金にあかせた接待プレイだろ』

『いやそうじゃないと死ぬだろ』

『かわいい!』

『美少女だ!』

『でもちょっと緊張気味?』

『そりゃまあ、初ダンジョンだしな』

『がんばれー! 応援してるぞ!』


 リスナーのコメントが画面に大量に流れる。

 それを目にして、緊張かそれとも羞恥か……顔を赤くして答えるのは、志波コーポレーション社長、志波和彦の末娘、志波明日葉だ。


「し、志波明日葉です! 今日は念願の、ダンジョンに潜れる日です!

 みなさん、今日は私の初ダンジョンにお付き合いください!」


 そう言って明日葉はぺこりと頭を下げる。


『かわいい!』

『美少女だ』

『志波三姉妹の末っ子ちゃん』

『応援してるぞー! がんばれー!』


 コメントがさらに流れる。その数は万を優に超えている。

 元々彼女は、通常の配信で人気を得ているインフルエンサーだ。自身がダンジョンに入る事は無くとも、ダンジョン事業を行っている志波コーポレーションが全面バックアップをすることで、ダンジョン関連の配信者としてはトップクラスに名を連ねている。


 そんな彼女がついにダンジョンへと入るのだ。

 当年とって10歳とまだ幼いが、長姉の志波零里の「会社の探索者たちにモンスターを狩らせて敵を減らした上で、会社が抱えている有能なトップ探索者を護衛につけ、安全に潜らせる」という策により、明日葉の初ダンジョン配信は実現した。


『しかし、よくあの志波家のパパが許可出したな』

『まあ、あの社長も娘には甘いらしいからな』

『でも10歳だろ? 大丈夫なのか?』

『大丈夫じゃない。だからこうして配信してるんだろ』


 リスナーたちはそんなコメントを明日葉の配信に流す。そしてそれは視聴者の共通認識でもあった。

 10歳の少女がダンジョンに入るなど、普通に考えれば自殺行為である。だが、志波コーポレーションが抱える探索者はみなトップクラスだ。

 その探索者たちに守られるなら、まあ大丈夫なのではないか? とリスナーたちは思っていた。


『見ろよあの護衛陣、A級探索者の【剣聖】アガサに、B級探索者の【拳神】久遠駆、B級探索者の【大魔道師】マホ・カイドウに、A級探索者の【聖女】アリア! 全員レベル40以上の一流だ!』

『すげえな。さすが志波コーポレーション』

『このメンツなら安心だな』


 リスナーたちは、明日葉に付き添う探索者たちのレベルの高さを見て、安心していた。

 事実、一層を無視して二層からという無茶な行軍も余裕だった。

 ただでさえ借金組によってモンスターが狩られて減っている。そして残ったモンスターを、護衛探索者達が華麗な連携でダメージを与え衰弱させ、そして明日葉にとどめを刺させる。

 そのやり方も、あからさまな赤子扱いではなく、はたから見ても実に見事な接待プレイであった。

 見ている人間や接待されている本人が、違和感を抱く事のない見事な連携。見事な接待。


 そして、この配信を見ている視聴者たちも、明日葉がモンスターを危なげなく倒す姿に、「これなら大丈夫そうだ」と安心して見ていた。

 ……その時が来るまでは。


『しかし……なんかおかしくない?』

『なにが?』

『いや、モンスターの数がさ』

『多いか? 10匹くらいだろ』

『いや、少なすぎると思う、他の探索者の二層の配信見たけどこんなんじゃなかったぞ』

『確かに、なんか変だな』


 コメントがざわつく。

 だが明日葉たちは特に気に留める事なくモンスターを狩っていく。


「ふう……これで20体目か」

「順調ですね、この調子でどんどんいきましょう!」


 護衛のA級探索者であるアガサとアリアが、そう明日葉に声をかける。


「はい! 頑張ります!」


 そう言って、明日葉はまた次のモンスターを探し始めた。そして……


『あれ? なんか変じゃね?』

『なにが?』

『ほら、あそこのホブゴブリン』


 コメント欄でそんなやりとりが行われる。

 ホブゴブリンの一体が現れたが、妙にふらついている。他の探索者にやられて逃げてきたのだろうか。


 いや――


 次の瞬間、そのホブゴブリンは踏み潰された。巨大な足によって。


「え?」


 明日葉がそう声を漏らす。

 ホブゴブリンを潰したのは、巨大な足――いや、巨大な人型の魔物だった。


「あ、あれは――」

「キングトロールです! なんでこんな所に!?」


 明日葉が驚きの声を上げる。そして護衛のアリアがそう答える。


『キングトロールって、あの?』

『ああ、アレだ』

『え? なんで? 5層以降にしかいないはずじゃ……』

『イレギュラーモンスター発生かよ!?』

『なんだってこんなタイミングで!』


 コメント欄もざわつく。それも当然。

 キングトロールは5層以降にしか生息しないモンスターだ。それが何故、こんな上層にいる?


「まずい! みんな逃げろ!」


 護衛のアガサがそう叫ぶ。だが、それは遅すぎた。

 キングトロールは手近な探索者に襲い掛かる。


「う、うわあああああっ!」


 探索者の悲鳴が響く。そして……


『おい、これまずくないか?』

『まずいだろ』

『逃げろ! 1層に逃げるんだ!』


 そんな声がコメント欄で流れる。だが、もう遅い。キングトロールは次々と探索者を喰らっていく。


「う、うわああああ!」


 明日葉を護衛していた探索者たちが悲鳴を上げた。それはそうだ。キングトロールなど勝てるわけがない。あれらはS級探索者でないと無理だ。


「くっ、みんな! 明日葉様を連れて逃げろ!」


 アガサがそう叫ぶ。だが……


『おい、護衛のアリアとマホがいないぞ』

『逃げたなこれ』

『いや、アリアは聖女だから逃げるわけねえだろ。マホも大魔道師だぞ』

『じゃあなんでいないんだ?』

『まさか……死んだのか!?』


 そんな声が流れる。そしてそれは事実だった。


「う、うわああああ!」


 護衛の探索者の一人、久遠駆が悲鳴を上げる。キングトロールの一撃を喰らったのだ。


「ぐはっ!」


 駆は血反吐を吐き壁に叩きつけられ倒れる。そして……キングトロールが倒れた駆をょ拾い上げ、喰らいついた。


『うおっ! グロ!』

『これやばくね?』

『誰か助けにいけよ!』

『無茶言うなよ二層は企業が占有してんだぞ俺ら一般探索者が行けねえよ』

『つか行ったら確実に死ぬ』

『S級は誰かこの配信見てないのか!』


 そんなコメントが流れる中、明日葉の護衛をしていた探索者の最後の一人、アガサが悲鳴を上げて逃げ出し――踏み潰された。


「あ……ああ、あ……」


 もはや明日葉を守る者は一人もいない。


「あ、ああ……いや……」


 そんな明日葉に、キングトロールが迫る。


「……た、助けて…… 誰か……」


 明日葉はそう震える声でつぶやく。だが、誰も来ない。当然だ。明日葉の護衛の探索者たちは皆一流のA級B級探索者。

 このダンジョンの低層に、彼ら以上の実力者などいない。そして、そんな彼らが全滅するほどのモンスターが相手なのだ。


「誰か……! 誰か助けて……お父様、お姉様……」


 返り血を浴び、腰を抜かして動けない明日葉の、座り込んだ地面が暖かい液体で濡れる。


「いや……死にたくない……」


 そう震える声で言う明日葉に、キングトロールが迫る。そして――



「ふふふ」


 その配信を笑いながら閲覧する女性がいた。


「ふふ。明日葉ちゃん、可愛いこと」


 死に瀕した少女を、傲慢な目で見つめる女性。

 その後ろから声がかかった。


「楽しそうね、お姉様」

「あら、あなたは楽しくないの?」

「そうね、人が死ぬのは楽しいわ。だけど、あの子はまだ利用価値があるんじゃない?」

「利用価値?」


 女性は顎に指を添えて考え込む。


「……そうね。確かに色々とあるわね、生かしておくメリットは。ここで殺してしまって悲劇を演出するよりも、生かしておいた方がいいわ」

「でしょう。ならなぜ?」


 その妹の問いに、姉は笑った。心からの笑顔で。


「だって、美しいものが壊れる瞬間って、とても興奮するじゃない」


 メリットデメリットではなく。

 自分が見てみたいから、志波明日葉を殺すと。それだけなのだと。


「ふふ、お姉様らしいこと」


 妹は笑う。そして姉も笑った。二人の笑いが重なった。

 だが。


「――え?」

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