第3話 魔神アナト
「うおおおおおおおおおおおお!」
俺達のチームを壊滅させた巨大な化け物。名前は……キングトロールだっけか。
俺たちはバラバラに逃げる事でかろうじて生きているが、はっきりいってダンジョンの状況はもはや地獄だった。
「う、うわあああ!」
探索者の一人が悲鳴を上げて逃げる。だが、キングトロールはそいつを捕まえると……頭からボリボリと食べてしまった。
「ひいいいいっ!」
「に、逃げろ! 逃げないと殺される!」
そんな声がダンジョンに響く。だが誰も逃げられない。当然だ。あんな化け物相手に、どう戦えというのか。
「うおっ!」
また一人喰われた。そして――
「なっ!?」
そこに、女の子がいた。十歳くらいの小さい女の子だ。
「なんで子供が!?」
俺は声を上げる。その時の俺は、自分自身がなぜここに集められて働かされていたのかの理由も忘れていたが、まあ混乱の極致だから仕方ない。こんな所にいる女の子、つまり元凶である、関わりたくもない志波明日葉だという事にも思い至らないほどに。
そう、混乱していたのだ。
だから――
「くっそおおおおお!」
思わず全力で走り、その子を抱きかかえていた。
次の瞬間、キングトロールの拳が少女のいた場所を砕く。
あぶねえ! 危うく潰されるところだった!
「うわあああやべえあぶねえこええ死にたくねえ死ぬ死ぬ死ぬ!」
脇に抱えたこの子という大荷物を捨てるか、囮として放り出せば助かる可能性はぐんと上がるのだが、俺はそんな考えに至らないほど混乱していた。
まあ冷静だったとして、そんなことはしないが。それをしたら俺は俺でなくなる。あのクソどもと同じには堕ちたくない。
「あ、あの……」
少女が何か言っているが、それどころではない。俺はキングトロールから少しでも距離をとるために全力で走った。
そして――
「ぐはっ!」
俺の背中をキングトロールの一撃がかすめた。
かすめただけで衝撃が半端ない。俺たちはそのまま吹っ飛ぶ。
「ぐっ!」
俺達は資材置き場に叩きつけられる。少女を抱きかかえてなんとか守ったが、おかげで受け身もとれずに俺は資材置き場の棚に激突した。
「ぐあっ!」
背中が痛い。だが、そんなことを言っている場合ではない!
「あ、あの……あなたは……」
少女が何かを言っている。だが、それに答える暇はない。キングトロールは俺達に迫ってきている。
くそ、どうする!?
俺にこの状況を覆す力は無い。
スキル? モンスターテイミングLv.1で何が出来る。契約しか出来ないんだぞ。そこらにいる巻き込まれて瀕死のホブゴブリンと契約しろってか?
したとしてもLv.2にならないと召喚出来ない、はい意味がない詰んだ。
「……っ」
そうだ、ここは資材置き場だ。志波コーポレーションが集めたアイテムなどを一時的に保管している場所である。
何か使えるものはないか……!?
俺は痛む身体を動かし、資材置き場を漁る。そして……
「これは……」
一枚のカードだった。
スキルアップカード……自身の保有するスキルのレベルを1上昇させる。。
「意味ねえ!」
何度も言うが、【モンスターテイミング】のスキルLv.1で契約、Lv.2で召喚だ。そして俺は一度として契約した事もねえ。意味が無さすぎる。
いや……それでも。
そこにくたばりかけてるホブと契約、すぐさま召喚してそれで囮にするという外道戦法で逃げる時間を稼ぐことは出来る!
すまねえホブゴブ太郎(仮名)、お前の犠牲は無駄にはしないぞ!
『スキルアップカードを使用しますか?』
そう空中に浮かんできた、ダンジョン特有の謎ウインドウに対してイエスと答え、俺は【モンスターテイミング】スキルをLv2に上昇させる。
そしてすぐに倒れているホブゴブリンに一方的な契約を――
『契約上限数に達しています。契約不可』
「……は?」
俺は間の抜けた声を上げる。契約なんて一度たりともした事ないんだが。
どうなっているんだ……! くそ、もう詰みじゃないか!
クソ親の借金で学校もやめてホームレス、さらにしクソ女に売られてボコられ社畜奴隷でダンジョンでこき使われたあげくこんな死に方だと!?
ふざけるんじゃねえぞクソが!
「あ、あの……」
俺が怒りに燃えていると、少女が話しかけてきた。
「なんだよ!」
俺は思わず怒鳴りつけてしまう。だが少女はそれに怯みつつも、声を上げる。
「その……私を囮にして逃げて……くだ……さい」
「……あ?」
何を言ってるんだこの子は。涙を目にいっぱい浮かべてそんなことを。
「あいつ……ずっと……私を……」
俺は黙ってこの子の頭をぽんと叩き、無理矢理笑って見せる。
「……子供が変な気を回すな。黙って守られてろ」
「でも……私のせいで……」
「うるせえ。黙ってろ」
俺はそう言って、少女の頭を撫でる。そして――
『グオオオオッ!』
そんな咆哮と共に、キングトロールが俺達に向かってきた。
「ひっ……!」
少女が悲鳴を上げる。俺は彼女を背にかばい、そして考える。
どうする、どうする、どうすれば――!
その時だった。
『召喚要請が来ています。召喚しますか?』
そんなウィンドウが表示された。
「は?」
なんだこれは。俺は混乱した頭で考える。召喚要請? そんなもの聞いた事が無い。タコ部屋の仲間に聞いたスキルの説明にもそんなものはなかった。
ああ、だが考えている余裕はない、キングトロールは拳を振り上げている!
「ええい、ままよ!」
俺はその要請に応じた。
その瞬間――
『召喚要請を受諾。契約モンスター【魔神アナト】が召喚されます』
そうウインドウに文字が流れ――そして俺の目の前に魔法陣が現れた。
「は?」
そんな間抜けな声を漏らした次の瞬間。
『グオオッ!』
そんな咆哮が響き、キングトロールの拳が俺の目の前に現れた魔法陣に叩き込まれた。
「え? あ、あれ?」
だが、その拳は魔法陣によって防がれていた。そして……
「呼び出すのが遅いよ」
俺の目の前には――
「だけどまあ、ギリギリセーフね。よく頑張ったわ」
そう言って、俺に向かって笑いかける少女が立っていた。
「お前は……」
俺は思わずそう呟く。その女性は――
「私はアナト。忘れちゃったの? あなたの
そう言って、彼女は俺にウィンクをした。そして――
『グオオッ!』
キングトロールの拳が、魔法陣に弾かれる。
「さて、私のマスターを傷つけた報いは受けてもらおうかしら」
そう言って彼女はキングトロールを見据える。そして……
「行くわよ!」
そう叫んで――消えた。
いや違う、超スピードで移動したんだ! 次の瞬間にはキングトロールの懐に入り、その腹に魔力のこもった掌底をたたき込む。
『グオ!?』
その一撃で、キングトロールの上半身に――穴が開いた。
「な……」
俺は呆然とする。なんだこれは、何が起きているんだ。
『……』
キングトロールの巨体は、そのまま――轟音を立てて倒れ、そして魔力の粒となって消失した。
遺されたのは、キングトロールの魔石と、そして――
「ふふん」
勝ち誇る一人の少女だった。
彼女の名は、魔神アナト。
高位悪魔であり、そして――かつて俺と契約したモンスター、らしい。
俺自身は全く持って記憶にないが――実際にそうなったからには、そうなんだろう。
「さて、と」
そう言って彼女は俺に近づいてくる。
そして……
「久しぶりね、マスター」
そんなことを言って、ドレスの裾をつまみ、頭を下げた。
「分不相応で短慮、そして身の程を弁えない愚か者。
相変わらずで嬉しいわ。それでこそ、私のマスター、阿久羽冬志郎よ」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「さあ――探索を始めましょう」
◇
その光景は、志波コーポレーションのドローンカメラで全て配信されていた。
イレギュラーモンスターの発生と、それに伴う探索者の大量の死者や重傷者の映像。
そして――キングトロールを瞬殺した、探索者の少年。
彼の名は、阿久羽冬志郎。
この日、世界は――震撼した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます