第13話 悪魔の胎動……!

「み、みなさんこんにちは。志波明日葉です!

 この間は、本当に……みなさんにご迷惑をかけてすみませんでした。

 私が探索者になりたいと言ってしまったばかりに、あんなことになって……」


 志波明日葉は、配信でそう言って深く頭を下げた。

 大東京ダンジョン二層での、イレギュラーモンスター発生。

 その事故で多くの人が死んだ。

 イレギュラーモンスター発生そのものは、決して明日葉の罪ではない。ただ、運が悪かっただけでしかない。


 しかし……それでも、志波コーポレーション社長令嬢である彼女の護衛として同伴した探索者達が全員死亡したのだ。

 自分が探索に出なければ、彼らは死ぬ事は無かった――明日葉がそう思ってしまうのも無理はない。


 10歳の少女だ。この大探索者時代、ダンジョン発生以前より人の命が軽くなったと揶揄されるが――それでも彼女にとって、つらい現実である。


『明日葉ちゃんのせいじゃないよ』

『あんなん誰も予想できん』

『イレギュラーモンスター発生じたいここ数年無かったしな』

『しゃーない』

『明日葉ちゃんのせいじゃないから、気に病まないでね』


 コメント欄には、明日葉を慰める言葉があふれている。

 だが、それでも明日葉は頭を上げなかった。


「……いえ、私のせいなんです。私が探索に出ようなんて言わなければ……みなさんが死ぬ事はありませんでした」


『気にしないで』

『あれは事故だ』

『誰も予想できなかったし、明日葉ちゃんのせいではない。悪いのはイレギュラーモンスターだ。だから、自分を責めないで』

『まさか気にして配信とか探索やめるって言わないよね?』


 そのコメントを見て、明日葉は言う。


「正直……それも考えました。でも、零里お姉様に、それは逃げだって言われて……だから私は、私なりに出来る事を頑張っていこうとおもうんです!

 今まで通りに探索者さんの紹介レビュー、ダンジョン攻略のレビューやお勧め動画紹介とか……

 とにかく探索者さんたちの応援、バックアップを頑張ってやっていこうと思うんです」


『お、いいね』

『応援してるよ!』

『無理せず頑張ってね』


「はい! ありがとうございます! えっと、それで……ですね……」

 明日葉はそこで少し口ごもり……そして意を決したように口を開いた。

「……はい、ではいつも通りに、探索者さんの紹介レビューにいってみたいと思いますけど。

 まあたぶん、今の私の推しって、お兄様たちにはわかると思いますけど……」


 明日葉は一転して顔を赤らめる。


『あっ』

『あっ(察し)』

『お?』

『あれかあ』

『まああいつだろうな』

『駄目ですお兄様たちはまだ許しませんあと八年待ちなさい』

『プラトニックなお付き合いならまあ見守るが……』


「あ、あの! わっ私は決してそういうのじゃ……ただあの人に命を助けられたから……だから」


 明日葉は顔を真っ赤にし、そう叫ぶ。


『明日葉……色を知る歳か!』

『まああれは惚れて仕方ない』

『明日葉ちゃんはアナト様LOVEの百合かあ』

『↑いやそっちかよ』

『まあわかる』


 明日葉の言葉にリスナーたちは好意的だった。

 いかに有名美少女インフルエンサーとはいえ、志波明日葉は十歳の少女である。いや幼女だ。

 彼女のリスナーたちのガチ恋勢は驚くほど少なく、いても同年代の小学生か、ごく一部の幼性愛趣向者ぐらいであり、大半のリスナーは彼女を父親か兄のように見守っていた。


「も、もうお兄様たち、からかわないでください!

 え、えっとですね、こほん。私を助けてくれた、阿久羽冬志郎さま……私はあれから会えていないんですけど、なんとこの間!

「小槻五郎のダンジョングルメぶらり紀行」というチャンネルにゲスト出演されてたんです! 私もアーカイブで見ましたけど、間違いなくあの人でした!」


『お、マジか』

『あのダンジョングルメ系かあ。あれ面白いよね』

『俺あの人の動画全部見ててさあ』

『同じ志波の会社の人だったっけ。接点あったね』


「はい! それで私、こういうの職権乱用っていうかコネみたいでどうかなー、と思ったんですけど……小槻のおじさんにコラボ申し込もうかなって思ってます、阿久羽様に会うために!」




 なんてことが起きていると露知らず、俺は今日もダンジョンに籠っていた。まあ意忌々しいがこれも仕事だしな。

 ちなみにシフトは今までと違い単独作業だ。これはあの戦いで急にレベルが上がってしまったことも起因するし、あと周囲の探索者の目もある。

 志波の借金組だけならいいが、第一層は奇特な一般の探索者も多くいる。そんな中で変に目立ってしまったら色々と厄介だという班長や現場監督の指示だった。

 というわけで俺は個人行動をしているわけだ。


「いけっ、シェダド!」

「てけり・り」


 俺の言葉にショゴ=スライムのシェダドが応じ、硬質化させた刃を振り、ブラッドグリズリーを両断する。


「よし、よくやった」


 俺はシェダドに声をかける。シェダドは嬉しそうに体をプルンプルンさせる。


「しかし、こいつ結構強いな」


 シェダドは妙に強い。最初に戦った時のドリル攻撃もそうだが、変幻自在だ。スライムってこんなんだっけ……?

 まあいいか。


「でもまあ、マスターも強くなったわよ」


 アナトが言う。


「スキルのレベルもあがったしね。これで地上でも私を召喚できるのね、楽しみだわ。地上にはもっといろんな食べ物があるんでしょう?」


 アナトはうきうきしていう。こないだの串揚げがたいそう気に入ったらしい。それは確かにわかる。俺もあれは実に美味いと思った。


「ああ、楽しみだわ! ねえシェダト、リン」

「てけり・り」

「わんっ」


 アナトは他のテイムモンスターに話しかける。

 ちなみにリンとはあのあと契約したリトルフェンリルだ。名前はなんか最初からついていた。

 ストーンウルフの群れに追いかけられていたのでつい助けたらそのまま懐かれたのでテイムした。


「さてと……そろそろ戻るか」

「そうね。夕食が楽しみだわ」


 アナトは言った。


 だけど。

 ああ、だけど……!




 本日の探索者定食……

 茹でもやし

 具無し味噌汁

 ごはん

 きゅうりの浅漬け


 以上!



 ……あ、アナトがテーブルに頭突っ伏して泣いている。

 しくしくしくしくしくしくしくしく、と地獄の底から響いてくるようなすすり泣き。

 悪魔にも涙はあるようだった。


「なんっなのよこれ!」


 アナトが顔を挙げて叫ぶ。さもありなん。


「俺達借金組の食事はこんなもんなんだよ。昼飯だっておにぎり一個と漬物だったしな」

「うううう、こんなのってないわ! 私悪魔よ? こんな食事で満足できるわけないじゃない!」


 そもそも悪魔なら食事なんて必要じゃないのでは、などとは俺は言わない。


「しかも社員用のだからお前のぶん無いしな……」


 だから俺のを半分分けるという形である。少ない。俺だって泣きたくなる。


「ここは地獄か何かなの、マスター」

「似たようなもんだよ」


 だから俺はここから一日も早く抜け出すのだ。

 そうだ。そのためにもストイックな節約をし、そして探索をして金をためて……


 と、決意を新たにした時の事だった。


「フフフ……ものたりないといった顔をしているね……」


 悪魔が現れた。

 というか班長だった。


「班長」

「ククク、育ち盛りがそんなもやし定食じゃあ体がもたないだろう……ついてきなさい、個室に食事を用意しているから」




「さあ、たんとお食べ」


 案内された個室で出されたのはTボーンステーキだった。


「……めっちゃ豪華ですね」

「フフフ、志波は営利企業だからね、借金組とはいえお金さえ払えば個室で特別な食事も出来るのさ……」


 地獄の沙汰も金次第、ということか。


「これはお礼だよ。フフフ、先日のスパチャ収益だがね……一日でなんと、121万円だったよ……!」


 その一言で。

 俺は持っていたフォークを落とした。


「……は?」

「ククク、それだけ冬志郎クンとアナト様の人気が凄かったということさ。普段のワシの配信じゃこんなにいかない、高い時でも十万円超える程度でね……まさに破格……!

 ここから上の連中に半額を取られるが、それでも60万の純利益……! そこから約束通り一割が君に支払われる、つまり6万円さ……!」

「……」


 6万円。


 俺の本来の四か月分の収入だ。それが……一日で?

 というか、地上での感覚だとしても日給が六万円なんてすごくないか?


「フフフ、もちろん支払われるのは今月末締めの来月末支払いだからもう少し後になるが……そして忘れてはならないよ。

 今月はまだまだ半月以上も残っていて、そしてワシの配信は先日で終わりではない……!

 雑談配信は毎日のように行っているし、狩りの配信もよく行っている。そして当然、キミたちにもまたゲストで何度も出てもらう予定だ……!

 さて、どれだけ稼げるだろうね……?」


 班長は笑った。悪魔のような笑みだった。


「……」


 俺は唾を飲み込んで戦慄する。もちろん毎回これだけのスパチャが投げられるなどという都合のいいことなどないだろう。


 だけど。

 これなら、予想より早く五千万円用意出来るのでは……?


「フフフ、金勘定しているね、結構結構……! そしてそのために必要なのは、贅沢とはいわぬまでもちゃんとした食事や睡眠さ……!

 キミにお金が入る二か月後まで、ワシが色々と貸してあげようじゃあないか、なぁに投資のようなものさ。前回の探索と配信で、キミはまさしく代えがたい使える逸材だと判明したからね……そのくらいのサービスはするさ」

「本当にいたせり尽くせりっすね」

「当然……! キミをうまく使えば、より大金が手に入る……! そのための投資は惜しまんさ、これぞまさにWin-Win……!」


 班長は笑う。悪魔のような笑みだった。


 なお本物の悪魔は現在、ステーキを頬張ってご満悦の笑顔を浮かべていた。

 こいつ……確実に班長に餌付けされているな。別にいいけど。ていうか俺もだけど。


「フフフ……それでは次の配信のための……打ち合わせと行こうじゃないか……!」


 そして、班長の邪悪な悪魔的企みが進行するのだった。


 俺は、俺たちは……この悪魔の手中から逃れる事は出来るのだろうか。

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