第14話 “アシッド”

 その日、それは起きた。


「おい、そっとだぞそっと!」

「ポーションもってこい!」

「馬鹿、俺らに使えるようなポーションじゃこの傷は無理だ!」

「だからといって何もしないわけにいくかよ!」

「くそ、しっかりしろ田中ぁ!」

「田中ぁ!」


 それは、突然の出来事だった。

 ダンジョン一層の安全地帯に一人の探索者が担ぎ込まれた。

 その探索者は……全身がグズグズに焼けただれていた。


「むう、コイツはひどいな……」


 班長が言う。

 よく知らないけど、全身の火傷は何十%かを上回ったら致死量だったと聞いた事がある。この男はどう見ても致死量の傷だ……


「これは……楽にしてやったほうがいいかもしれんな」


 班長が静かにそうつぶやく。こういった火傷はとても苦しいというからな……班長のその気持ちもわからなくはない。


 そんな時だった。


『召喚要請が来ています。召喚しますか?』


 またこんなメッセージが浮かんできた。アナトか?

 まあ、悪化する事は無いだろう。俺はその要請に応じることにした。


「てけり・り」


 出てきたのはアナトではなくシェダドだった。いやお前もあっちから召喚要請してくるのかよ。


「てけり・り」


 シェダドはそう言いながら、呻いている田中さんの所にいき……


「っ!?」


 周囲にいた探索者達が息をのむ。

 なんとシェダトは大きく広がり、そのまま田中さんを飲み込んだのだ。

 シェダトは彼を喰ったのか。そう一瞬思った。


 しかし、それは違った。


「……なんだ!?」


 シェダトを見ている探索者の一人が声を上げる。

 そう、透明なシェダトの内部で、田中さんは……その焼けただれた全身が、みるみるうちに治っていく。


「こりゃあ、おどろいた……このスライムは治癒能力も持っているのか」


 班長が驚きの声をあげる。俺も驚いている。

 シェダトにこんな力が……。


「てけり・り」


 シェダトは田中さんの身体から離れる。田中さんの焼けただれた皮膚は完治していた。まだ意識は戻っていないが、命に別状はないだろう。


「てけり・り」


 シェダトはまた、その身を小さくして俺の肩の上に乗っかってきた。


「てけり・り」


 シェダトが俺に向かって言う。


「冬志郎クン、そのスライムは何と?」

「体力まで戻すのは有料、だそうです」

「そうか、まあ……そのくらいは仕方ないか」


 あのままでは確実に死んでいた。傷が治っただけでそれはもう僥倖だ、と班長は言う。


「しかし、このスライムは……いや、これは……」


 班長が何か言いたそうにしている。

 そして、意を決したかのように口を開いた。


「冬志郎クン。このスライムは……金になるぞ」

「金に?」


 俺は思わず聞き返してしまう。


「ああ、治癒治療系のスキルは金になるからな……キミがどの程度このスライム君を操れるかは知らないが、たとえばここに常駐させて回復屋をざれば……」


 班長は何やら金勘定をしている。しかしまあ、シェダトは戦力になるし狩りには随行させたい。治癒が出来るならなおさらだ。難しい話だな。


「フフフ……まさしく冬志郎クンは金のなる木……!これはいい商売になる……!」

「あの、班長?」

「ああ、すまない。キミのスライム君のおかげで命が救われたよ。ありがとう」


 そう言って班長は頭を下げる。


「てけり・り」


 シェダトはぷるぷると震えた。


「……しかし、この傷は何だったんでしょうね」

「さあな。魔物か、それとも罠か……何にせよ皆には注意喚起しておかねばならないだろうな」

「そうですね……」

「さあ、田中を上に運ぶんだ。皆の衆は探索に戻れ!」


 班長の号令で皆は動き出す。


「……」


 しかし俺は嫌な予感をひしひしと感じていた。

 これで終わればいいのだが……。


 そしてその予感は、的中したのだった。




「おおい、冬志郎はいるか!」


 夕方、ようやく探索業務が終わり、ドロップアイテムの精査をしていると俺を呼ぶ声がした。


「なんすか?」


 俺はその声の主に返事をする。


「おう、いたか! すまん、怪我人だ! お前のスライムの力を貸してくれ!」

「……わかりました」


 ようやく重労働が終わって休みたいが、しかし怪我人ならしょうがない。

 俺は再びダンジョンへと降りた。

 ……その怪我人は、全身がグズグズに焼け爛れた姿だった。


 そう、田中さんと同じく。


「……召喚」


 俺はシェダトを召喚する。


「てけり・り」

「怪我人の治療を頼む」

「てけり・り」


 そして、その焼け爛れた探索者は……みるみるうちに治癒していく。


「見事だな、助かったよ」


 俺を呼びに来た探索者が礼を言って来る。


「これは感謝の証だ、少ないけどとっといてくれ」


 そう言って魔石を渡して来る。俺はそれを受け取り、彼に質問する。


「この人は、どうしてこんな傷を?」


 俺の言葉に、彼は言葉を詰まらせる。


「……わからないんだ」


 彼が言うには、二人で壁の水晶群から魔石を採掘する作業を行っていた時に、急に霧のようなものが出て、相方の全身が焼け爛れたのだという。


「壁に酸が溜まっていて噴出した……とか?」


 俺の言葉に彼は首を横に振る。


「それは……無いな。噴出したらすぐにわかる、しかしそんな事は無かった。いきなり現れたんだ」

「ふむ……」


 となると、モンスターか、あるいは何者かがスキルを使ったか……。


「まあ、何にしても……助かったよ」


 彼はそう言うが、しかし俺の心には不安が残った。

 二度あることは三度ある……か。




 そしてその不安は的中した。


 何人も、何人も同じような重傷を負った探索者が出るようになったのだ。

 それも、志波の探索者ばかりを中心に。

 第一層は恐怖に包まれた。

 そして、企業所属ではない探索者にもその魔の手は及び、その犠牲者がたまたま配信者だったことから、その事件は瞬く間にネットで広まった。

 モンスターか、あるいは人間か。

 どちらにらよ危険である事は変わりない。


 その犯人を、人々は“アシッド”と呼ぶようになった。



223:名無しの探索さん

またアシッドが出たらしいぞ


224:名無しの探索さん

またかよ。もう何回目だ? 


225:名無しの探索さん

志波の探索者が狙われているらしいな 


226:名無しの探索さん

アシッドってなんだよ、犯人が名乗ってんのか? 


227:名無しの探索さん 

いや、そういうわけじゃない。ただ、強力な酸でやられてるからそう名がついた


228:名無しの探索さん

酸か……。アシッドは志波の探索者を狙ってるって事だよな? 


229:名無しの探索さん

まあ、そうだろな。でもなんで志波なんだ? 


230:名無しの探索さん

さあ? たまたまじゃねえの? 


231:名無しの探索さん 

いや、志波の探索者が狙われる理由はある。


232:名無しの探索さん

え? 


233:名無しの探索さん

なんでだよ 


234:名無し探索者

>>232は知ってるのか、アシッドの事を 


235:名無しの探索者 

アシッドの事じゃないけど、最近志波で目立ってる奴がいるだろ。こないだの志波明日葉がイレモンに襲撃された時に救出してバズった奴。


236:名無しの探索さん

いたな。確か冬志郎とかいう奴だろ? それがどうした? 


237:名無しの探索者さん

ダンジョンで急に目立つ奴は潰されるからな。特に企業勢で目立つホープは他の企業にとっては邪魔でしかない。魔物のせい、事故に見せかけて潰そうとするパターンはある


238:名無しの探索さん

なるほど……でも阿久羽が狙われたわけじゃないだろ


239:名無しの探索さん

阿久羽冬志郎をいぶり出すためにやってる可能性


240:名無し探索者さん

なるほどな。

バズった有名探索者を潰して名上げたい奴ってパターンもありそう


241:名無しの探索さん

前にこういう奴がいた

https://kakuyomu.jp/works/16818093081506423145/episodes/16818093082135579182

>301:通りすがりの探索さん

>まあ見てたらいい、すぐに化けの皮は剥がれるからな。

>予言してやるよ、阿久羽冬志郎は近いうちにダンジョンで死ぬ。絶対だ。

>奴だけじゃない、奴をもてはやした馬鹿どもも全員な。


242:名無しの探索者さん 

オイオイオイ犯罪予告かよ


243:名無しの探索さん

これ、このスレに書き込んだ奴? 


244:名無しの探索者さん

いや、これは違う。でも似たような事言ってる 


245:名無しの探索さん

じゃあコイツがアシッド? 


246:名無しの探索者さん

書き込み残してるとか開示請求したら逮捕か?


247:名無しの探索者さん

馬鹿じゃなかったら串何重にもさしてそうだけど……


248:名無しの探索さん 

おいお前らヤバいぞ、アシッドが犯行声明出しやがった


249:名無しの探索者さん

は? 


250:名無しの探索さん

自分が犯人だと書き込みがあった、しかも動画付きだ。見てみろ。

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