第11話 悪魔の罠
スライムの高速回転するドリル。
それが俺の顔面を襲う。
「…………ッッッッ、危ねえ……ッ!」
俺はギリギリの所でそのドリルを掴んでいた。
炭素繊維軍手がギャリギャリギャリと悲鳴を上げる。
「ななななんだあ、あのスライムは!」
班長が叫ぶ。班長にも予想外だったようだ。
「く、ぐぬぬぬぬぬっ!」
スライムの回転が増す。このままでは、軍手が焼き切れて俺の手がやばいことになる!
「ふんっ!」
俺は大地を踏みしめ、スライムを力ずくで投げ飛ばした。
スライムはそのまま壁に激突する。自身の回転速度と突撃速度が存分に威力を発揮し、スライムはべしゃりと潰れた。
「はぁ……はぁ……、な……なんだあのスライムは……」
俺は息を整えながら、そう呟いた。
「お……おい、あれ!」
その時、班長が叫んだ。
その指差す方を見ると……。
「てけり・り」
スライムは再生していく。
……っ!
俺は駆け出し、そして……
「ふんっ!」
再生中のスライムを蹴りつけた。
「てけりっ!?」
「おらっ、このっ!このっ!」
俺は何度もスライムを蹴りつける。
「てけり、てけりっ! てけり・り!」
「おらおらおらおらっ!」
「てけり、てけり、てけ……り……」
「ストップストップマスター、それ、降参してるわっ!」
アナトが慌てて俺を制止する。
「……」
見るとスライムはぶるぶるとしていた。いや、ぴくぴくか?
「……なんとまあ。あれだけの殺意全開の攻撃に、あれだけやられても生きているとは、コイツただのスライムじゃあないな」
班長が言う。
『ただのスライムはドリルにならない』
『寄〇獣みたいな動きしてたぞ』
『初めて見たこんなの』
『ユニークモンスターか?』
『普通のスライムにあんな目玉無いぞ』
「ククク、リスナー諸君も言っているように……あのスライムはレア……! ここはぜひともテイムするべきじゃないか……!」
班長が言う。まあ確かに、ただのスライムよりはな。
「てけり……り……」
おれはしなびた雑巾みたいになったスライムを持ち上げる。
『契約可能です。契約しますか』
浮き出たウィンドウに、俺はYESと答える。次の瞬間、スライムは光の粒になって消えた。
一見すると倒して消えたようにも見えるが……。
======
契約モンスター
魔神アナト Lv52
ショゴ=スライム Lv12
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ちゃんと契約出来ているようだ。
……ショゴ=スライム? 聞いた事ないモンスターだな。
『契約おめ』
『聞いた事ないな』
『ショゴスライムってなんだよ』
『小五スライム?』
『ショゴスライム……。……っ!まさか、あの伝説の!?』
『なんだなんだ?』
『ショゴ=スライムは、かつてこの世界を支配していたとされる魔王の名前だ。そして、魔王は勇者に倒されて封印されたと聞く』
『↑デタラメ言ってんじゃねえよw』
『妄想語り乙』
『なんにせよレアっぽい』
『レベル高いしな』
『それよりもアナト様のレベル高くね』
『アナト様だからな……』
「フフフ、多少の想定外トラブルはあったものの……それこそがリアル実況配信の醍醐味……! さあ、一層に戻ろうじゃないか」
班長が言う。
俺達は一層へと戻る階段へと向かった。
◇
「さあて……一層の安全地帯に戻ってきたわけだが……さあここからワシらの普段の配信……冬志郎クン目当ての新顔さん一見さんも気を楽にしてほしい」
班長がカメラに向かって言う。
場所は一層安全地帯。本来は安全地帯でも何でもなかったが、様々な企業と探索者達がスキルや魔法やアイテムや科学の力で無理やり開発した場所だ。
「ククク……さぁて今日は何処に行くか」
「初心者向けがいいんじゃないっスか」
「視聴者も新顔さん多いですからね、変なジビエ系は避けましょう」
班長達が話す。俺は蚊帳の外だ。まあお客さんだしな、黙っておこう。
俺達は小さな町のようになっているダンジョンを歩く。探索者達でにぎわい、露店などが並び、ダンジョン探索に必要なアイテムや武器防具を販売している。
「さて……と」
班長が立ち止まったのは、『串屋レジェンド』と看板がある店だった。ダンジョンの小部屋をそのまま店にしている。
「フフフ……若者にはこういう食べ放題がいいかもしれんな」
「まあ、若者はこういうの好きっスよね」
「俺も好きです。狩りの後はがっつり喰いたいっす」
「クク……では早速……」
班長が暖簾をくぐる。
しかし探索中に食事とか初めてだな。班長が事前に言っていたが、普段からこういう配信をするために前もって外食権とかを購入しているらしい。そういうオプションを購入する金も無い俺は、休憩時間にしょぼい弁当を喰うぐらいしかなかった。
店に入りテーブルに座る。そこはテーブルに油が張ってあり、どうやらそこで揚げ物をするらしい。
「フフフ……ここは揚げ物の食べ放題店さ……そっちにある様々な串にささったネタを持ってきて、この油で揚げて……揚げたてを喰う……!
新鮮なネタの揚げたてを熱いままほおばるのはまさに悪魔的至福……!」
「……」
それは確かに美味そうだ。
『俺この店知って、地上にもチェーン店ある』
『揚げたては美味いからな……』
『やっぱ肉だろ肉』
「さぁて……ではワシは豚肉と、タマネギ、エビから行くか……」
ネタ置き場から取ってきた串を、班長は白いねり粉に漬け、そしてパン粉を付ける。そのまま油に投入した。
ジュワワッ、と言い音がする。
「フフフ……食べ放題だから必然とひとつひとつの串は小さいからな、すぐに揚がる……ほら、もう揚がった」
一分と立たずに班長は串を油から取り出し、そしてしばらく金網の上に置いて余分な油を落とす。
「そうそうコレコレ、この妖艶に金色に輝く衣……! これをタレにつけて、まだ熱いまま一気に……!」
班長は串にかぶりつく。そして、目をカッと見開いた。
「くぅ~~~~~ッッ……美味い……! やはり揚げたては最高だ……!」
なんだろう。
オッサンがただ串揚げを食べているだけなのに、暴力的なまでに食欲をそそる。
『やいやめろ腹が減る』
『この配信って酒のつまみに最適』
『俺も腹減ってきた』
『俺も』
『俺も』
『ちょっと外食してくる』
俺達も班長に習い、串を油に入れる。
油がいい音を立てて素材を揚げていく。それを引き上げ、油を切ったらソースをつけて……食べる!
「…………!」
なんだろう。言葉にならねえ。
こんなまともなメシを食べたのはいつ以来だ。まだダンジョンに落とされて一か月も立っていないのに、まるで何年も断食していた後で口にしたかのようなこの多幸感。
「クク……美味いだろう?」
「……はい」
「ククク、へたっぴ……! へたっぴなんだよ若い探索者は……! 若さと体力にあかせて無茶をし食事を粗末にする……しかし、探索者こそ美味い食事をしないといけない……!
毎日は無理でも、いや毎日は無理だからこそ、自分にご褒美を与えないとね……
フフフ、さあ喰いなさい、今日はワシの奢り……っ! 命を救ってもらった礼……!」
『いい話』
『いい話だなあ……』
『小槻さんの話ってなんか妙に含蓄ある』
『やっぱ探索者はちゃんと喰わないとな』
サクサクっとした衣から溢れる肉汁、柔らかい肉の甘い脂。これはたまらない!
「フフフ、アナト様も随分と御気に入られたようで」
横を見ると、アナトは無言無心で食べている。ほおばっている。すごい勢いだ。
「んっ、ふんっ、っ!」
「フフフ……やはり若い者が食べているのを見るのはいい……! 中年以降にこそ許された甘美……甘露……!」
『わかる』
『俺も若いけどわかる』
『美味そうに食べてるの見ると幸せになる』
『俺も若くないからわかる』
『もっと食べて』
『野菜もいいぞ』
『肉と野菜は正義』
「……っ、ホント美味しいわねコレ! んこなの食べたの初めてよ!」
アナトはご機嫌である。わかる、俺もかなり嬉しいからな、こんな美味いの久々に食った。
「あ、マスターそれ食べないのならよこしなさい」
「あっ、ちょ、お前」
置いていたウィンナー串を取られた。あえて衣をつけないタコさんウィンナー串だ。アナトはそれを一瞬で口に入れた。
「はふっ、はふっ」
「フフ、アナト様……お口にソースが付いてますよ」
「ん」
班長は紙ナプキンでアナトの口を拭く。うん、完全に姪か何かに奢っている叔父さんっていう絵面だな。
そしてしばらくした後、おもむろに班長が言った。
「フフフ、あとここはね……デザートも串揚げがあるのさ」
デザート串? まさか果物でも揚げるのか?
「ククク……かつて給食では争奪戦が起きたと言われる伝説の……そう、揚げパンさ!」
そこには、串にささったパンの切れ端が。
それを油に入れて揚げる……硬くキツネ色になるまで揚がったら取り出し、そして……粉砂糖をかける。
粉砂糖がかかった瞬間、揚げたパンの串が輝いた。
「フフフ……ハハハハハ、揚げたての揚げパンは給食ではついにお目にかかれなかった、まさにここでしか食べられぬ至高にして究極……!」
「……!」アナトが目をキラキラさせる。そして、その揚げパンを一口かじった。
「……ッ!……っ!」
言葉にならないようだ。まあわかるぞ、美味いよなこれ……!
『俺も好き』
『給食の揚げパンは至高』
『これはうまいに決まってるやん』
『ちょっと家で作るわこれ』
『飯テロやめてお願い』
『うちの地方は給食に揚げパンなかった……』
『↑なんだあそこは、地獄か?』
『かわいそう』
『天国と地獄……』
「フフ……さあ、まだまだ食べるぞ。なんとチュロスの揚げたてもある……!」
くそっ、手が止まらない。
この班長め、なんてものを食わしてくれたんだ!
これで俺は、この男に逆らえなくなるだろう。この男の探索と配信に付き合う、ただそれだけでこんな生活が出来るなんて……! まさに悪魔、悪魔的計略……!
この日俺は、悪魔の手中に堕ちたのだった。
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