時間軸:本編
お題【お守り】え、それ本当にお守りだったの?
「……お守り、ねえ?」
俺は薬指にはまった指輪を見つめて呟いた。婚約が決まって早速渡されたのが、これだ。本当に、本気なんだなぁ……と、俺好みのデザインの指輪を見るたびに実感する。
まず、宝石が邪魔にならないし傷もつきにくそうだ。どこかにぶつけたりしても大丈夫なように、宝石が指輪の一部であるかのようなデザインになっている。
そう、指輪自体が宝石の台座に見える意匠なのだ。
一見するとシンプルだが、よくよく見ると実は装飾がすごい。指輪の彫刻は普通は見える部分にするものだ。この婚約指輪は、側面に蔦模様の彫刻がされていた。
ベゼルセッティングをベースにすることで、宝石が日常生活の邪魔にならないようにした上で、さりげないデザイン性を持たせる。そう簡単に思いつくものではないだろう。
「俺のこと、めちゃくちゃ好きじゃないの」
口に出してみると、なんかむず痒い。昔からプレゼントは渡す方だったから、もらうのってこんなに照れくさいものだとは知らなかったな。
しかも、これを渡してきた時の言葉が「お守りだ」ときた。普通に「婚約指輪だ」と言って渡してきても良いものを。ジークヴァルトのことだから、いつもの病気を発症したのだろう。
彼は緊張すると、言葉の選び方をコントロールできなくなるらしい。引くぐらいの直球を投げてくるか、何が言いたいのか分からないくらいの遠回しな言葉になるか……。どちらになるかはその時にならないと分からない。
まあ、そこが人間として愛らしいなと思うわけだけど。
俺は宝石が輝くように、手を太陽にかざした。
「……ラウル」
「おわっ!?」
突然声をかけられて振り向けば、顔を赤くしたジークヴァルトが立っている。その表情から、どうやら一部始終を見られていたのだと察した俺の顔が火照っていく。
あ、これは聖女の絵画をこっそり見に行っていたジークヴァルトが俺に見つかっちゃった時の逆パターンだ。確かにこれはかなり恥ずかしい。
俺は当時の彼に申し訳なかったと心の中で謝ってから、たった今の出来事を誤魔化すべく口を開いた。
「はは、見られてたか。
これのこと、お守りって言いながら渡してくれただろ? どういう意味だったのかな、と思ってさ」
照れくさい気持ちは隠さずに、堂々と。そうすれば、変な空気にはならないだろう。ジークヴァルトを困らせたいわけではない俺は、あくまでも雑談のように振舞った。
俺の質問が意外だったのか、それとも俺が指輪を眺めていた理由がジークヴァルトの想像とまったく違ったのか、彼はきょとんとしてから考える素振りを見せる。
無骨な指先が、彼自身の唇をそっと撫でる姿を見つめていると、自分が彼に婚約指輪の類を渡していなかったことを思い出す。いや、忘れてたわけじゃないんだ。サイズが分からなかっただけで……。
あと、普通に……指輪って騎士にとって不便なんだよな。
指輪してるだけで剣を握る邪魔になるんだ。正直、俺は騎士に戻るとしたら指輪はしたくない。
慣れれば違うのかもしれないが、少なくとも俺は指輪否定派だ。今の俺? 聖女をやってるおかげで――というよりも、魔界の扉を封印して魔獣と闘う必要がなくなったから剣を持たなくなった。それに、ジークヴァルトがいるから剣を使うのはほどほどで済むからなあ。
剣を握ることにそこまでこだる必要がなくなっただけだ。
なんて俺が思考を脱線させている内に、向こうも思考をまとめたらしい。タイミングよくバチッと視線が合った。せっかく顔色が戻っていたのに、ぼふっと音がしそうな勢いで再び彼の顔は赤くなった。
ごめんって。
「……本当に、それはお守りだったんだ」
「そうなの?」
どういうことか、まったく分からない。俺は素知らぬ顔で首を傾げて続きを促した。
「元々その指輪はラウルをイメージして、彫金師に作らせたものだ」
「へぇ……それで?」
「それを、お守りとして、ずっと持っていた」
「ん……?」
だめだ、意味が分からない。俺をイメージした指輪を作って、お守りにしてたって何だ? 誰か解説してくれ。ジークヴァルトのことを結構知っているつもりだったけど、最近よく分からなくなってきた。
うーん。おっさん、自信なくしちゃう。
あれか? 子供に親が送る指輪みたいな感じか? そこまで考えて、そういえばと思い出す。ジークヴァルトは首に巾着をかけていた。その中身がこれだったのだとしたら……。
ずっと身につけていたのは分かるけど、その意味が分からない。
「お守りにして持ち歩いてたって、どういう意味?」
「それ以上の意味は、あるのか?」
「……ないかも。いや、そもそもどうしてそれがお守りになるのか、ピンとこなかったんだよね」
分からないことばかりだけど、その俺の混乱を彼は理解していない。分からない人同士だと会話が成立しないんだよなあ。
どうしたものか。
俺の質問の意図は伝わったらしい。彼は少しずつ語り始めた。
「ラウルを守る為には、俺自身を大切にする必要がある」
「……うん?」
「俺が倒れれば、ラウルが守れない」
「確かに」
「だから、ラウルをイメージしたものを身につけた」
「……ああ、何となく分かってきた」
俺の概念をお守り代わりに身につけて、それが壊れないように振る舞うことが結果的に自分の身を守ることに繋がるってことか。
なるほどな。本当に真面目な男だ。ってことは、これはずいぶん前に作った指輪……。
そうと分かれば、別の疑問が浮かび上がってくる。
「これ、指輪のサイズってどうやったんだ?」
「思った以上にラウルの指にぴったりだったから、俺自身驚いている」
「すごいな!」
この男、すごい。俺は純粋に尊敬の念を抱いた。俺に対する敬愛の気持ち――さすがに、当時はそうだったに違いない――だけで、こんなものを作ってみせるのだから。
「ところで、どうして俺にこれを?」
「ラウルの指に似合うように、とも考えて作ったからだ。それに、俺の命を守り抜いたお守りだから、これからはラウルを守ってもらおうと思ってな」
「ふぅん……?」
俺はそっと指輪を撫でる。てっきり、お守りとは虫よけ的な意味のものかと思っていた。我ながら俗っぽい考え方をしていたものだ。彼がひたすら真面目で、愚直なほどに俺のことを敬愛してくれていたことは知っている。
そんな彼が俺に対して恋愛感情を抱いているのだと知ってしまったから、俗物的な考えをしてしまったんだろう。
まあ……元々俺は俗物だしな。今はちゃんと聖女様しているけど。
「ヴァルト」
「何だ」
「今度、俺にもお守り贈らせてくれよな」
「……っ!」
あら、また顔が赤くなっちゃった。これはしばらく元の場所に帰さない方が良いな。そもそも本来の用事を聞き出せてないし。
「そうだ。装飾物について、認識のすり合わせをしようか。あと、きみの用事も」
俺はそう言ってジークヴァルトを手招きした。さあ、まずは本題を。それから、お守りとして身に着けるなら何が良いのかの確認を。あとは……そうだ。この宝石を選んだ理由も教えてもらおうか。
ジークヴァルトが俺の質問に真面目に答えていく姿を想像し、俺は小さく微笑んだ。
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