お題【ホラー】おっさん聖女と騎士の霊(コメディ)
「聖女様、ご存じですか? 夜な夜な現れる騎士の亡霊の話」
そうして始まったのは、何とも不思議な話だった。
大聖堂に飾られた聖女と騎士の絵画を見る騎士の亡霊が現れるのだという。夜、勤務を終えた騎士や聖職者に目撃されているらしい。ただ静かに、じっと聖女と騎士の姿を見上げている姿が不気味だと噂になっているようだ。
「普通に人間じゃないの? でも、騎士か……俺みたいなおっさん聖女を見て喜ぶわけがないし。ヴァルトのことを憧れている新人騎士、とかだったりしない?」
「ジークヴァルト様に憧れる騎士は多いと思いますが、あなた様目当ての騎士だっていらっしゃいますよ」
大きく頷いてくる補佐官のティルマンに、俺は顔をしかめてみせた。だって、昔ならともかく、今じゃなぁ。と思うのだ。
「まあ、確かに俺は稀代な聖女様だし? おっさんだけど」
「そんなことを仰らないで! 年を重ねたからこその良さがあるのですから」
「……お、おう?」
どいつもこいつも、おっさん聖女への信仰心が強くてかなわない。結局、俺が途中で折れるしかないのだ。
確かに、俺がいれば腕がもげようが何しようが、死にさえしていなければ元通りだ。俺と一緒に魔界の扉の封印に尽力し生き残った騎士のほとんどが、俺の神力を使った神聖魔法のお世話になって五体満足で帰還した人間だろうし。
命を、これからの人生を欠けることなく過ごせるようになった彼らからすれば、確かに俺に対して強い気持ちが生まれるのも当然だろう。という考えに行きついてしまう。
全部の命の責任を取ると覚悟した上で臨んだんだ。まあ、これも背負うべき荷物ということか。
「あー……まあ、とりあえず俺が見てきてやるよ。どうせ人間だろうし」
ちょうど夜だ。俺が立ち上がれば、ティルマンが焦ったように両手をわたわたとさせた。
「ちょっと! 僕が言いたかったのは、夜の大聖堂にはお近づきにならないようにって――」
「いや、みんなが困ってるならどうにかするのが聖女俺でしょ。おっさんだから夜に歩き回っても平気平気」
どうしてそんな警戒するんだ。それほどまでに、その幽霊が怖いのか。馬鹿にするつもりもないが、怖がる彼らが可愛らしく見える。
「大丈夫だって。ここで待ってな。話してきてやる」
「え、僕もついて――」
「みんなにバレたくないのかもしれないだろ? 個人情報を守りたいんだ」
聖女と騎士の絵画を見続けている騎士。夜に見ているのなら、きっと誰にも見られたくなくてこっそりと行動しているに違いない。俺がそう言い含めて微笑めば、彼はこれ以上無理に後を追おうとはしなかった。
大聖堂への道中は大荒れで、どうにも恐怖を駆り立てようと誰かが仕組んでいるかのようだ。神聖魔法にすら天候を操作する魔法なんてないから、大自然の悪戯なのは明らかなのだが。
「さすがにちょっと不気味だな」
大雨に雷、真夜中の絵画、幽霊騎士。ホラーな状況が揃っている。こんな状況で、その騎士とやらにふいに遭遇したら確かに怖いんだろうな、と他人事のように思う。
雨ざらしになってぐっしょりと濡れてしまった俺は、神聖な場にずぶ濡れで侵入することを心の中で謝罪しながら大聖堂の扉をゆっくりと開けた。
そっと覗きこめば、俺と同じようにずぶ濡れになったらしい。騎士の痕跡が床を濡らしていた。体が濡れているし、足跡――と、マントだろうか?――の形の水滴が散らばっているし、やっぱり幽霊ではない。
現実に存在する人間だ。……確かにこうして見ると不気味ではあるが。
俺はその足跡を辿るように、ゆっくりと歩く。そして、その先には濡れぼそった騎士がいた。金属鎧から雫が落ちていることから、この状態になってそんなに時間は経っていないらしいと分かる。
少し前まで勤務していた騎士なのかもしれない。
「おつかれさん」
労いの言葉をかけたつもりだった。が、どうやらひどく驚かせてしまったらしい。
「うぉあぁぁっ!?」
「ちょっ、何だぁっ!?」
大聖堂にむさくるしい男二人の悲鳴が響き渡る。片方は幽霊騎士――ひどく情けない悲鳴を上げて振り返ったのは、よく知る美丈夫ジークヴァルトだった――と、その驚きように驚かされた俺の悲鳴だ。
驚きすぎた俺は、幽霊騎士が作っていた水溜まりで滑ってすっころぶ。教会の床は石造りで、腰を打つとかなり痛い。つまり、俺は今、すごく腰が痛い。
「ってぇ……」
「ラウルッ!?」
声をかけてきたのが俺だとようやく気づいた男が、慌てた様子で俺を抱き上げる。床も痛いが、金属鎧も割と痛い。
濡れて冷え冷えの金属鎧に抱き上げられた俺は、がっくりと肩を落とした。またお姫様抱っこか。まぁ、慣れればこの抱き上げ方が楽なのは否定しない。
「きみね、おっさんを驚かせるんじゃないよ。寿命が縮んだらどうするんだい?」
俺がじっとりとした視線で見上げれば、彼は心外だとでも言うかのような表情をした。唇がちょっと尖っているのが、若いなと思う。
「ラウル……俺も寿命が縮んだ。幽霊みたいにそっと近寄らないでくれ。なまじ気配がないんだ。本当に驚いた」
はあーっと長い息を吐いた彼の髪から雫が落ちてくる。疲労感を感じる姿に、驚かされたことへの恨み節を言う気が失せた。
「ヴァルト、俺たちの絵なんか見てどうしたんだ? 夜な夜な幽霊騎士が現れるって噂になってるぞ」
「…………」
「だんまり? 理由はさておき、皆を怖がらせるのはもうやめなさいね」
至近距離にいるが、濡れた前髪のせいで表情が読みにくい。口元の動きだけを見て、俺は相棒の心理を探る。まあ、絵画を眺めているのを見られて恥ずかしくてたまらないのだろう。とはいえ、さすがに自分の姿を見ていたわけではあるまい。
となれば、二人描かれている内のもう片方――俺のことだ――を見ていたということだ。
そりゃ、恥ずかしいよな。本人に見つかっちゃうんだから。
「好きな時に好きなだけ見れるような環境にいるんだから、本物見てればいいでしょうが」
「は……?」
水臭い。別に見られて減るものでもないしな。俺は両手でジークヴァルトの前髪を両脇に避けて彼の顔が見えるようにして、にっこりと笑いかけてやった。
「本物の方が、良い男だろ。きみには負けるけど、おっさんにしては悪くはないだろ?」
ジークヴァルトと同じく濡れた髪をかき上げて「ん?」と同意を促すと、彼はぎこちない動きでがくがくと小さく頷いた。
「悪かったな、驚かせちまって。でも、発端はきみなんだからな。明日。みんなにちゃんと幽霊騎士はいないって言ってやらないとな」
「……その前に、風邪ひかないように休め」
「それはきみもだよ。幽霊騎士様」
風呂に入って温まり直すか、と誘えばジークヴァルトはいつもの顔で頷いた。あーあ、良かった。本当のホラー展開じゃなくって。一応聖職者だけど、そういうのは専門外だからな。
俺の体が冷え切る前に湯舟へと運びたい気分になったらしいジークヴァルトの腕の中で、のほほんとそんなことを考えるのだった。
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