魔界の扉を封印してからのお話

お題【絵画】おっさん聖女、絵画になる

「なぁなぁ、これって本気なの?」


 戸惑いを隠しきれず、俺は控えめに隣の男に問いかける。周囲には何人もの画家が各々が「ここだ」と思う位置にイーゼルを置いたところだった。


「ラウル、何を言ってる。世界を救っておいて、今さらこれくらいどうってことないだろう」

「いや、でもなぁ……?」


 ただのおっさんである俺が座り、その隣には若い男前――ジークヴァルトなんてかっこいい名前なんかついちゃってまぁ憎らしいこと!――が立っている。分かりにくいとは思うが、聖女と騎士である。

 おっさんとイケメンの組み合わせだが、間違いなく俺たちは“魔界の扉”の封印に成功した聖女と騎士のバディだ。


 聖女たちの内、魔界の扉を封印した聖女が当代の聖女として絵画になる。その準備が行われている最中だ。


「ラウルの功績は、後世に残すべきだ。堂々としていれば良い」

「もういっそ、きみだけでも良くない? 見目の良い男だけの方がみんなも喜ぶでしょうが」


 イーゼルの上にキャンバスが置かれ、いよいよ画家が画材を広げ始めていた。

 下手に動こうものなら画家から文句が出る。――実際には俺がそう思うだけで終わりそうだけどな。だって、画家のみなさん、俺のことを国王に向ける時以上に尊いものを見るみたいな視線を送ってくるから。


「彼らの視線の意味を理解しておいて、それを堂々と彼らに伝えられるか?」

「いんや……無理。あんな目で見られたら、俺、もっとしっかり聖女しないといけないなって思っちゃうもん」

「くく……」


 笑いをこらえて顔を歪ませるジークヴァルトを軽く睨む。顔が歪んでも顔の良い男は整って見える。はあ、仕方ない。大人しく描いてもらうしかないじゃないか。ジークヴァルトが真正面を向いてきりっとした顔を作るのを確認した俺は、彼に倣って真正面を向いて聖女らしく微笑んだ。


「ようやく覚悟が決まったか」

「……まあ、ね」


 俺はこれまでの経緯やらなにやらを思い浮かべる。

 そりゃ、まあ頑張った。他の聖女と協力しつつ、この隣にいる男前と一緒に先陣を切った。すべての命に責任を持つつもりで、可能な限りの神力を使い、魔界の扉から出てくる魔獣を倒しまくった。その結果がこれだとは思わなかったけど。


 男性聖女は本当に少ない。絶滅危惧だ。その中でも「聖女として活動できる」レベルに達している者は、と言うと俺の他には一人だけだ。ひどすぎる。それはそれとして、できる事を頑張った結果、魔界の扉を封印した聖女初男性となってしまった。

 想定外に目立つ存在になってしまったが、後悔するはずがない。世界が守れるなら、こうしてみんなが笑顔でいられるなら、それくらい安い迷惑料だろう。


「ラウル」

「ん?」


 ふと、穏やかな声で名前を呼ばれた。


「俺は、ラウルが聖女で良かった。命を預け合って戦う相棒がお前だったおかげで、俺はこうして生きていられる」

「そっか?」


 真っ直ぐに言われるとちょっとむず痒い。俺は何でもない風に返事をしたが、顔に熱が集まっていく気がした。




 何度も同じような時間を繰り返し、ようやく肖像画が仕上がった。

「わぁ、俺ってばこんな顔をしてたんだ?」


 著名な芸術家を集めて描かせた絵画たちは、どれも傑作ぞろいだった――が、男性聖女の俺が女神様みたいな表情になっている。そして隣にはやっぱり見目の良い偉丈夫。

 俺の見た目がおっさんだから、なんかちょっとこう……こう……表現しがたい、今すぐ頭をかきむしりたくなるような羞恥心というんだろうか、とにかく何か、暴れたい。


「ずいぶんと慈悲深い、穏やかな表情をしているんだな……」

「きみねぇ……――」


 からかうのもほどほどにしてくれ、と文句を言おうとして喉がつかえる。ジークヴァルトは泣きそうな顔をしていた。なんていう顔をしているんだ、と茶化す気も起きないくらいに。


「これ、永遠に残されるんだよな」

「そうだな」


 並べられた絵画を二人で眺める。この肖像画たちは、これからそれぞれの場所で展示されることになる。こうしてすべてを一度に鑑賞することは、今後一生ないだろう。


「俺、周囲の女の子たちに嫌われないかな」


 展示され、様々な人に鑑賞される姿を想像し、思わず言葉が漏れる。


「なぜ」

「だって、きみ顔が良いから。性格も良いけど。そんなきみの隣にいるの、おっさん聖女だぞ?」


 俺がそう言えば、彼は驚いた顔をしてみせる。いや、その顔をされることの方がびっくりだ。


「嫉妬されるのは俺の方だ」

「はぁ?」


 驚きに驚きが加わって変な声が出た。


「だって、稀代の聖女様の隣に立たせてもらってるんだからな」

「いやいや、珍しくおっさんなだけだって」


 こいつ、時々なんかおかしいくらい聖女推しになるんだよな。こんなんだから彼女ができないんだ。


「ラウルほど聖女が似合う男はいない」

「褒めても何も出ないぞ?」

「それは残念」


 小さく笑う男は、すごく様になっていて、俺が普通に女の子の聖女だったらときめいちゃうんだろうな、と思う。


「ラウル」

「ん?」

「今、何を考えた?」

「え?」


 自分が女だったら、なんてことを考えていたとは言いにくい。俺が半笑いで誤魔化そうとしたら、ジークヴァルトが質問した理由を明かした。


「一瞬、絵画と同じ表情になった」

「……嘘だろ?」

「いや、本当だ」


 どうしよう。もう俺、この絵画たちがまともに見れなくなったかもしれない。


「あー、うん。秘密」


 絶対に言いたくない。俺は人差し指を口元に添えて良い笑顔を作った。


「バディに秘密を作るとは、なんて酷い聖女だ」

「うん。ごめんね? 俺、おっさん聖女だから、ずるいんだ」


 俺が首を小さく傾げながらそう言うと、ジークヴァルトはきゅっと口元を一文字にして何かを堪えた。この顔をしたあとは絶対に追及してこないことを知っている俺は、よし、と心の中で頷いた。

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