お題【魔法】おっさん聖女の特別な魔法

「俺なんか、ただ力が強いだけなんだけどね」


 彼はそう言って笑っていた。

 聖女ラウルは不思議な方だ。聖女の筆頭騎士をしている俺が言うのだから間違いない。

 彼は、やることなすこと「やれたからやった」というスタンスを崩さない。決して「やってやった」だとか、そういった驕った発言はしない。

 できる能力があるからしたのだと言うし、本当にそれ以上でもそれ以下でもないといった態度で、彼の発言が心の底からのものであるのは疑いようがない。

 ラウル――ありがたいことに「相棒なのだから」と呼び捨てを許された――とは、魔界の扉を封印する為に命を預け合っている仲だ。彼は聖女の癖に、騎士と同じように動く。神聖魔法を使って騎士を補助し、騎士の傷を癒すことを中心的に行うはずの聖女が、最前線で剣を持って戦っているのだ。

 これは、そんな崇高な聖女の言葉ひとつで全てが変わった騎士の話だ。




 聖女ラウルは元々騎士としても普通に強かった。聖女として頭角を現すまで、俺は彼のことをいち騎士だと思っていたくらいだ。

 戦場で遭遇した時、要素などひとつもないにも関わらず、俺は美しいと思った。

 魔獣の血をかぶり、周囲の負傷者を神聖魔法で癒し続け、ひたすら剣を振るう。雄々しく、そして神々しい光を纏い、ただ真っ直ぐに魔獣へと立ち向かっていく姿。

 それはまさに伝説の聖女の姿そのものだった。

 彼が思う存分に戦えるよう、俺は動いた。すると、俺の存在に気づいた彼から声がかかる。


「悪い。そこの騎士殿、ちょっとデカいの使うから時間稼ぎしてくれる?」

「任せろ」


 彼に命じられるまま、俺は淡々と襲い掛かってくる魔獣を切り伏せる。玲瓏とした、それでいてまろやかな声が俺の耳に届く。彼の神聖魔法の詠唱は、ただ聞いているだけでも自分が浄化されていくような気がしてくる。

 ずっと聞いていたくなるようなそれを聞きながら、俺は彼を守り続けた――




 そんな初遭遇を経て、いつの間にか彼の筆頭騎士になっていた。確かに、俺は聖女の筆頭騎士になりたいと思っていた。

 聖女という存在を支えられるただ一人の人間になる、ということにこだわりはあったが、それ以上に彼の手助けをする大義名分が得られたことにほっとしていた。

 最初の頃は、単純に聖女の筆頭騎士になりたかった。だが、彼と行動を共にする時間が増えれば増えるほど、彼の騎士になりたいという気持ちに変わっていったのだ。

 それは自分の中でも不思議な感覚だった。


 そんな中、俺に変なあだ名がつけられた。


「ヴァルト」

「なんだ」

「きみさ、熊さんみたいだよな」

「……藪から棒に、一体どういう意味だ」


 唐突に話しかけてきたと思えば、変なことを言ってくる。俺は何が言いたいのか全く分からず、剣の手入れをする手を止めて彼を見上げた。


「きみは、俺のベルンってこと」

「……は?」


 ベルン。それは、神聖魔法でも使われる神々の言葉で「熊」を表す言葉のひとつだ。神聖語では、語尾を「N」にすることで愛称化することがあると聞いた。つまり、ベルンとは「熊さん」ということだ。

 もしかしたら「熊ちゃん」だとか「熊くん」だったりするかもしれないが。


 熊、と呼ばれるのは分からなくもないが、俺は愛称がつけられるような可愛い存在ではないという自覚がある。むさ苦しい部類に入る外見をしているし、身長もある。

 分かりやすく表現するならば、ラウルとは頭一つほど違う。ラウルは男性の標準身長よりも少し高いといったところだから、俺がどれほど大きいのか、簡単に想像できるだろう。

 つまり、可愛らしい愛称をつけるにふさわしい存在ではないのだ。


 にも関わらず、彼はそれ以降、時々「俺のベルン」と呼んでくる。その呼び方をしてくるタイミングはまちまちで、彼がどのような法則でそう呼びたいと思うのか、俺にはまったく理解できそうになかった。




「あー、また何か考えてる」

「……別に」


 いつもラウルは楽しそうだ。つまらないことなど、この世界に存在していないとでもいうかのようだ。魔界の扉を封印するまで長らく続く、果てのない戦いに明け暮れているのに、彼は戦っている時以外はのほほんとしている。


「……意外ときみ、悩みが尽きない男だね。俺のベルンは何を考えているんだか」

「大したことではない」


 ラウルのことを考えていた、などと本人に向けて正直に言えるわけもなく、ひたすら誤魔化すしかない。


「……バディである俺に、隠し事?」


 至近距離まで顔を近づけてまで問いかけてくる男に、俺はぎゅっと目を閉じて抗議する。目を閉じれば彼のすべてを見透かすような視線から逃げられる。そう思ったが、目を閉じると今度は彼の息遣いを感じるようになった。

 だいぶ近い。俺はじっと息をひそめ、彼がかたくなな俺の様子を見てそっと離れていくのを待つ。

 ――が、離れていく気配がない。


「俺のベルン。相棒には正直でいよう?」

「――ラウルの、ことを……考えていた」

「ふぅん? 俺のこと、考えてくれてありがとう」


 彼の言葉は魔法みたいだ。俺はそんな子供じみた感想を抱く。魔力なんか込められていないのに、神聖魔法でもないのに、従うしかない気持ちになる。ついに耐えられなくなって吐き出した告白だったが、彼は特に気にする風でもなしに聞き流す。

 からかわれるよりはましだ。だが、こうさらっと流されると今までかたくなな態度を取っていたのが馬鹿らしくなってくる。


「……嫌ではないのか?」


 つい、聞いてしまった。口にしてから後悔するが、目を開けば優しげに微笑んでいるラウルの姿が視界に入ってくる。


「いいや。むしろ嬉しいぞ。俺もきみのことを考えているから」

「どういう意味――」

「相棒がどんなことを考え、どう行動するか。それが予測できるようになれば、戦場でもうまくやれるようになる。俺ときみが、一心同体で動けるようになればなるほど、みんなの命が助かるし、魔界の扉を封印する日も近づくんだ」


 ハッとした。のほほんとしているせいで忘れそうになっていたが、彼は聖女なのだ。聖女らしからぬ言動をしてくることも多いが、彼は誰よりも聖女なのだ。


「俺のベルン」


 特別な男が、唯一の愛称で俺を呼ぶ。後に続いたそれは本当に魔法の呪文だった。さっき感じたそれとは比較しようもない、強烈な言葉。


「きみのおかげで、俺は聖女としてやっていける。きみがいなければ、俺は聖女として戦えない」


 ああ、俺は聖女ラウルの為に生きている。俺は、聖女ラウルという存在から離れられない魔法をかけられてしまった。


「俺の命は、お前と共にある。自由に使ってくれ」


 俺はその場で跪き、剣を捧げた。


「やだな、そんな大げさなの。もう少し軽い感じで頼むよ」


 ラウルの照れくさそうな声が降ってくる。

 いつの日か、魔界の扉の封印が成功したあとも、ずっとその魔法がかけられたままになるとは、俺すら想像していなかった。

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