お題【海老天】【バトル】私はいったい何を見せられているのだろうか。

「もしかして、これ……初めての喧嘩なのでは?」


 アエトスは殺伐とした雰囲気の中、のんびりとカップを傾ける。アエトスの目の前には、珍しく睨み合った聖女と騎士がいた。

 聖女ラウルは温厚な人物である。そして、その相棒である騎士ジークヴァルトは真面目、冷静沈着といった言葉がとても似合う男である。

 更に、ジークヴァルトは極度の聖女ラウル至上主義者でもあった。ラウルに対して反抗的な態度を取ることは滅多にない。あるとすれば、ラウルが己を犠牲にするような行動を取ろうとした場合くらいである。

 それが、である。この二人、料理を目の前に睨み合っている。


「今日は半分こにしないのかい?」

「今日だけは譲れないんだ」

「ああ……これだけは、譲れない」


 二人とも互いに睨み合ったまま、体の動きを止めている。一瞬でも隙を見せたら死ぬのだとでもいうかのように、じっと耐えている。


 今日のまかないは海老天である。この食べ物は不思議で、もとを辿ればテアテティス国の宗教料理であった。それが異国へと伝わり、変化し、このような食べ物になったらしい。

 元々の料理とは全然違う姿になっているのが面白い。しかし、それだけだ。このようなやり取りに発展するようなものではない――というのがアエトスの認識であった。


「だって、それ! 俺の為にヴァルトが獲ってきてくれた海老じゃないか。俺が海老天好きだって知っておきながら意地悪するのはずるいと思う」

「俺が獲ったからこそ、だ。まずは大人しく俺に渡すことだ」


 そして唐突に戦い始める。かれこれずっと、こんな状態だ。膠着すると睨み合い、隙を見て天麩羅の取り合い。それが延々と繰り返されている。

 会話も似たようなやり取りばかりで、そろそろ覚えてしまいそうだ。


 動き始めた二人はナイフとフォークを双剣のように扱い、天麩羅の乗った皿の上で攻防戦をしている。

 金属のぶつかる音が室内に響く。剣の扱いに関しては基本的なことしか身についていないアエトスには、彼らの攻防はほとんど見えていない。


 真剣な眼差しで、表情で、なんてくだらないことを。

 この場に三人しかいないからか、マナーなどどこへやら、である。子供が棒切れで騎士ごっこをしているかのようだ。

 お行儀が悪すぎる。


「この……っ! 聖女様に手加減しろって」

「何としても、俺がこの海老天を得る!」


 これ、いつまで続くんだろう? アエトスは小さなため息を吐いた。唐突に、ぎゃり、と嫌な金属音がした。

 目の据わった騎士が、フォークを使ってラウルのナイフを絡めとるようにして確保している。フォークをソードブレイカーのように使うとは。

 いや、これは罠では? ラウルがひっそりとフォークを握る手に力を込めているのに気づいたアエトスは、次の一手を読む。

 武術に向いていなかったが、戦い方はひと通り覚えている。戦略を組み立てる側となる王子たるもの、部下がどう動くべきか考えることができなければまともな指示を出せるわけがない。

 アエトスは自分が動けない代わりに、あらゆる戦い方を頭の中に叩き込んだのだ。


 脳内に蓄積されている戦い方から、アエトスはラウルの動きを想像する。

 ラウルは武器 ナイフを封じられている状態だが、彼が不利なのかと聞かれれば、そうではない。天麩羅を手に入れるにはフォークを使う必要がある。

 そのフォークを使ってラウルの動きを止めたジークヴァルトの方が、実は不利な状況であった。

 つまり、この一瞬を使ってラウルは攻め込むつもりである。ラウルの動きに気づき、阻止できるかどうか。

 そこが勝敗の分かれ目になるだろう――と見当をつけた。


 二人の動きにはついていけないが、戦略ならば分かる。アエトスは固唾を飲んで、その瞬間が訪れるのを待った。


 ラウルのナイフとジークヴァルトのフォークが小さく震えている。力が拮抗しているのだろう。アエトスは、くだらないが高度な戦いを見せられ、興奮を覚えていた。


「いい加減、諦めてくれない?」

「そうはいかない……」


 二人の真剣勝負、彼らの間に火花が散る。と、唐突にラウルが微笑んだ。聖女の笑みに驚きの顔をしてみせる騎士。ラウルは、その隙を見逃すような男ではなかった。

 彼は無言でフォークを天麩羅に向けて突き出した。


「甘いな」


 余裕の笑みを浮かべたのは、ジークヴァルトだった。鋭い音の次に、かちゃんとフォークが床に落ちる音が続く。そして、容赦なく振り下ろされたナイフ。

 海老の天麩羅にジークヴァルトのナイフが突き刺さった。なるほど、さっきの驚いた顔はブラフだったか。ジークヴァルトのくせに、なかなかやるではないか。


「なぁ…………っ!?」

「俺はラウルの何だ? 筆頭騎士だ。お前の戦い方を完全に掌握しているに決まっている」


 彼は勝利宣言をしながらナイフを抜き、フォークを刺した。そして、それをラウルの口元へ――


「俺がお前の為に用意した海老だ。食べろ」

「はぁぁぁ!?」


 ラウルの気持ちが痛いほど分かる。アエトスは信じられない気持ちでジークヴァルトを見つめた。ラウルはともかく、ジークヴァルトはこんな男だっただろうか。


「どうせラウルのことだ。手に入れたら半分こするつもりだっただろう?

 俺は、ラウルに丸ごと食べてほしかった。だから、お前にこれを渡すわけにはいかなかった」

「ヴァルト……」


 真剣な顔で、かなり酷いことを言っている。

 普段の彼とは異なる行動をさせるくらい、この海老天をラウルに自らの手で食べさせたかったということか。何という執念。

 アエトスは口から砂を吐き出したかった。半分こしたくないから、この喧嘩を吹っ掛けたジークヴァルト。珍しく己を出してきた彼を見て、ちょっとした意地悪をしたくなっただけであろうラウル。

 アエトスが知る限り、一番ひどい喧嘩だ。理由がくだらなすぎるし、何よりも自分がこの空間にいることへの違和感が酷い。


「ラウル、食べてくれ」

「きみにそこまでされたら、食べるしかないな……」


 折れたのはラウルだった。彼はへにゃりと笑い、ジークヴァルトのフォークに刺さっている天ぷらを齧る。海老天をじっくりと味わうように咀嚼し飲み込むラウルの姿を、ジークヴァルトはじっと見つめていた。

 どうして、自分はここにいるのだろうか。アエトスは二人だけの世界に入ってしまったように見える聖女と騎士を眺め、気が遠くなった。


「俺のベルン。ありがとう、海老の天麩羅おいしいよ。せっかくだから、一口でも良いから食べてほしいな」

「ぐ……」


 あむ、と更に天麩羅を一口含んだラウルは、小さく笑みを向ける。もちろん、アエトスにではなく、ジークヴァルトに、である。

 いったい、自分はどうしてこんな光景を見せつけられているのだろうか。彼らの勝敗が決まるまでは「二人の喧嘩なんて初めてじゃないか」などと考えていたのに。アエトスはここから立ち去りたい衝動と、動いた途端に認識されてしまった末の居心地の悪さを天秤にかける。


「俺の今の気分、きみにも味わってほしいんだ。駄目か?」

「だ、駄目では……」

「じゃあ、ほら」


 やってられない。アエトスの天秤が一気に傾いた。この光景を見せられ続けるよりも、一瞬の不快感を取ろうではないか。

 覚悟を決めて立ち上がるアエトスであった。

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