お題【わけあいっこ】おっさん聖女は分け合うのがお好き
「うーん、一緒に食べたりとか、そういう経験って大切だと思わない?」
俺の聖女はそう言って笑った。
魔界の扉を封印する為の戦いには波がある。聖女ラウルは束の間の休憩時間を己の回復に費やすことなく、俺との交流に力を入れていた。
突然姿を消したと思えば「今日はどっちが良い?」と両手に食料を持ってやってくる。この時はパンに肉類などが挟まったものだった。
魚と肉がそれぞれ挟まったパンを俺に見せつけながら「どっち? 俺、まだきみの好みを把握しきれていないからさぁ……」などと言ってくる。
どちらが好きだとか考えたこともなかった俺は答えに詰まり、口をつぐむ。すると、ラウルは気にする様子もなくにこやかに笑いながら提案してくるのだ。
「選べないなら半分こずつにしような。俺もどっちでも良いからさ。とりあえず、きみはそっち食べて。俺はこっち食べるから」
ずいっと渡されたパンを手に取ると、彼はにかっと笑んだと思えば手元に残ったパンを頬張った。
「あ、ちゃんと半分だぞ。食べ過ぎたら俺もその分食べるからな」
「……あ、ああ」
俺は戸惑いながら魚が挟まったパンを眺めた。フライにした魚と野菜。味付けはどうだろうか。
まずは一口。塩気が強いが、戦いに明け暮れている俺たちにはちょうど良い。
「どう? そっち、うまいか?」
ラウルが咀嚼している姿を観察しながら俺に声をかけてくる。何が面白いのか分からないが、彼はなんだか楽しそうだ。
「俺が食べてる方もうまいからな。楽しみにしてろよ」
「……分かった」
分かった、と答えたは良いが、何も分からない。分かるのは、ラウルが優しいということだけだった。
別の日は、今度は体温を分けてこようとしてきた。
「今日は冷えるからなぁー」
と言いながら突然毛布を抱えて現れた時には、何が起きたのか分からず完全に目が覚めてしまったものだ。動揺する俺のことなどお構いなしに、俺の寝台に潜り込んでそのまま寝てしまった。
いったい本当に何だったのだ。その日、俺は彼のぬくもりを感じながら眠れぬ時間を過ごす羽目になった。
他にもいろいろある。とにかく食事は半分こ、何かあれば共有する。彼の厚意は嬉しいのと意味が分からないのとで半分半分だったが、不思議と嫌ではなかった。
ラウルの言動が、俺にとって“押しつけがましい”と“さりげない”の中間だったからだ、とでも言えば良いだろうか。
とにかく不快感はなかった。だから、だろうか。俺は拒否したいとも思えなかったのだ。
そんな風に、色々と分け与えられることに慣れたからだろう。ラウルから、ではなく俺の方からそういう行為をするようになった。
束の間の休憩に入るなり、有志で飲食物を提供してくれる人々の出店に向かうと、ラウルが好きそうなものはないかと探すようになった。彼は好き嫌いなく食べる素晴らしい人だが、やはり男性らしく肉が好きなようだ。
俺はその中でもちゃんと野菜も食べられるものを探す。そして、二人分を確保すると彼の元へと向かうのだ。
「ラウル」
「お、なになに。今日はきみが取ってきてくれたの? 嬉しいな」
ぱあっと明るい笑みを浮かべた彼が振り向いた。魔獣と戦い、疲れているであろうに、その姿をおくびにも出さない。
聖女としての振る舞いが板につき、誰よりも「なんでもない」を装うようになってしまっていた。それだけこの生活が長いということだ。いつまで続くのか、そんな事は誰にも分からない。
だが、必ず終わりはやってくる。その為に聖女ラウルと俺は戦いに明け暮れているのだから。溢れそうになった感情を閉じ込め、俺はかねてより言おうとしていた言葉を紡ぐ。
「今回はかなりの数を倒したからな……疲れているかと思ってスープにした」
「やっさしー。さすがは俺のベルン」
聖女に褒められて悪い気はしない。が、どう反応するのが正しいのか分からない。悩んだ末、無難な言葉をひねり出す。
「ちゃんと、二種類選んであるから分け合える」
「はは、わけあいっこするのが習慣みたいになっちゃったな」
クリーム系とトマト系のスープを交互に見ながら彼は笑う。その様子を見て、ふとどうして分け合いたがるのか気になった。
「ラウルはなぜ、半分ずつにしたがるんだ?」
「ん?」
首を傾げる姿にちょっとした何かを感じた気がしたが、余計な感情は後回しに好奇心を優先させる。
「だって、共有するものが多ければ多いほど、良いだろ?」
「良い……?」
「そ。バディとしての一体感っていうかさ、そういうのもほしいけど、何より一緒に何かするって幸せじゃない?」
幸せ、なのか。
「少しでも楽しい時間を過ごしたいだろ。ずっとあんな獣相手に戦い続けてるんだぞ。癒しが必要だって」
ラウルの主張は確かに、と思う。が、疑問が残る。
「俺にだけで良いのか?」
「ん?」
「他の騎士は……」
俺につきっきりで、他の騎士との交流をしているように見えない。それを指摘しようとしたら、ラウルにトマトスープを奪われた。
「ああ、あいつらはいいの。俺が明るく強く旗印たる態度を取って、聖女として神聖魔法で癒すだけで満足してくれるから」
そう言ってスープに口をつける。「うん、ちょうどいい塩加減」などと言ってスープを飲み始めたラウルを見ながら、彼の発言の意図を考える。
騎士の信仰心からくるラウルへの気持ちと、俺のラウルへの気持ちに何らかの区別をしているように聞こえた。
だが、俺の聖女ラウルへの気持ちは、他の騎士と違っても仕方がないと思う。彼とは相棒なのだ。ただ聖女の神聖魔法の加護などを受けるだけの騎士と、直接聖女と意思疎通を行って魔獣を倒す為に先陣切って戦う俺。
スタンスがまったく違う。
「確かに、彼らは聖女ラウルが“いつもありがとう”と一言声をかけるだけで満足するだろうな」
「なに、きみはそういう労いの言葉だけじゃ満足できないって?」
「そ、そんなことは言っていない」
全然違う方向に話が向かっていきそうになり、俺は慌てて否定した。
「はは、知ってる。前にも言ったけど、きみのことはさ、何でも知っておきたいんだ。俺の唯一無二の相棒だからね」
「……」
これ以上ない言葉だ。ラウルがこの言葉を他の騎士に捧げる姿を見たら、俺は絶望してしまうかもしれない。表情が崩れそうになり、俺はぐ、と口に力を入れる。
「俺と同じところに立って戦ってくれるきみとの静かな時間を大切にしたいんだ。きみが嫌じゃなければ、ね」
時間だけではなく、すべてを共有したいと言外に言われているように感じる。きっと、彼のことだ。そんな風には考えてもいないのだろう。
そうは思うのだが、特別扱いされて嬉しくないわけがない。
「俺のすべては聖女ラウルの為にあるのだから、ラウルの好きにしてくれ。俺は、可能な限り一番お前に寄り添える存在になりたい」
「言うねぇ……照れちゃうな」
「……ふっ」
あまりにも堂々とした表示で「照れる」と言うものだから、つい笑ってしまった。ラウルはそんな俺を見てきょとんとしたあと、嬉しそうに笑う。
…………話がずれていって、何の話をしていたのか分からなくなっていたが、ラウルの笑顔の前ではそんなことなど、もうどうでも良かった。
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