お題【氷】氷、溶けちゃった

「氷みたいに冷たい男かと思ったけど、むしろ熱いじゃないの」


 それは、ジークヴァルトという男を知る内に抱くようになった感想だった。




 騎士ジークヴァルトを知ったのは戦場である。当時、俺の周囲を固める騎士は入れ代わり立ち代わり、とにかく人員の回転が早かった。

 別に騎士が欠員になって、ということではない。

 単純に、聖女の筆頭騎士と呼ばれる専属の騎士以外は特定の聖女に拘らず、自分の能力が発揮できる場所で活動するからだった。


 聖女の筆頭騎士とは、いかなる時も聖女を最優先にして動く騎士のことだ。専属の護衛であり、相棒のような存在だ。


 聖女は狙われやすい。というのも、対象が即死でなければ――少なくとも死んでいなければ、どんな大怪我でも治癒させることができるからだ。そのおかげで、騎士の欠員は最小限に留められている。

 魔獣もそれを理解しているのか、そういう習性があるのか、聖女を狙ってくる個体が多い。混戦状態になった時、聖女の守りが薄くなる。

 だから、聖女に専属の騎士が必要なのだ。


 聖女と騎士の活動は単純だ。魔獣を倒すことだけを考えて巡業のごとく移動しながら包囲網を狭めていき、最終的には魔界の扉を封印する。それだけである。

 やること自体は複雑ではない。だから、普通の騎士の所属がゆるいわけだ。

 まあ、聖女の間を移動し続ける義務はないから、と特定の聖女に付きまとう騎士もいるが……。


「ヴァルト?」

「一瞬、守り切れなかったかと……」


 深く、長い息と共に彼の本音が吐き出される。

 少し前、ジークヴァルトの守りをすり抜けた魔獣が俺に襲いかかった。気がついていた俺はすぐにそれを斬り捨てたわけだが、そのことについて思うところがあるらしい。


 彼はつい先日、俺の筆頭騎士になった男だ。俺と共闘して以来、専属ではない一般騎士のくせに俺にずっとくっついてきていた変わり者である。


 若いくせに誰よりも冷静で、周囲の状況に惑わされずに俺のことだけを考え、俺が動きやすいように支えてくれる。

 彼は筆頭騎士になる前から、ほとんど筆頭騎士みたいな状態だった。だから、筆頭騎士にして俺の手元から離れないように縛りつけちゃったんだけど。


 いわゆる青田買いってやつだ。

 ジークヴァルトは聖女という存在にかなり強い考えを持っているらしく、普段から俺に従順なのだが、どうやら今日は少し違うようだ。

 俺は彼の言葉から推察し、安心させるように微笑みを向ける。


「これでも元々騎士だったからね。そう簡単にはやられないぞ」

「……」


 おっと? ジークヴァルトはとても不機嫌そうだ。普段の無表情に表情が乗っている。案外激情家だったりするのかね。

 彼のその表情が意味するものは……心配をかけられた保護者の気分だろうか。まだまだ彼については分からないことが多い。

 今は手探りで彼を理解しようとしているところだ。

 今の俺の想像が正しいとしたら、ジークヴァルトのことを氷みたいだなと思っていた俺の評価が変わるかもしれないな。


 むすっとしている、と言えば良いのだろうか。それとも静かに怒っているとでも言えば良いのだろうか。眉間にしわが寄っている。

 とりあえず、彼の話を聞かなければ相互理解が進まない。さりげなく言葉を促した。


「どうした?」

「ラウルが」


 ジークヴァルトが俺の頬についていたらしい汚れを拭きとりながら口を開く。ああ、フルプレートで小手も金属だからハンカチ使うのね。準備が良いなあ。

 それこそ母親に汚れを拭ってもらう子供のようにされるがままになりながら、彼が言葉を紡ぐのを待つ。


「ラウルが強いことは知っている。俺が初めて聖女ラウルが戦の戦う姿を見た時、綺麗な剣劇に見惚れそうになったから」

「へぇ……?」

「だが、それとこれは違う話だ」

「うん?」


 俺が強いという事実と、今回の件は別? 彼のこだわりがどこにかかっているのか分からず俺はただ首を傾げた。それにしても、この屈強な騎士に戦う姿を評価されると嬉しいものだ。

 騎士時代、俺はそれなりに強かった。三十も半ばに来てしまった今だって、聖女の力を使わなかったとしても下手な騎士よりはうまく立ち回れる自信がある。


「俺の強さとは別の要素ってことだよな?」

「俺は、自分の不甲斐なさを実感しているところだ」


 不甲斐なさ……。いやいや、他の騎士に比べるべくもないくらいに甲斐性があるけど?

 できたはずだと自分の能力を過信しての言葉なのか、能力不足を実感しての言葉なのか、分からないな。謙虚な男だから、前者ではないだろうが。


「あー…………俺が防御行動を取らなくても、きみが守れたはず――ってこと?」

「そうだ」

「どうしてそう思った?」


 少しずつ彼の思考を掘り下げていく。彼は俺に質問され続けているにも関わらず、態度を変える素振りを見せずに返事をしてくれた。


「俺の読みが甘かったから、こういうことになった。俺が未熟な証だ。

 俺がもっとラウルの動きを読めるようになれば、あらゆる可能性をあぶり出して瞬時に判断できるようになれば、お前を危険な目に遭わせずに済んだはずだ」


 語るねえ。俺は頷く代わりに瞬きをした。ジークヴァルトは、そのまま語り続ける。


「俺は、聖女ラウルの筆頭騎士だ。お前を守り続けることが、俺の職務だ。俺は、お前を守りたい」


 ああ、そうだった。感情の乱れや表情の変化が表に出てこないから氷のように感じられるが、彼の目には強い輝きが、そしてしっかりと燃え盛る炎があるんだった。

 彼の目の奥でちらつくその炎が、そのことを俺に思い出させる。


「ヴァルトってさ。冷たい氷みたいに見えるけど、本当は苛烈だったんだっけな」

「……?」


 むしろ、俺の思考の方が氷みたいだ。損得ではないが、結果や効率ばかり考えて動いている。そこに、人情的なあたたかさはない。

 俺の言葉の意味が分からなかったらしいジークヴァルトか、俺のことを訝しむように見つめていた。


「いや、氷みたいだって比喩するのにふさわしいのは、きみより自分のことだなって思っただけ」

「ラウルは氷ではないと思うが」

「それはきみの主観だろ? 俺、けっこう冷徹よ?」


 ジークヴァルトの反論を笑い飛ばすと、彼は少しムッとしたようだった。へえ、俺に対してちゃんとそういう感情も抱けるんだ。

 やっぱり彼は氷じゃないな。


「この国のことを最優先に考えているからだろう。この国の人間を大切に思うからこそのものであって、氷だと比喩するようなことではない。

 ラウルの考え方は尊ぶべきであって、卑下するものではない」


 饒舌すぎる男を目の前に、俺は反論する言葉を持たなかった。


「ラウルは、氷ではない。氷なのだとしても、それはいつか大地を潤す水になるものだ。それは、全ての人間を生かす水だ。

 ラウル自身が自分のことを氷だと思うのなら、そのことを忘れないでくれ」


 彼は一気に語り、最後に「若輩者だが、相棒の言葉だ。お前を大切に思う相棒の言葉を、どうか聞き入れてくれ」と言って締めた。

 その熱烈な言葉に、俺はただゆっくりと頷くことしかできなかった。

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