おっさん聖女の婚約 短編集(BL)
魚野れん
時間軸:本編前
魔界の扉を封印するまでのお話
お題【海岸】ジークヴァルト、特別な男になる
「ちょっとそこまで行こうか」
俺は馬を指さして言った。魔界の扉を封印する戦いは、周辺にいる魔獣を減らしていくところから始まる。
それらを減らしていき、魔獣の発生源である扉の封印に取り掛かるのだ。
ということで、聖女である俺と最近一緒に行動することが増えてきた騎士とで移動しながら魔獣を退治しているところだった。
そんな中、俺たちは久しぶりに内陸から出ていた。潮風を感じるくらいに海が近い。かねてより考えていたことを実行する時が来た。そう思った俺は行動に移したというわけだ。
ちなみに、突然聖女が消えると大変な騒ぎになるから手回ししておいた。だから万が一、俺たちが戻る前に魔獣が活発化したら、代わりの聖女が頑張ることになっている。
俺が何をしようとしているのかを察した彼らは、にやにやとしながら頷いてくれた。何かが起きたとしても、きっと大丈夫だろう。
俺に誘われた騎士――ジークヴァルトという若い男――は、こくりと頷くと馬に跨った。「どこへ」とも「何をしに」とも聞かずに行動を移すあたり、本当に俺のことを疑わない人間だ。
そこまで信頼されるとなんだかむず痒い。それに、ちょっと特別な感じが優越感に繋がって、俺たちの間に何か特別なものがあるような気さえしてくる。
まあ、これから俺がジークヴァルトを特別な男にしてやるんだが。
「じゃあ、ついてきて」
「分かった」
本当に何も聞かないんだな。何か聞かれたらヒントくらいあげようかと思っていたから拍子抜けだ。この男が俺の目的を知ったらどんな顔をするのだろうか。今から楽しみだった。
俺が案内したのは、馬を全力で走らせて三十分ほどで辿り着く海岸だった。秋口に入ろうというこの季節、わざわざ海岸に行く人間は少ない。そもそも、ここは魔獣が現れる可能性のある地域になっているから、ここに来たいと思う人はほとんどいない――はずだ。
少なくとも、俺みたいに目的のある人間以外は。
目的地についた俺は馬から降りた。ざり、と砂が靴底とすれる独特な音がした。夏を過ぎたから、雲も多くて少々どんよりして見える。
もしかしなくとも、天気が微妙だったか。せっかくだから、こう、記念になるような感じに晴れ晴れとした空が背景だったりしたら完璧だったのな、と心の中で愚痴るが、そんなことは大自然様には関係のないことだ。
風が強く、波も大荒れ、雨まで降ってきた――なんて状況じゃないだけ感謝するべきだ。って言ったらそれこそ失礼かな。
「ラウル」
「あ、ごめんね」
出かけよう、と声をかけてきたくせに物思いに耽ってしまった。三十過ぎると、やっぱりおじさんになるのかな。思考が自由に動き回ってしまう。
ここに着くなり黙ってしまった俺に、ジークヴァルトが話をするように促してくる。
「話があったのだろう?」
「察しが良いね。大当たりだよ」
二人きりで、何を言われるのか。きっと彼は緊張しているだろう。ちゃんと確認したことがないから分からないが、ジークヴァルトは二十かそこらの若者だ。
若輩者、と言われがちな年齢の騎士でありながら、他の騎士よりも俺の思考をうまく汲み取って動いてくれる貴重な存在だ。
戦場では指示を細かく飛ばしていられない。咄嗟の判断だって必要になる。俺が聖女としての役割に集中する為に必要な動きを、彼はやってくれるのだ。
「本音が聞きたくってさ」
「本音」
ジークヴァルトの視線に険しいものが混ざる。きゅ、と眉間にしわが寄った。まだ若いんだからそんな皺作らないように気をつけた方が良いんじゃないかな。
ああ……若いから、気にならないのか。
俺の目から逸らしてはならぬとでも思っているのだろうか。ブルーグレーの目が俺をじっと見つめ返してくる。
「きみさ、俺の騎士になりたい?」
「聖女ラウルの筆頭騎士……ということならば、もちろんだ」
そうだと思った。専属の騎士ではないのだから、他の聖女のサポートに回ったりしても良いのにも関わらず、ジークヴァルトはずっと俺のそばをうろちょろしている。
だから、俺の問いには頷くと思っていた。
俺は勝算のある戦いしかやらない主義なんでね。そう心の中で茶化しているが、本当はとても緊張していた。
「ヴァルトに俺の筆頭騎士になってほしいなと思って」
「良いのか?」
「うん。きみが良いんだ」
仁王立ちになったまま動きを止めてしまったジークヴァルトに近づいて、俺はそっとその手を取った。重装備のままついてきた彼の金属鎧が擦れる音がする。休憩時間だったにも関わらず、脱がなかったらしい。
さざ波の音に紛れてほとんど聞こえないそれを振動で感じ、思わず小さく笑ってしまう。
若くて素直で、俺に対して真摯。俺の思考をうまく探り、邪魔にならないどころか動きやすくなるようにサポートしてくれる気の利く騎士。
俺に誘われたからって、のこのことこんな場所に連れてこられてしまう可愛い若者。
緊張はあったが、彼のそういった人間的な愛らしさを前にしたら、そんなことはどうでも良くなってしまった。
「ジークヴァルト」
「はっ」
俺が名前を呼んだだけで、俺に預けた手をそのままに砂浜の上に跪く。
ほら、俺がどうしようとしているのか一言で理解した。こんな貴重な存在、手放せるわけがない。
だから、さっさと俺のものにしてしまおうと思ったんだ。
「女神の代行者ラウルの騎士になりなさい」
「喜んでこの命、使わせていただく。聖女ラウルを守る盾であり、支える手となろう。そして、聖女の意思を剣に宿らせ戦い抜くことを誓う」
騎士の誓いではなく、彼の言葉が返ってきた。彼らしい、と思う。俺はジークヴァルトの手の甲に軽く口づける。ひんやりとした金属が俺の体温でぬるくなるのを確認してから、ゆっくりと顔をジークヴァルトへ向けた。
ぎゅ、と口を一文字にしている。時々この顔をするの、何なんだろうな。
最初はおっさんに絡まれて嫌がってるのかと思ったが、その顔をした後に俺たちの距離感が遠くなった、とかそういうのを感じたことがないから、悪い意味ではないのだろう。
一緒にいる時間が長くなれば、きっとその表情がどんな意味を持つものなのか、分かるようになるだろう。
今はまだ、嫌われていないことしか分からなくても。
「正式な叙任式は、盛大にやろうな。で、みんなに祝ってもらえ」
「……俺は、これくらいで良いんだが」
「駄目だって。今日は連れ出して口説いてくるって宣言して堂々と抜け出してきたんだからさあ。
結果報告も兼ねて、ちゃんとやらないと」
「く、くど……?」
目を見開いて動揺する男に、今の会話に動揺するような要素があったのかと思い返すが心当たりがなかった。
けれど、気分が良い。
「海に行く余裕、なくなるから見納めしといてね」
「分かった」
「海で遊んでいってもいいけど」
「するわけないだろう」
「ははっ、そっか海で遊ぶような歳じゃないか!」
俺がふざけると、ジークヴァルトが元の真面目な騎士に戻り、潮騒の音が俺たちを包み込む。
沈黙は心地よかったが、頃合を見て俺は再び声をかけた。
「さあ、俺のベルン。帰ろうか」
「………ああ、長く不在ではいられないしな」
俺と同時に馬に跨った彼に、笑みがこぼれる。これからまた戦場へ戻るのだというのに、俺の心は穏やかだった。
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