お題【月見】愛と相棒とロマンス
「なーんかさ、思い出しちゃうよね」
ラウルが俺の隣で夜空を見上げている。満月で明るいな、と雑談に興じているところだった。魔界の扉を封印した今、聖女の誘拐や拉致を警戒している為に本来ならばこんな時間に出歩くことはない。
今日は王都内の教会で保護している子供たちの慰安活動だった。だが、子供たちがぐずった為になかなか去ることができなかったせいで遅くなってしまった。
国の未来の礎を築く人材になるかもしれない子供たちを、ラウルが大切にしないわけがない。
彼は子供たちが疲れきってしまうまで、根気強く遊んであげていた。聖女としての活動をしていなければ、今頃は家庭を築いてこのように子供の面倒をみていたかもしれない年齢だ。
俺はラウルが楽しげに子供たちと遊ぶ姿を見ながら、子供たちに遊ばれていたのだった。
街中の教会だから、とすぐに帰れるから、と油断した。気がついた時には日が傾き、夕闇に包まれていた。
街灯が道を照らす姿を楽しみながら、ラウルと歩いていると、ふいに彼に手を引かれた。
「ちょっと寄り道しようか」
「少しだけだぞ」
拉致の危険を考えていないのかと思ったが、そもそも彼自身が腕の立つ騎士だ。そして、俺という護衛もついている。よほどのことがなければ、俺たちは暴漢の類に負けはしない。
油断はするな、といつもラウルに言われているから、どんな相手も見くびったりなどせず、真剣に立ち向かうつもりだが。
周囲を警戒しつつ、彼が握った手を意識する。良かった。今日はたまたまグローブをはめている日だ。手汗で汚れた手など握らせるわけにはいかない。俺は小さく胸を撫で下ろす。
彼が連れてきたのは、公園だった。
「あ、大当たり。月がよく見える」
公園のベンチに座るなり、ラウルは空を見上げてはしゃぎ声を上げる。そして、落ち着いたかと思えばしみじみとした声色で呟いた。
「懐かしいな」
ラウルの独白だ。まだ俺の相槌を欲してはいない。だから、彼から求められるまでは静かにしているつもりだったが、その時は想像よりもすぐに訪れた。
「きみと初めて、深夜帯に深夜帯を戦った時のことを思い出しちゃった」
「ああ……あれは、大変だったな」
月明かりに照らされた彼の横顔に視線を奪われてしまい、聖女を守る為にいる存在であるにも関わらず、彼に守られてしまったことを思い出す。
太陽の下で見るのと、月明かりのみの下で見るのは全く違って見えた。夜に灯りの下で過ごすことはあった。だが、戦闘時はそれともまた違う。
聖女として能力を開花させた当初から、彼は突飛出ていた。戦闘慣れしているせいもあったのだろう。俺は、目立っていた彼に興味を抱き、直接彼を知ってその姿に尊敬の念を抱き、自分が筆頭騎士になるのならば、聖女ラウルが良いのだと強く思ったものだ。
そして、幸運なことに彼の筆頭騎士になることができた。
きっと、あの夜も浮かれていたのだ。
「きみ、暗闇の戦闘に慣れてなかっただろ? だからなんか忙しかったなって」
夜間戦闘は、騎士団の職務で経験済みだった。夜警だって、夜の警邏だって、したことがある。それなのに、あのザマである。
あまり思い出したい記憶ではないが、助けてもらった時の光景は、鮮烈に覚えていた。
「迷惑をかけて済まなかった」
「いんや? むしろきみにも不慣れなことがあるんだなって、ちょっと安心しちゃった」
懐が深い。俺が惚れ込んだ人間性は素晴らしい。ラウルは、聖女の名にふさわしい人間だと言ってもらえるように努力をしているのだと言っていた。
だが、努力をしたからすぐにできるというものではない。
「――ラウル」
「ん?」
「あの時、月明かりに照らされたラウルを見て、俺は心の底からお前が女神の代行者であるのだと感動した」
「え?」
ラウルが月ではなく俺を見た。今の彼は当時と違って、まったりとした空気を身にまとっている。穏やかな月の光はそのままに、柔らかな表情で俺を見つめている。
つい、愛を告げたくなる。だが、まだその時ではない。だから代わりに、当時感じたことを口にする。
「暗闇の中、人を導く一筋の光に見えた。唯一の救いに見えた。聖女ラウルこそが、この世界の希望なのだと」
「……照れちゃうな、そこまで言われると」
茶化すような言い方をしているが、絶対に照れている。へへ、と笑う彼の頬がほんのりと赤く染まっている。公園は街灯に月明かりが加わって、ずいぶんと明るくなっているのだ。顔色を隠しきることはできない。
俺は彼をずっと見ているとおかしな気分になりそうで、そっと月へと顔を向けた。
丸い月が俺たちを見下ろしている。残念ながら、俺には風流を感じるような繊細さはない。だが、その優しげな光は、まるでラウルのようだ。
太陽のような突き出た明るさで強引に引っ張っていくのではなく、つい心細くなって振り返った時に存在を肯定してくれるような。そっと背中を支え、向かうべき方向を示してくれるような。
結局、月を見ながらラウルのことばかりを考えている。
「俺はさ、本来は誰かの上に立って指示ができるような人間じゃないんだ。ヴァルトみたいに誰かの補佐をする方が向いてると思うんだよね」
「そうか」
ラウルは器用だから、どちらでも務まってしまうだろう。俺はそう思いながらも、彼の言葉を否定しなかった。
「だから、きみの評価は嬉しいよ。ちゃんとできていたんだなって思えるから」
ラウルの立ち上がる気配がする。視線を少し動かせば、彼は再び月を見上げていた。
「きみと月見ができてよかったよ」
「……月見だったのか」
「えっ、きみ……今の時間を何だと思ってたの!?」
最後の最後にラウルの意図を理解した俺は、空気の読めない言葉を口走ってしまった。目を見開いて驚いてみせた彼は、そのあとなぜかぶふっと吹き出した。
「はは、良い。良いよ、きみ。さすがは俺のベルンだ。案外ロマンティックな部分があったりするんじゃないかなって思ってたんだけど、ぜんっぜんないね!」
「……俺はけなされているのか?」
「いや、ごめん。ロマンティックすぎる人だったら、色々申し訳ないなっていう感じ。むしろ良かったなって」
ラウルが言いたいことが何なのか理解できないが、俺の反応に対して悪感情を抱いているわけではないのならば良い。俺は月を見上げて言った。
「ロマンスは分からないが、この月が綺麗だということは分かる」
「ああ、確かに。この月は綺麗だ」
ラウルは俺に同意しながら微笑んでいる。
遠回しに言った愛の言葉は、もちろん伝わらなかった。
おっさん聖女の婚約 短編集(BL) 魚野れん @elfhame_Wallen
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