お題【マスコット】幸運をもたらすもの

「幸運をもたらすもの……? そうだなぁ……やっぱり、ヴァルトかな?」


 “マスコットは何か”という話題になって、仲間たちが幸運のアイテムやら自慢の恋人やら配偶者やらを挙げ連ねる中、俺は相棒の名を挙げた。隣で食事をしているジークヴァルトが、すごい音を立てて何かを嚥下した。肉の塊かな? 苦しそうだけど。

 とりあえず背中をとんとんと撫でてやりながら、俺は相棒自慢を始めた。


「まずは分かりやすいところからな。見目が良い! 素朴な雰囲気にまとまってるが、よく見てみると一つひとつのパーツが良い。男らしいが野性味は控えめ、甘すぎないところが良い。

 しかも表情が硬いから、見ているだけで“ちょっと落ち着いて考えよう”みたいな気分になる。冷静な判断を下す助けになってくれているんだ」


 俺の説明に、一部の騎士が小さく頷いている。俺が解説を始めたからか、嚥下のダメージから回復したジークヴァルトは姿勢を良くして目の前を見据え、動かなくなった。

 紹介してくれる上司の為に、全員に見られることを意識している新人騎士みたいだ。


「次はこの体。鍛え抜かれたこの筋肉。素晴らしい以外の何ものでもない。思い通りにこの巨体を動かせるように、と訓練された筋肉は、どんな時でも俺の期待に応えてくれる」


 ジークヴァルトが動かないことを良いことに、俺は彼の腕を勝手に持ち上げて腕の筋肉を軽く叩く。この腕重いな。どうやってこんなものを良い感じに動かしているんだろう。不思議だ。

 いつの間にか、周囲の視線が俺の方に集中していた。こんな大人数での会話だったっけ? 同じ焚き火を囲っている人間だけで話をしていたと思ったんだけどな。

 まあ、小さなことは気にしない。俺はそっと彼の腕を解放した。


「筋肉だけあっても、頭の回転が遅かったら困りもんだけど、その点ヴァルトは安心だ」


彼の肩を抱き、こつんとこめかみ同士を合わせる。う、ちょおっと身長差のせいで体勢がきつい……あ、ありがとう屈んでくれて。

 俺が無理な姿勢にならないよう、ジークヴァルトが静かに背中を丸めてくれた。俺は彼にもたれるようにして笑う。


「ほらな。俺の考えを先んじて読むことに長けている。魔獣との戦いでは、俺がもう一人いるのかなってくらいだし、それ以外の活動時は気が利くのよ」


 俺は他の騎士がそうしていたように、どれだけジークヴァルトが素晴らしいかを説いた。ジークヴァルトは、俺にべた褒めされるとは思っていなかったのだろうか。

 彼はもにゅりと口元をうごめかせ、それからぎゅうっと力を込める。あ、嬉しい時の仕草みっけ。

 相棒が喜んでいるのを見て調子に乗った俺は、相棒を褒め続けた。


「――って感じにすごいんだ。ヴァルトが俺のそばで活動してくれなければ、そして俺の筆頭騎士になってくれなければ、俺はここまで頑張りきれなかったと思う。

 俺は元々騎士だっただろ? だから、何となく頼りにくいっていうか、甘えにくいっていうか。でも、ヴァルトはそういうのを俺が表に出す前に全部やってくれる。

 背中を預けるのが苦じゃないんだ」


 ひたすら褒めた末に、どうして彼が良いのか、を語る。これは俺の本心だ。何人かの聖女が羨ましそうに俺を見つめ、何人かが自分の相棒に思いを馳せているのか、大きく頷いている。

 聖女にとって、魔獣のことを気にせずに神聖魔法を扱えるかどうか、というのはとても重要だ。聖女が神聖魔法を詠唱できなくなれば、周囲の騎士の命が飛ぶ。

 騎士の命が飛んで、聖女に魔獣が直接牙を剥くようになれば、生身で戦う能力を持たないほとんどの聖女は死を覚悟するしかない。

 だからこそ、聖女のことだけを考える筆頭騎士という存在は、実力と同じくらい、どれだけ聖女を慮ることができるかが大切なのだ。


「俺はジークヴァルトという男が相棒になってくれたことで、幸運続きさ。だから、俺のマスコットはジークヴァルト」


 俺は相棒の肩を抱く力を強めて笑った。唯一無二の相棒。命を預け、預かれる存在を得たことを自慢したかった。


「……大切にする」

「ん? おう」


 ジークヴァルトの呟きが耳に届く。聞こえるかどうか、といった大きさの声だ。きっと、俺にしか聞こえなかっただろう。

 だから俺も、ジークヴァルトにしか聞こえないくらいの大きさで返事をした。それから不自然にならないように宣言する。


「俺は自分のマスコットについてしっかりと語ったぞ。みんなのマスコットの話をもっと聞かせてくれよ」

「あっ、じゃあ、俺の話を聞いてください! 俺のマスコットは恋人なんですけど――」


 幸運をもたらすもの。良い話題だ。着実に目的に近づいてはいるものの、長く続いているこの戦いのせいで精神的な疲労は積もっていく一方だ。

 何せ、既に五年以上が経過している。魔界の扉を封印する為に、その周囲をぐるぐると何度も回りながら範囲網を狭めていく。時間はかかるが、被害を少なくする為に必要なことなのだから仕方ない。

 全員がそれを理解しているからこそ、この行軍に不満を漏らさず、ただただ毎日己のやるべきことをこなしているのだ。


 少しでも明るい話題で、疲れを吹き飛ばすことができれば良い。俺はそんなことを思いながら、俺の真似をして恋人自慢を始めた騎士の話を聞くのだった。

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