お題【双子】ラッキーな日

「おっ、双子だ!」


 割れた卵の中身を認めた俺は思わず声を上げた。あまりに騒がしかったのか、何人かの騎士と俺の筆頭騎士が振り向く気配がする。

 おっと失礼!


 いよいよ魔界の扉が近づいていて自炊を余儀なくされていた俺たちは、それぞれ調理という名の作業をしていた。

 魔界の扉と炊き出し組の中間に俺たちがいるから彼らのことは守り切れると思うのだが、さすがに補給できる町から遠くなってきた今、このままついてきてくれと言うのは酷だ。

 ということで、非戦闘員と離れた俺たちは、鶏などの家畜類を引き連れて自炊生活をしながら魔界の扉に向けて進行しているという状況だった。


 で、俺はとりあえず卵を焼こうとして双子ちゃんを当てたというわけだ。熱されたフライパンの上にポトリと落ちたその双子の卵がじゅわっと音を立てる。うん、良い音だ。

 俺がその音を堪能していると、ジークヴァルトの気配が近づいてきた。そちらに視線だけを向ければ、彼はそわそわとしている。


「ん? どした?」

「いや……何が双子なのかと思えば、卵だったから」

「珍しいよな。いや、ちょっと卵の大きさが違ったから何かあるかなとは思ったんだけどさ」


 俺がへらりと笑うと、ジークヴァルトがきゅっと口を締めた。ああ、照れてるのか。照れる理由はまったくもって分からないけど、まあ良いか。


「ヴァルト、ちょうど双子だから半分こできるな」


 いつも通り食べ物の半分こを提案すると、彼は勢いよく頷いた。今日も元気だな。

 ジークヴァルトは大人しくて、真面目で、良い男だ。それは筆頭騎士になる前も、なってからも変わらない。少しだけ、俺に対しての考え方があれだけど、別に俺は困らないしな。


 それにしても、今回も彼は金属鎧を脱がずに休憩か。よく体力がもつものだ。

 金属鎧、暑くないのだろうか。この戦いは延々と続いていて、いつの間にか九年が経とうとしている。何度もこの季節を超えてきたが、彼は夏でもお構いなしに鎧を身に着けたままだった。


「ヴァルトさ、暑くないの?」

「何がだ」

「金属鎧。フルプレートはさすがにきつくないか?」

「……まあ、慣れだな」


 卵の黄身が固まって色が変わっていく姿を確認しながら、俺は思いつきでその鎧に触れた。火傷するほどではないが、それでもずっと触ってはいたくないくらいに熱い。


「うわ、結構熱いぞそれ」

「そうか?」

「卵は焼けそうにないけどな」

「くく……っ」


 おや、珍しい。ジークヴァルトが笑ったのは、いつぶりだったろうか。彼は元々無表情な男だったが、十年近くも一緒にいれば慣れてくるし、徐々に彼の表情は豊かになってきていた。が、あまり笑わないのだ。

 にやりとしたり、微笑むくらいならば増えた。だが、滅多に声を出して笑うことはない。珍しい姿を見ることができた俺は、思わず呟いた。


「俺のベルンはご機嫌だな」

「いや、別にそんなことは――いや……双子の卵が見れたから、あながち間違いでは、ない……か」


 俺の言うことを否定しようとして、やめた――ってなんだよ。いや、別に俺の言うことすべて肯定する人間になってほしいわけじゃないから、別に否定して良いんだけどなあ。

 聖女ラウル至上主義は嫌いじゃないけど、そこまではする必要ないんだぞ。そんなことを思いながら、二つ目の卵を割った。

 おっと、すごいことが起きた。


「また双子だ」

「何だって!?」


 すごく前のめりだな? キラキラした目で双子の卵を見ている。目玉焼き、好きだったのか? それとも、こういう偶然が重なったりするのが好きだとか?

 もしかしたら彼は、案外夢見がちなところもあるのかもしれない。


「ラウル、こんな偶然滅多にないぞ」


 はしゃいだ声を上げる男に、俺はうっかり口を滑らせた。


「俺からすれば、笑顔のヴァルトを見れたことの方が貴重で素晴らしいんだけどね。もっと笑いなよ」


 俺が言った言葉が耳に入ったのか、彼は笑顔のまま固まった。そしてじわじわと顔が赤くなっていく。


「もっと自分を出してよ、俺のベルン」

「な……なに、を」

「きみのことだ。失礼じゃないかとか、そんなこと考えてるんだろう? 俺の相棒なんだから、普段の生活も対等にいこう?」


 戦闘中はもう、対等どころか一心同体って感じで一体感のある俺たちだけど、戦いの気配がない状態だとジークヴァルトは俺に従属してしまう。

 従属自体は悪くはない。だが、俺が求めているのは下僕じゃなくて相棒。バディとして信頼できる人間だ。つまり、俺に同意するだけの人間じゃない。


「何でも分け合ってきた仲じゃないか。今さら笑顔を出し惜しみするなんて、ずるいと思わない?」

「いや、出し惜しみでは……」

「なら、隠さないで俺に見せてよ」


 フライパンを火から遠のけながら、ジークヴァルトとの距離を詰める。じいっと見つめれば、彼は大きく目を見開いていた彼が、音がしそうなくらいに大きく瞬いた。

 初対面だった時よりもやつれた顔の男がその瞳に映っている。あー……見つめるんじゃなかった。

 年齢を思い出すと一気に老け込むから考えないようにしてたのに。


「ラウル」

「ん?」

「俺は、双子を食べたい」

「えっ? あ、ああ、双子ってこの双子ね」


 突然話題が戻り、双子が何を意味しているのか分からなくなって焦った俺は、フライパンを振りそうになる。瞬時に気づいたジークヴァルトが俺の腕を掴んだ。


「ありがとな」

「いや、別に」


 至近距離で会話を交わす。良い男に育ってきたよなあ。顔が良いってお得。でも楽しい時間をこんなことに費やしちゃってまあ……もったいない、と思ったけど。この男のことだから、俺と一緒に戦っているだけで楽しいんだろうな、と思い直す。

 俺もジークヴァルトがいるだけで、助かっているし。

 手放したくない、と思ってしまう卑怯な大人な自分もいる。だって、命を預けるに足る人間なんて、滅多にいない。そう簡単に手放せるわけがない。

 まあ、そんな大人の事情は口にできないが。


「双子の卵は二つだったけど、どっちも半分ずつにして食べような」


 大人の都合に振り回してしまっている分、少しでも何かを還元してやりたい。少し前までは、このわけあいっこは互いの存在に慣れ、知る為の行為だったが、今は違う。

 何も考えずに楽しめるようになった今、これからもこうして色々と共有していきたい。俺はそんなことを思いながら笑いかければ、彼は目元をゆるませ、口をぎゅっと閉じた。


 あら、そーなっちゃうのか。可愛い奴め。


 にやついてしまいそうなのをぐっとこらえ、俺はフライパンを持ったままテーブルへ向かうのだった。

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