お題【ドラゴン】魔獣退治
「うわ、これって伝説のドラゴン……的な?」
俺は巨大な塊を見上げてそう呟いた。俺の隣には大剣を構えた相棒がいる。そのジークヴァルトがピリピリとした殺気を出して警戒しているのだから、俺だって警戒する気持ちになる。
いや、別に俺が油断しているとかそういう意味ではなく、より一層そう思うってこと。こんなことを考えるくらいにはまだ気持ち的に余裕はあるんだけど。
「おとぎ話だけだと思っていたよ」
「……俺だってそうだ」
「だよなあ」
頬をかきながら半笑いする。どうしたものかね。魔獣なのは確かなんだが、こんな魔獣は見たことがない。巨大なトカゲに一対の翼。これで火でも吐こうものなら立派なドラゴンだ。
とりあえず、拘束するか? 強さが分からないし。
「ヴァルト、普通の魔獣みたいに考えつつ――」
「何が出るか分からないから警戒しろ、だろ」
「ん」
「分かっている」
倒し方は魔獣と同じはず。ただ、その戦い方がこの巨体に通用するかどうかが問題だ。俺はジークヴァルトを“鼓舞”し、神聖魔法による拘束の詠唱を始めた。
俺の付与魔法を得た騎士が一歩踏み出した。次の瞬間には、ドラゴンのような魔獣めがけて大きく飛んでいる。相変わらず、規格外な動きだこと。
目の前に飛び出してきた人間に意識が向かったのだろう。ドラゴンが彼に向けて手を伸ばしてきた。
ジークヴァルトはその手を大剣で難なく切り落とし、ドラゴンの胸元を蹴ってその間合いから離脱する。
どうっと大きな音を立てて魔獣の手が落ちる。土煙がぶわっと舞う。
あれ? 俺って必要ないんじゃない?
俺が思っているような強さを発揮しないドラゴン魔獣に対し、強すぎる俺の相棒。拘束なんてしなくても全然問題ないんじゃないか。なんて気さえしてくる。
でも、そういう油断が大敵であることは十分承知している。俺は土煙に目を細めながらも拘束用の詠唱を続けた。
「女神の代行者、聖女ラウルが命ず。邪悪なる者よ、その動きを封ず!」
魔獣が「ぐぎゃ」だか「ぐるる」だか何て言っているか分からない鳴き声を上げてもがく。俺の神聖魔法で作られた光の環が魔獣を拘束していた。
距離を取っていたジークヴァルトが俺の詠唱の最後のフレーズを聞きながら接近する。彼は動きを封じられた魔獣の目の前に立つと、大剣を大きく振ってその首を落とした。
あっけない。普通の魔獣の方が手ごたえを感じさせてくれる。
「……こんな、弱いの?」
「おとぎ話では、人々を困らせる存在だったが」
ジークヴァルトも俺と同じように落ちた魔獣の頭を見つめ、呆然としている。そう。本当に弱すぎる。
「ヴァルト、俺……嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
図体が大きいだけの、ドラゴンという圧倒的強者の架空生物を模した張りぼて。こんなものがおとぎ話のモチーフになった魔獣であるはずがない。
ということは、だ。よくある魔獣の群れとして考えるならば、これは末端。親分的な魔獣が別の場所にいるということだ。
「他の騎士が危ない」
「他の聖女が危ない」
俺たちが顔を見合わせて、似たような言葉を同時に発した。
一番強い聖女と騎士が一番弱い魔獣の相手をしているとしたら、別の場所にいる彼らが危ない。混戦状態で、どこに誰が、とかが分からない今、やれることは一つ。
大きな魔獣を探すことだ。
周囲を見回す俺とジークヴァルトを見て、隙ありだと思ったのか、何体かの魔獣が飛び込んできた。それらをさくっと切り伏せながら、俺たちはドラゴン的な存在を探す。
「いたっ!」
一目散に目標へと向かっていきたいところだが、俺の方はうまくいかない。
邪魔な魔獣を近くの騎士に押しつけたり、うっかり大変なことになっている騎士を回復させたり、進みが悪い。そんな俺に気づいたジークヴァルトが「先に行く」と言うなり俺を置いて走り去っていった。
あー、うん。仕方ないな。騎士の命を見捨ててドラゴンっぽい魔獣に向かうよりは、ドラゴン魔獣の足止めを彼に任せて、俺は聖女としての役割をこなしながら移動した方が効率的だ。
置いていかれたことに小指の爪くらいの寂しさを覚えながら、俺は俺なりの最速を目指して移動するのだった。
俺が辿り着いた頃には、体勢を立て直した聖女と騎士がドラゴンと戦っている最中だった。もちろん、一番元気そうなのがジークヴァルト。次に元気そうなのが聖女アエトスとその筆頭騎士イービス。
まあ、それはそうか。アエトスもそうだけどイービスも優秀だもんな。
「アエトスが対応してくれていて助かったよ」
「聖女ラウル!」
ジークヴァルトが参戦したからには、いずれラウルが現れるだろうと予想はしていただろうが、彼は嬉しそうに顔を輝かせた。歓迎してくれるのは嬉しいものだ。俺は彼の期待に応えるべく、最初に対峙したドラゴンっぽい魔獣の数倍も大きな魔獣を観察した。
これだけ大きな魔獣となると、ジークヴァルトが小さく感じる。ジークヴァルトは、決定的な一撃を与えようとはせず、とにかくこの魔獣が他の騎士たちに攻撃するような余裕を与えないようにすることに集中しているようだった。
さすがだ。
ジークヴァルトのことだから、倒せそうだったら倒してしまったに違いない。
だけど、この大きさだ。俺が魔獣を丸ごと吹き飛ばした方が早いし安全だ。
きっと、彼もそう判断して戦い方を決めたのだろう。
「アエトス、“鼓舞”の効果が切れている騎士がいなければ、周囲の回復に集中して。俺はあれを倒すのに集中する」
「分かった。任せてよ」
俺はジークヴァルトを再び“鼓舞”してから、気合の入った一撃を入れるべく詠唱を始めるのだった。
ジークヴァルトはイービスに時々何かを指示しながら連携を取っている。イービスは王宮騎士団の第二騎士団長である。
アエトスが聖女として魔獣と戦うことになった際に、肩書はそのまま筆頭騎士になったという経歴があった。
つまり、普通に優秀な男ということだ。所属的には格下であるジークヴァルトに指示されて動くことに対する抵抗などまったく感じていないらしい。
むしろ彼は嬉しそうにジークヴァルトと共にドラゴンの足止めをしていた。優秀な騎士のおかげで、俺も安心して詠唱できる。
「悪しき者よ、暴虐の民よ、消滅せよ!」
あっという間に詠唱を終えた俺は、渾身の一撃をドラゴンっぽい魔獣へ放った。大きさが大きさだから、と普段よりも詠唱を長くアレンジして唱えたそれは、想像以上の力を発揮した。
周囲が光にあふれ、自分でさえ目を開けていられない。ちょーっと、やりすぎたな。
この様子だと、周囲の魔獣も消滅していそうだ。
「あー…………今日はお疲れさん!」
想像通り、周囲の魔獣は跡形なく消し飛んでいた。わぁ、綺麗だなぁ。見事なまでに味方しかいないわ。
のんびりとその様子を見ていた俺は、周囲の人間の視線が自分に向かってきているのに気づき、笑顔でそう言い放つことですべてをうやむやにしようとしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます