【03-2】鏡堂の悔恨(2)

赤松俊樹への質問は、主に末松が担当することになった。

長身の鏡堂は、それだけで相手に威圧感を与えると、斟酌した結果だった。


「今日は残ってもらって申し訳なかったね」

末松が温和な声で切り出すと、赤松は曖昧に頷いただけだった。


「遅くなると悪いから、単刀直入に訊かせてもらうけど、このペンダントに見覚えはないかな?」

そう言いながら末松は、証拠品と同じペンダントを彼の前に置いた。


少し前のめりになってペンダントを見た赤松は、顔を上げて質問に答える。

「これ、以前僕が持っていたものと同じです」

その声は、顔から来る印象とは真逆の、太く低いものだった。


「以前持っていたということは、今は持ってないのかな?」

「はい、どこかで失くしちゃったみたいです」

赤松の答えは淡々としていて、まったく緊張が感じられない。


「いつ頃失くしたか憶えてる?」

そう訊かれた赤松は、少し考える素振りをした後、「憶えてないです」と短く答えた。


「そうなんだ。

それじゃあ、ちょっと質問を変えていいかな?


嫌なことを思い出させて済まないんだけど、畑野美穂子先生のことを聞きたいんだけど。

いいかな?」

その質問にも、彼は微笑を浮かべて頷く。


「畑野先生は気の毒なことになったけど、生前の彼女は、君にとってどんな先生だった?」

そう訊かれた赤松は、少し考え込むように小首を傾げる。

そして口を開いて出た言葉は、その場の大人たちを驚愕させるものだった。


「いい女でしたよ。

いい体してたし。

皆やりたいって言ってました」


「ば、馬鹿なことをいうんじゃない!何考えてるんだ、君は!」

思わず立ち上がって怒声を上げる担任を押さえて、鏡堂が口を開く。


「じゃあ君は、畑野先生が亡くなったのを聞いて、どう思った?悲しかった?」

赤松は、狼狽する教師たちに憐れむような目を向けた後、さらに言い放った。


「悲しくはないけど、勿体なかった。

どうせ死ぬんだったら、その前に一回やらせて欲しかったし」


「刑事さんたち、すみません。

質問はこれくらいにしてもらえますか?

どうも彼は動揺しているようなので」


堪らず教頭が見当違いのことを言い出すのを、赤松は冷笑を浮かべて見ていた。

末松と鏡堂は顔を見合わせる。

その時また、赤松が口を開いた。


「もしかして僕、犯人だと思われてるのかなあ?

でもそれって、時間の無駄だと思うけど」


「時間の無駄って、どういうこと?」

末松が咄嗟に訊き返す。


「だってあの日は、正行んに泊ってたから。

正行に聞いてもらったら、分かると思うけど」


「正行というのは?」

「朝田正行。同級生」

末松が確認すると、彼は面倒臭そうにそう答える。


「朝田正行というのは、朝田正義氏のお孫さんです。衆議院議員の」

教頭が、無意識に地元の有力者への忖度を滲ませながら、彼の言葉を捕捉した。


そんな教師たちの狼狽ぶりをよそに、赤松は更に面倒臭そうな口調で言った。

「もう帰っていいかな?」


その言葉に末松が鏡堂を見て頷く。

「ああ、もういいよ。

でも一応、君が当日朝田君に家にいたことは確認させてもらうね」


「やっぱり疑ってたんだ」

末松の言葉に、赤松俊樹は皮肉な笑みを浮かべると、席を立って会議室を出て行った。


そして二人の刑事たちも、狼狽うろたえ気味に言い訳をする担任と教頭に丁寧に礼を言って、学校を後にした。


「ああいうガキって、なんなんだろうな」

署に戻る車の中で、末松が憤然として言う。


鏡堂は、そんな末松を宥めながら訊いた。

「刑事相手に、虚勢を張ってるだけかも知れませんよ。

それより末松さんは、あいつのアリバイ、どう思います?」


「ガキ同士の証言だと、口裏わせるってことも考えられるしなあ。

とにかく、朝田の家人に当たってみるしかないだろうね。


しかし朝田正義の孫とはなあ。

訊くにしても、県警の許可がいるだろうなあ」


「まあ、そうでしょうね。

帰って係長と相談しましょう」


その後、県警上層部の許可を得て、朝田正行に当日のアリバイを訊いた刑事たちを待ち受けていたのは、大きな落胆だった。

正行だけでなく朝田家の家人たちも、当日赤松俊樹が正行と家で過ごしていたと証言したからだ。


夜中に抜け出して犯行に及んだことも、可能性としては考えられたが、その場合は正行も共犯ということになる。

その後県警からの指示で、捜査の方向性は赤松犯人説から離れることになったが、朝田正義に対する、上層部の忖度がなかったとは言い切れないだろう。


そしてその後の捜査は行き詰まり、結局解決を見ないまま、10年が経過していた。

それは未だに、鏡堂の中で大きな悔いとして残っているのだ。


***

「末松さん、今回の事件と生田倫子いくたみちこの事件が関連しているかどうか分かりませんが、俺と天宮に生田事件を当たらせてもらえませんか?」


鏡堂の提案に、末松がにやりと笑う。

「そう来ると思ったよ。

でも、上の許可がいるんじゃないの?」


「高階課長の許可はこっちで取りますんで、よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる彼の胸中には、犯人に対する闘争心が、沸々と沸き上がっていた。

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