【04-2】第二の事件(2)

現場は、今し方の訊き込みで話題に出ていた、川本建設の社屋が入ったビルだった。

現場までは大家夫妻が言っていた通り、生田倫子いくたみちこ殺害事件のあったアパートから、歩いて5分ほどの距離だった。


鏡堂と天宮が到着した時、既に到着していた制服警官たちが規制線を張っていたが、それを取り囲むように野次馬が鈴なりになっていて、現場は騒然とした雰囲気に包まれていた。


制服警官に警察手帳を示して、規制線を潜った二人が眼にしたものは、社屋前の駐車場に横たわった、真っ黒な物体だった。

それが焼死体であることは、まだそこから立ち昇っている煙と、辺りに漂う異臭が、如実に物語っている。


鏡堂たちが近づいていくと、焼死体の付近に人はおらず、社屋内から怯えた様子でこちらを伺っている複数の人間の姿が見えた。

川本建設の社員たちだろう。


その時周囲の喧騒を破って、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。

そして間もなく、到着した大勢の刑事と鑑識課員たちで現場は騒然となった。


鏡堂は現着した末松たちと簡単に打合せを行い、社屋内にいる社員たちの訊き込みに当たることになった。

天宮を伴って社屋に入ると、そこには二名ずつの男女が、落ち着かない様子で席に座っていた。

全員揃いの制服を着ているので、ここの社員なのだろう。


「〇〇県警捜査一課の鏡堂と天宮と申します。

今から状況をお訊きしたいので、ご協力願えますか?」

警察手帳を示しながら、彼が出来るだけ穏やか口調で話すと、全員が無言で肯く。


「まず、外で倒れておられる方の身元が分かれば、教えて下さい」

その質問に答えたのは、奥に座った中年男性だった。

「専務です。この会社の、河本専務です」


その答えを聞いて、鏡堂は天宮と顔を見合わせる。

先程の事情聴取で、大家夫妻の口に上った人物だったからだ。


「それは間違いありませんか?」

鏡堂が奥の男性に念を押すと、今度は手前側に座った若い男性が、怯えた声で答える。


「間違いないです。

だって、僕と一緒に現場に出掛けようとしてた時に、目の前であんなことになったんだから」

そう言って男性は目を伏せた。

その時の恐怖が蘇ったのだろう。


「怖い思いをされたのに申し訳ありませんが、その時の状況を、詳しく教えて頂けませんでしょうか?」

すると男性は鏡堂を見上げて、ぽつぽつと語り始めた。


「今日は専務を乗せて、桜町の現場に行く所だったんです。

それで会社を出て、車に乗ろうとしたら、専務が急に驚いたような声を出して、会社に戻ろうとしたんです。


その途端に、専務に火が点いて、あっという間に燃え上がって」

そう言って男性は、また顔を伏せた。


その様子を見た鏡堂は、彼が落ち着くまで待とうと思い、他の社員に質問を投げる。

「この中で、他にその時の状況を見た方はいらっしゃいますか?」


すると一番手前に座っていた、若い女性が手を挙げる。

鏡堂がその女性に目を向けると、彼女は消え入りそうな声で語りだした。


「私が偶々そこの窓から外を見た時です」

そう言って指さした先には、<河本建設>と書かれた、大きなガラス窓があった。


「そうしたら専務が何か叫びながら、こっちに向かって来て。

突然火が燃えて。


びっくりして目を逸らしたんです。

そこから先は怖くて見ていません。

すみません」


その証言を聴きながら鏡堂は、無理もないな――と思った。

目の前で突然人が発火したら、誰でも目を背けるだろう。


「河本さんは、何か叫んでおられたんですね?

どなたかその声を聞いた方はいらっしゃいますか?」

彼の質問に手を挙げたのは、河本弘と外に出た若い男性社員だった。

少し落ち着いたようだ。


「はっきりとは聞こえなかったんですけど、多分、『許して』みたいなことを言ってたと思います」

「『許して』ですか」

鏡堂が念を押すと、彼は無言で肯いた。


「先程、河本さんが突然何かに驚いたような声を出したと仰いましたが、何を見て驚いたんでしょう?」

その質問に、若い男性は少し考え込んだ後、首を横に振った。


「分かりません。

専務は駐車場の入口の方を見て、驚いたみたいなんですけど、僕が見た時は何もなかった」


「誰か人が立っていたということはなかったんですね?」

「はい、誰もいませんでした。いたとしても猫ぐらいです」


「猫ですか?」

そう言って鏡堂は天宮と顔を見合わせる。


「その猫は、どんな猫でした?」

天宮の質問に、男性は怪訝な顔をしたが、少し考えた末に、「赤っぽい色の猫でしたね」と確信なさそうに答える。


「もしかして、赤茶色の縞模様の猫ですか?」

天宮が補足すると、彼は「そうです」と強く肯いた。


「質問を戻しますが、河本さんは急に燃え上がって、倒れたんですね?

その時何か液体や気体のような物が彼の体にかかったとか、そういうことはありませんでしたか?」


「そんなことはなかったです。

突然体中に火が点いて、全身が燃え上がったんです」

男性に言葉に、先程の女性も肯いた。


「その後はどうなりましたか?」

「僕はどうしていいか分からずに、固まっちゃったんですけど、課長が飛び出してきて、消火器で火を消したんです」

彼の答えを、先程の中年男性が肯定した。


「なるほど、よく分かりました。

嫌なことを思い出させて、大変申し訳ありませんでした。

この後は、現場検証が終わるまで、このままここで待機して頂けますか?」


その要請に、四人が一斉に頷くのを見て、二人は会社の外に出る。

その時駐車場の外から、人が言い争う声が聞こえた。


そして制服警官が外から末松の所に駆け寄って、何事かを伝える。

末松がそれに頷くと、警官は外に駆け戻り、年配の男を連れて入って来た。

鏡堂が末松に近づいて事情を聴くと、河本建設の社長が到着したとのことだった。


河本社長は、何か大声で喚きながら近づいてきたが、末松が捜査に支障をきたすので、暫くの間会社内で待機するよう依頼すると、憮然とした表情でその言葉に従い、社屋内に去って行った。


その後姿を見送った鏡堂と末松は、それまでに得た情報交換を始める。

まず鏡堂が被害者の身元と死亡時の状況を簡潔に話すと、途端に末松は渋面を作った。

先日の事件と同様、あり得ないような状況での犯行だったからだ。


末松から得られた情報は、現場周辺から発火装置や火炎放射器のような道具は一切発見されていないことと、今回の被害者も先日の事件と同様、ほぼ即死状態と思われることの二点だった。


その点については、鏡堂による社員たちへの事情聴取の結果と整合している。

しかし整合しているが故に、事件の謎は深まるばかりだった。

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