【05】合同捜査会議
河本弘焼死事件の翌日朝9時。
〇山署において捜査会議が開催された。
短期間に、立て続けに二件発生した同種の事件ということで、県警捜査一課と〇山署捜査一係による合同捜査が決定され、県警からは
この日の会議には、県警捜査一課の
彼は会議室の前中央の席に陣取り、沈毅な表情で捜査員たちを見渡している。
「それでは合同捜査会議を始める」
会議の進行は、県警捜査一課の熊本達夫班長だった。
「まず、第一の事件のガイシャについて報告してくれ」
熊本の指示に、一人の刑事が席を立った。
「〇山署の牟田です。
DNA鑑定の結果、ガイシャは〇山市在住の
28歳、独身、朝田建設営業部の社員です。
杉谷は事件当日、外回りの最中に現場を通り掛かり、被害に遭った模様です。
その点は杉谷の上司から証言が取れています。
ただ不審な点が一つありまして。
当日の杉谷の外勤先と、事件現場が随分と離れていると言いますか、全く違う場所だったらしいんです。
彼の上司も、何故杉谷が現場付近にいたのか、不思議がっていました」
「予定と全く違う場所にいたということか?」
熊本の質問に、牟田は「はい」と頷いて、報告を続けた。
「続いて事件当時の状況について、目撃証言を基に報告します。
ガイシャは現場を通り掛かった際に、民家に挟まれた路地に入り、そこから飛び出して来た時には全身火だるまになっていたようです。
ガイシャが何故路地に入ったかは不明ですが、目撃者によると、通り掛かりに路地を覗いたガイシャが、驚いた顔をして中に入って行ったそうです。
しかし同じく目撃者の証言によると、路地の中には誰もおらず、ガイシャが何を見て驚いたのかは不明です」
「路地の反対側を抜けて行った可能性があるじゃないの?」
県警の刑事から疑問が出たが、牟田は即座に否定する。
「路地は二軒の民家と、突き当りのマンションに囲まれた袋小路になっており、通り抜けることは出来ません。
またその後の調査で、何者かが民家及びマンションに侵入した形成は、一切確認されていません」
「人ではなく、何か道具や機械のようなものは、路地の中になかったのかね?」
今度は熊本が質問するが、それに対する牟田の答えも否定的だった。
「路地内にはそのようなものは確認されていません」
その答えを聞いた熊本は一瞬渋い表情をしたが、すぐに次の話題に移った。
「それではガイシャ、杉谷の死因について報告してくれ」
すると牟田に代わって、鑑識課員の小林誠司が立ち上がった。
「ガイシャの死因は全身の皮膚及び気道、肺の熱傷による窒息死です。
いずれの箇所も完全に炭化しておりました」
「それはどういう状況だ?」
それまで沈黙していた高階が、厳しい口調で小林に質した。
「推定ですが、1,000度以上の高温の炎により、全身を一気に焼却されたと思われます。その際に高温の空気を吸い込み、気道と肺もやられたかと」
「どういう方法であれば、そんなことが可能なんだ?」
高階の問いは端的で短いが、曖昧な答えを許さない厳しさが込められていた。
「最も可能性の高い方法は、軍が使用する火炎放射器でガイシャに高温の炎を浴びせることです。
しかし実際には、その様なものを使用した痕跡は、現場には認められていません」
「他に方法はないの?
例えば可燃物をガイシャの全身に浴びせて、火を点けるとか」
熊本の問いに、小林は首を横に振った。
「その方法では、ガイシャの全身を一気に炭化させるような熱量は得られません。
また現場周辺に、そのような可燃物を使用した形跡は認められませんでした」
小林の答えに、会議室内は重い沈黙に包まれた。
明らかに不可能犯罪であり、多くの捜査員が、数か月前に起こった『雨男』事件を連想したからだ。
「一つ目の事件は一旦置いて、次の事件に移ってくれ」
会議室の思い空気を掃うように、高階が次の話題に移るよう熊本を促した。
「それでは、第二の事件のガイシャについて報告してくれ」
熊本の呼びかけに、天宮が席を立つ。
「二人目のガイシャは、
河本建設専務です。
ガイシャは事件当日午後二時過ぎに、〇山市桜町のマンション建築現場に向かう途中、被害に遭いました。
詳細を報告しますと、部下の社員を伴って現場に向かうために、会社社屋前の駐車場に出たところ、突然何かを見て怯えたように踵を返し、会社内に戻ろうとする途中で、突然火に包まれた模様です」
天宮の報告を聞いた捜査一課の刑事たちの間に、低いどよめきが走った。
〇山署の刑事たちは既に状況を知っていたが、彼らは初耳だったからだ。
「突然というのは、何の兆候もなかったということか?」
高階の質問に、天宮は緊張気味に答える。
「はい。ガイシャと同行していた社員及び、社屋内から目撃していた社員の証言によると、ガイシャは社屋に駆け戻ろうとする途中、突然全身を炎に包まれたとのことです」
「ガイシャは何かを見て怯えたと言ったが、何を見たんだ?」
高階の質問は続く。
「それは現状分かっておりません。
ただ目撃者は、事件当時ガイシャが、駐車場の入口付近を見て驚いたと証言しています。
しかし同じ目撃者の証言によると、入口付近に人はいなかったということです」
「人以外の物はなかったのかね?」
熊本の問いに天宮は一瞬躊躇したが、意を決したように答える。
「目撃者の証言では、猫が一匹いたそうです」
その答えに、会議室内を失笑が包んだ。
天宮は少し顔を赤らめる。
「ガイシャの死因は何なんだ?
状況を聞く限り、最初の事件と酷似しているが」
高階が先を促すと、また小林が席を立った。
「河本の死因は、杉谷と同様、全身の皮膚及び気道、肺の熱傷による窒息死です。
全身が炭化していた状況も全く同じでした」
予想通りの答えだったとはいえ、高階の顔には苦渋の表情が浮かぶ。
会議室に集まった捜査員たちは、次に彼が口を開くのを、固唾を飲んで見守っていた。
「犯行の手口から手繰るのは、今回も難しいかも知れんな」
彼の呟きには、『雨男』事件で経験した、苦い思いが込められていた。
「両方の事件のガイシャに、何か繋がりはあるのか?
今聞いた話では、両方とも建設会社の社員ということしか分からんが」
「河本建設は、朝田建設の下請けです。
その辺りの繋がりはあると思いますが」
高階の質問に答えたのは、〇山署の末松一係長だった。
「他に繋がりは、見つかっていないのか?」
少し苛立って会議室に呼び掛ける高階に、鏡堂が手を挙げて立ち上がった。
「杉谷と河本は同じ28歳、これだけなら偶然と言えるんですが、二人の名前に引っかかったので、昔の記録を調べてみました。
その結果、ガイシャ二名は〇山高校の同級生であることが判明しました」
彼の発言に会議室がどよめく。
そして鏡堂は、高階をまっすぐ見て発言を続けた。
「ガイシャ二名だけでなく、朝田建設専務の
彼の言葉に高階の眉が上がる。
「朝田正行というのは、
それから赤松というのは誰だ?
どこかで聞き覚えがあるな」
「課長、10年前の事件の赤松です」
鏡堂の言葉に記憶を惹起された、高階の眉が上がった。
「あの赤松か」
しかし事情を知らない捜査員たちは、二人のやり取りに怪訝な表情を浮かべた。
「よし、まず二人のガイシャ周辺を徹底的に洗え。
鏡堂は、赤松を含めた朝田建設の社員から事情聴取しろ。
くれぐれも慎重にな。
そして鑑識課員は、殺害方法について再検討すること。
当面はこの二方面に注力するんだ。
いいな!」
高階の檄に、全捜査員が頷く。
そして鏡堂は、因縁の相手、赤松俊樹に対して、静かな闘志を燃やすのだった。
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