【06】赤松俊樹
合同捜査会議があった日の午後、
目的は先日焼死した営業部の社員、
県警上層部を通じて、会社側の協力は取り付けられていたので、彼らは比較的スムーズに聴き取りを行うことが出来た。
鏡堂たちは、会社が用意してくれた来客用会議室で、既に数名の社員からの聴取を終えていた。
ただ、得られた情報は左程多くなく、特に事件当日杉谷が、何故現場に行っていたのかについては、全く情報が得られていなかった。
そしてその日の最後の面談相手は、
天宮は、隣に座った鏡堂から立ち昇る、気迫のオーラをひしひしと感じていた。
彼の表情は静かで冷静だが、内部ではこれから面会する赤松に対する、言い知れぬ怒りが渦巻いているのだろうと思った。
あるいは、10年前に赤松を追い切れなかった、自分に対する怒りなのだろうか。
その時会議室のドアをノックする音が鳴り、ドアが開いて男が一人入って来た。
「刑事さん、お久しぶりですね。10年ぶりですか。懐かしいな」
赤松は笑顔を浮かべてそう言ったが、その眼は全く笑っていなかった。
鏡堂と天宮は立ち上がって交互に名乗ると、赤松に席を勧める。
そして着席するや否や赤松は、
「生田さんの事件ですか?」
と、唐突に切り出したのだ。
その奇襲とも言える先制攻撃に、天宮は内心
「今日は別件でお伺いしたのですが、どうして生田さんの事件だと思われたのですか?」
それに対する赤松の反応も、人を食ったものだった。
「だって、彼女の事件って10年前の畑野先生の事件と瓜二つじゃないですか。
あの犯人、まだ捕まってないんですよね?
あの時刑事さん、僕のこと疑ってたでしょ?
だから今回も疑われてるのかなあ、なんて思っただけです。
あ、でも、僕はもちろん犯人じゃないですよ。
畑野先生の事件も、生田さんの事件も」
赤松俊樹の饒舌を、鏡堂は沈黙を持って受け止めていた。
そして彼の饒舌が止むのを待って、鋭く切り込む。
「なるほど、生田さんの事件と畑野先生の事件は、そんなに状況が似ているんですか?
私は生田さんの事件の捜査には関わっていませんので、詳細についてはよく知らないのですが、赤松さんはよくご存じですね」
鏡堂の反撃に、赤松の笑顔が一瞬凍りついたことを、天宮は見逃さなかった。
――この男、絶対何か知っている。
しかし鏡堂は敢えて追撃を加えず、杉谷健輔らの事件に話題を戻した。
「まあ、今日はその件ではなく、杉谷さんと河本さんの件でお伺いしたんですよ。
お二人のことはご存じですよね?」
「え、ええ。勿論ですとも。
二人とも高校時代からの親友でしたから。
両方のお通夜にも、葬式にも出席する予定です。
お通夜と葬式のはしごなんて、初めてですよ。
でも本当に残念です。
あんないい奴らが死んでしまうなんて。
今でも信じられないですよ
一体何があったんですか?
僕に協力できることなら何でもしますから。
是非仰って下さい」
鏡堂の質問に赤松は体勢を立て直し、再び饒舌を振るった。
しかし言葉とは裏腹に、彼が二人の死を全く悲しんでいないことは、台本を棒読みしているようなその口調から明らかだった。
そんな赤松の様子を冷静に観察しながら、鏡堂は
「はい、赤松さん。
我々も真相解明に全力を尽くしますので、是非ご協力下さい。
それでは、いくつか質問させて頂きますが、よろしいですか?」
「はいどうぞ。何でも訊いて下さい」
そう言って赤松は笑顔になったが、相変わらず眼は笑っていない。
「まず
ところが実際は、上司に申告した営業先とは、全く違う場所に行かれていたのです。
そこで被害に遭われた訳ですが、何故杉谷さんがそんな場所に行かれたのか、何か心当たりがおありですか?」
すると赤松は、考えるそぶりも見せず、すぐに反応した。
「ああ、それだったら多分、幽霊を見に行ったんだと思いますよ」
「幽霊ですか?」
その答えに鏡堂と天宮は、揃って怪訝な表情を浮かべた。
「ああ、驚かれるのも無理はないと思いますよ。
実はあの日の前の晩に、僕と杉谷君、河本君の三人で呑んだんですよ。
その時河本君が、会社の近くで幽霊を見たって言い出したんです。
しかも生田さんの幽霊だって言うんですよ。
ご存じかも知れませんが、生田さんの住んでた所は、河本君の会社の近くだったんですね。
それで、会社の近くで生田さんの幽霊を見たって。
僕と杉谷君は、そんなことある訳ないって笑ったんですけどね。
河本君はマジでビビってたんですよ。
それで杉谷君が、『じゃあ、俺が行って確認してやる』って、言い出したんです。
それで河本君と言い合いになったんですよ。
ああ、実際に行っちゃたんですね?
杉谷君て、昔から結構意地になるタイプだったから」
赤松の話をじっと聞いていた鏡堂は、彼の饒舌が途切れたのを見計らって、一つの質問を投げた。
「今のお話からすると、河本さんは、生田さんの顔を知っておられたんですね?
会社も違っているのに、よくご存じでしたね」
その質問に、赤松は一瞬言葉に詰まった。
しかしすぐに早口で言い訳を始める。
「あ、ああ、多分それは、彼の会社とうちの会社は付き合いがあるんで、会社に来た時にでも見かけたんじゃないですかね。
さっきも言いましたが、彼の会社と生田さんの家って近かったから」
しかし鏡堂の追及は止まない。
「生田さんの部署は、確か経理部でしたね。
河本さんが経理部に出入りすることがあったんですね?」
「そ、そうですね。そういう機会もあったんじゃないですかね。
生田さんて、美人だったから、目を引いたんじゃないですかね。
会社でも家の近くでも。
多分そういうことなんじゃないですかね」
赤松は明らかに
その様子を、鏡堂は鋭い眼で観察していた。
その後幾つかの質問をした鏡堂は、丁寧に礼を言って、赤松に退室を求めた。
「何かあったら、また仰って下さい。いつでも協力しますんで」
幾分ホッとした表情で立ち上がった赤松は、早口でそう言うと、足早に会議室を後にした。
そしてその後姿を見送る鏡堂と天宮の眼には、彼に対する強い疑惑が浮かんでいた。
すべての聴き取りを終えた二人は、朝田建設を後にする。
一階のロビーフロアで立ち止まった鏡堂は、周囲に人がいないことを見計らって、天宮に一つの質問を投げ掛けた。
「赤松は一つ、大きなミスをした。分かるか?」
その質問に、天宮は鏡堂をまっすぐ見上げながら答えた。
「はい、杉谷の身元が判明したのは昨日です。
我々が知ったのも、今日の午前の捜査会議が初めてでした。
まだマスコミにも公表されていませんし、朝田建設側にも杉谷が、何の事件の被害に遭ったのか知らせていません。
なのに何故赤松は、杉谷があの日、生田さんの事件があった現場付近で殺害されたことを知っていたんでしょう?」
「それだけ分かっていればいい」
鏡堂は彼女の答えに、満足げに頷いた。
「奴は生田さんの事件に深く関わっている。
こんどこそ、必ず追い詰めるぞ」
強い意志を込めた鏡堂の言葉を、天宮もしっかりと受け止めた。
その時彼らの元に、スーツ姿の男が近づいて来た。
その男は何かに怯えたように付近を見回した後、悲壮な表情で鏡堂たちに訴える。
「刑事さんですよね。僕を保護して頂けませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます