【07-1】第三の事件(1)

鏡堂たちに保護を求めたその男は、刀祢伸一とねしんいちと名乗った。

役職は朝田建設経理部の係長で、殺害された生田倫子いくたみちこの上司だったらしい。


「刀祢さん。どのような理由で、警察に保護を求められているんでしょうか?」

「それはちょっと申し上げられないんですけど…」

鏡堂の質問に、刀祢は言葉を濁す。


その態度に不信を覚えた鏡堂は、丁寧な口調で断りを入れる。

「はっきりとした理由をお聴きしないと、あなたを保護すべきかどうか、警察としては判断出来かねるのですが」


「いや、次に殺されるとしたら僕だと思うんです。

ですから、何とか保護して頂けませんかね?」

鏡堂にやんわりと拒絶されると、刀祢は焦ってそう言い募った。


「殺されるというのは、どういうことでしょうか?

もしかしたら、杉谷さんや河本さんの事件と関連があるのですか?」

鏡堂に訊かれた刀祢は、途端に俯いて口を濁した。

「いや、それはちょっと、はっきりとは言えないんですけど…」


「それは困りましたね。

はっきりとした理由をお伺いしないと、警察としてもあなたを保護する訳にはいかないのですよ。

ご理解いただけますか?


もちろん刀祢さんが命の危険を感じている、納得のいく理由があれば、警察としても全力であなたを保護させていただきます。

是非理由を教えて頂けませんか?」


それでも刀祢は口を濁すだけで、明確な理由を告げることはなかった。

彼の態度を怪しいと思いつつも、鏡堂としてはそれ以上どうすることも出来ない。

結局彼に名刺を渡して、何かあれば連絡をするよう伝えるしかなかった。

それを聞いた刀祢は、かなり落胆した様子で戻って行った。


その後姿を見送りながら、天宮は心配気に鏡堂を見上げる。

「あのまま帰らせて、よかったんでしょうか?

何か事件のことを、知っている気がするんですが」


「多分そうだろうな。

だが、はっきりとした理由もなく、刀祢を保護する訳にはいかんだろう。

してや容疑者でもない人間を、取り調べる訳にもいかん」


鏡堂は憮然とした表情で、天宮に返した。

その表情を見て、彼女は俯いて黙り込む。


その様子を見た鏡堂は、少し彼女を威圧してしまったかと思い、慌てて補足した。

「だが刀祢が、重要な情報を持っている可能性はあるからな。

署に戻ったら課長に進言して、誰かを貼り付かせてもらおう。

そうすれば、奴を保護することにもなる」


その言葉を聞いて、天宮は少し安心した様子だった。

鏡堂は、やれやれという顔になる。

――やっぱり俺は、女子は苦手だ。

彼はしみじみとそう思うのだった。


〇山署に戻った鏡堂は、早速高階と熊本を捉まえて、朝田建設での赤松との遣り取りについて報告した。

そして刀祢が保護を求めてきたことと、彼が今回の一連の事件について、何がしかの情報を持っている可能性があることなどを話す。


「それで、お前の考えはどうなんだ?」

話を聞き終わった高階は、そう言って鏡堂に鋭い視線を向けた。

鏡堂を高階のその視線を、真っ向から受け止める。


その様子を見て、はらはらしながら天宮は思った。

――この人って、絶対出世とは縁がないよね。

隣に座った後輩に、そんな風に見られているとは露知らず、鏡堂は自身の推論を高階にぶつけた。


「赤松が10年前の畑野美穂子はたのみほこの事件と、今回の生田倫子いくたみちこの事件の共通点を知悉していたことは、この両事件に関与している可能性が非常に高いと考えます。


さらにまだ公表されていない、杉谷、河本の事件の情報を知っていたことや、河本が生田倫子の顔を知っていたことを考え合わせると、杉谷、河本の事件と生田事件に強い関連があることが疑われます。


そして刀祢伸一とねしんいちも、両方または、いずれかの事件に関与していたのではないでしょうか」


彼の推論を聞いた高階は、間髪おかずに問い質した。

「今のお前の推論に、10年前に赤松俊樹を逮捕出来なかったことによる、憶測や先入観がないと言い切れるのか?」


それに対する彼の回答も明確だった。

「今回10年前の事件の話題を持ち出したのは、赤松です。

奴の意図は分かりませんが、少なくとも私が誘導した訳ではありません」


それを聞いて少しの間黙考した後、高階はおもむろに口を開いた。

「少なくとも赤松は、生田倫子いくたみちこの殺害に関与している可能性が高いということだな。

杉谷や河本の事件との関連は不明だが。


そしてその刀祢という男が、いずれかの事件の情報を握っているということか。

刀祢の顔を知っているのは、お前と天宮しかおらんな。

二人はこれから刀祢の監視に当たれ」


鏡堂たちは、高階からの指示を受けると、すぐに席を立った。

その後ろ姿を、高階は厳しい表情で見送るのだった。

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