【07-2】第三の事件(2)
高階から指示を受け、浅田建設の本社ビルに取って返した鏡堂と天宮は、正面玄関を俯瞰できるコーヒーショップに陣取った。
既に時刻は午後五時を過ぎており、そろそろ社員たちが退社する頃合いだった。
「じっと玄関ばかり見るな。
出てくる人間に、変に思われるぞ」
鏡堂はそう言って天宮を
「すみません」
天宮も小声で詫びると、彼に倣ってコーヒーに口を付けた。
「鏡堂さんは、いつも高階課長に対して、ストレートにものを言われるんですね」
玄関ホールに注意を向けながら、天宮は普段から思っていたことを訊いてみた。
それに対して鏡堂は、「何で突然そんなことを言うんだ」と言って、怪訝な顔をする。
「他の方々は、課長に対してはかなり遠慮があって、あまりはっきりと意見を言わないような気がするんですよ。
熊本班長もそうです。
でも鏡堂さんは、課長のあの厳しい眼で見られても、正面から見返して、はっきりと意見を返すじゃないですか。
凄いなあと思って。
でも、あまり行き過ぎると、出世に響くんじゃないでしょうか?」
それを聞いた鏡堂は、思わず失笑してしまった。
「余計なお世話だよ。
下らんこと考えてないで、仕事に集中しろ」
注意された天宮は、内心で舌を出す。
その時鏡堂が、浅田建設ビルから出てきた人物に、鋭い視線を向けた。
鏡堂は残りのコーヒーを一気に飲み干すと、素早く席を立つ。
天宮も慌てて彼に続いた。
二人は暫く車道を挟んで刀祢の様子を見ていたが、頃合いを見計らって道を渡ると、彼の後ろについた。
そしてそのまま10メートルほどの間隔を空けて、刀祢について歩き始める。
刀祢は時折立ち止まって、辺りの様子を窺うようにしていたが、鏡堂たちは彼の視線を巧みに避けながら尾行を続けた。
すると5分程歩いた時、刀祢が立ち止まって上着のポケットから携帯電話を取り出した。
誰かに電話を架けているようだ。
彼は短く相手と話すと、電話を切って目の前にあるデパートに駆け込んでいった。
鏡堂と天宮は急いでその後を追う。
彼らがデパートの玄関ホールに入ると、慌てて地下に降りていく刀祢の後ろ姿が見えた。
鏡堂はその様子に違和感を覚え、人波を掻き分けるようにして後を追い始めた。
天宮も必死で彼に続く。
刀祢が走って駆け込んだのは、地下の駐車場だった。
そして鏡堂が駐車場に入った瞬間、彼は停車していた車の助手席に乗り込んだのだ。
車は刀祢を乗せると、急発進して走り去っていった。
そして後に残された鏡堂は、車のナンバーを携帯電話のカメラで撮影するのがやっとだった。
***
捜査本部に戻った鏡堂は、高階に状況を伝え、刀祢を見失った失態について詫びた。
彼の報告を黙って聞いていて高階は、厳しい表情で部下を叱責する。
「お前ほどのベテランが素人に捲かれるとは、大失態だぞ」
それに対して鏡堂は、返す言葉もない。
天宮も彼の隣に並んで、ひたすら高階に向かって頭を下げるしかなかった。
「それで、刀祢を乗せて走り去った車両のナンバーは、照会に回したのか?」
「はい、署に戻る途中に照会しています。
結果は朝田建設の社用車でした」
「つまりそれは、朝田建設の誰かが刀祢と企んで、計画的にお前たちを捲いたということか?」
「その可能性は高いと思います」
「しかしお前たちを捲くつもりだったなら、何故最初から刀祢を社用車に乗せて、会社を出なかったんだろうな。
そしてそもそも、お前たちが刀祢を監視していることを、何故知っていたんだ?」
そう自問するように考え込んだ高階に、鏡堂が答える。
「最初のご質問については、推察に過ぎませんが、刀祢を連れ去るところを、他の社員に見咎められるのを恐れたのではないでしょうか」
その答えを聞いた高階は、「続けろ」と言って先を促した。
「二つ目の質問については、警察内部から朝田建設側に情報が漏れた可能性があります」
その言葉を聞いた高階が、途端に色めき立つ。
「お前、言葉に気を付けろよ。
自分の言ってる意味が分かっているのか?」
しかし鏡堂は上司からの圧に屈せず、言葉を続ける。
「私と天宮が刀祢に貼り付くことが決まったのは、彼が会社を出るほんの少し前です。
その短時間で朝田建設に情報が伝わっているのは、異常としか言いようがありません。
おそらく内部から朝田議員の関係者を経由して、社長の朝田正道、あるいは専務の正行に情報が伝わったのではないでしょうか」
「つまり会社ぐるみで、刀祢を隠したということか?
そんなことをする理由は何だ?」
高階の声が凄みを増す。
「それは分かりません。
刀祢が警察に保護を求めてきた直後のことだと考えると、我々に知られたくないことが、朝田建設側にあったのではないでしょうか?」
「仮にそんなものがあったとして、それが今回の一連の事件と、何の関係があるんだ?」
「申し訳ありませんが、それについても答えはありません」
それを聞いた高階は、天道を睨みつけながら黙り込んだ。
そして彼らのやり取りを傍らで聞いていた天宮は、背筋が凍る思いだった。
――鏡堂さん、言いすぎです!
暫く鏡堂を睨んだ後、高階は少し落ち着きを取り戻して言った。
「その件はもういいから、他では口外するなよ。
それから朝田建設に問い合わせて、該当車両の使用者を特定しろ」
彼の指示に、「分かりました」と頷いた鏡堂は、席を立って高階に頭を下げる。
そして天宮を促して、仕事に戻った。
しかし朝田建設への問い合わせは不発に終わる。
持ち出された社用車は、一台もないという回答だったのだ。
該当するナンバーの車両も、鏡堂が問い合わせた時には、社屋地階の駐車スペースに置いてあるということだった。
その回答に鏡堂は虚偽の臭いを嗅いだが、それ以上の追及は無駄と悟って打ち切った。
おそらく会社ぐるみで隠ぺいしているのだろうと思ったからだ。
それから3日後。
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