【08-1】事件の結末(1)

刀祢伸一とねしんいちの遺体が発見されたのは、〇山市郊外にある住宅街近くの、雑木林の中だった。

早朝、犬の散歩をさせていた近隣住民によって発見されたのだ。


刀祢の死因は、腹部に受けた13か所に及ぶ刺傷が原因の失血死だった。

別の場所で殺害された後、発見現場に遺体が遺棄されたことも確認された。

そして死亡推定時刻は、彼が失踪した当日の午後九時から、翌日の午前零時までの間ということが、司法解剖の結果から明らかになった。


これまでの死因とは大きく異なっていたが、捜査本部では杉谷健輔すぎたにけんすけ及び河本弘こうもとひろしの殺害と一連の事件として扱うことが決定された。

そして刀祢の殺害を受け、朝田建設への本格的な捜査が実施されることになったのだ。


これに対しては、朝田正義あさだまさよし衆院議員への忖度と思われる、県警上層部からの圧力があったようだが、高階邦正たかしなくにまさ捜査一課長が断固としてそれを撥ね退けた結果だった。


朝田建設への捜査の主眼は、刀祢の失踪当日に使用された社用車を、誰が持ち出したのかという点に置かれた。

当日の記録を見る限り、社用車は動かされていないことになっていた。


しかし鏡堂達哉きょうどうたつやが撮影した画像には、その車のナンバーが明確に写っていたことから、その矛盾について追及が行われたのだ。


その結果判明したことは、当日社用車のキーを、管理担当者が不在の隙を狙って持ち出した者がいて、その人物が車を持ち出して刀祢を連れ去った後、元の駐車スペースに戻したのではないかということだった。


ビルの防犯カメラにも、その車が出入りする映像が残されていたが、運転者は巧妙に顔が映らないようにしていたらしく、人物の特定には至らなかった。

しかしキーの保管場所や、防犯カメラの位置を知っている点から、社用車を持ち出した人物が朝田建設社員であることは間違いないと、捜査本部では断定するに至った。


そしてその先の捜査は行き詰ってしまった。

朝田建設は本社に所属する社員だけでも500人を超える大企業であるため、個々の社員の当日の行動を、すべて把握することは困難だったのだ。


そんな中で高階は鏡堂の進言を受け、赤松俊樹あかまつとしきを徹底的にマークすることを決定した。

二人一組の六組による24時間監視体制を取ったのだ。


刀祢を逃した轍を踏まないよう、赤松の監視には常時二組四人を配置するという、徹底したものだった

そして鏡堂と天宮もその中の一組に選ばれたのだ。


いつまで続くか分からない張り込みは、天宮には体力的にきついと思い、鏡堂は監視から外れることを提案したが、彼女は頑として受け入れなかった。

――意地っ張りな奴だ。

彼を自分のことは棚上げして、内心苦笑するのだった。


その日鏡堂たちは、午前7時から午後3時までの、8時間の監視シフトに入っていた。

朝通勤する赤松を尾行し、出社するまで見極めた後は、そのまま朝田建設のオフィス近辺で張り込みを継続する。

別の組も違う場所から張り込みを行っている筈だった。


午後3時に張り込みを交代した鏡堂たちは、一旦〇山署の捜査本部に戻ることにした。

天宮は見るからに疲労の色が濃かったので、そのまま自宅に帰らせようとしたが、一緒に署に戻ると言って聞かない。

仕方がないので一旦署に戻った彼は、自分も上がるからと言って、強制的に午後5時に天宮を連れだしたのだ。


「鏡堂さん、これから少しだけ付き合って頂けませんか?」

署を出て家に帰ろうとする鏡堂に、天宮が突然そう言い出した。


「付き合うって、どこに?」

予想外のことに、彼は少しあたふたする。


「たまには飲みに行きませんか?

鏡堂さん、夕食はテイクアウトか外食ですよね?


私も帰ってから、作るの面倒なので。

ということで、行きましょう」


そう言って天宮は、鏡堂が止める間もなく歩き始める。

一瞬呆気にとられた鏡堂だったが、そのまま自分だけ帰る訳にもいかず、結局彼女の後に従うことになった。


二人が腰を落ち着けたのは、〇山署から5分程歩いた繁華街にある居酒屋だった。

店内はまだ空いていたが、これから会社帰りの人たちで賑わうのだろう。


「お前、急にどうしたんだ?

疲れてるんだから、さっさと帰った方がいいんじゃないのか?」

二人して生ビールを注文すると、鏡堂がおもむろに切り出した。


すると天宮は、少し膨れたような顔で返す。

「アルコールが入った方がよく眠れますから。

それにそんな長時間じゃないので、付き合って下さい」


呆れてものが言えない鏡堂に、彼女はさらに畳みかけた。

「それに私たち、バディを組んでから、ちゃんと話したことないと思うんです。

ですので、今日は鏡堂さんの話をじっくり聞かせて下さい」


そうきっぱりと言われて、鏡堂は返す言葉がなかった。

既に天宮のペースに嵌っていたと言うべきだろう。


その後の二時間あまりの間、鏡堂は天宮からの質問攻めに会うことになった。

さらに彼の頑固で自分の信念を曲げない性格について、少しは柔軟性を持つようにと、滾々こんこんたしなめられたのだ。


――何で俺がこいつに説教されなきゃならん。

鏡堂はうんざりとした気分で、そう思うのだった。


ただ彼にとって幸いだったのは、天宮が彼の離婚歴について触れなかったことだ。

おそらく彼女も、その点には気を使ったのだろう。


結局店を出た頃には午後8時近くになっていて、陽は完全に落ちていた。

天宮はあまり酔っている風ではなかったが、それでも心配になった鏡堂は、彼女を自宅近くまで送ることにした。


天宮は、最初それ固辞したが、結局鏡堂はそれを押し切る。

そして彼女の自宅に向かう途上、何故か天宮が終始嬉しそうにしているのを見て、彼は怪訝に思うのだった。


「気をつけて帰れよ。

それから明日遅れるなよ」

別れ際に天宮に声を掛けると、彼女はぺこりと頭を下げる。


「今日はありがとうございました」

そう礼を言って歩き去る天宮の後姿を、鏡堂は溜息交じりに見送るのだった。

そして自身も家路についた時、彼の思考は完全に切り替わっていた。


――刀祢は何故、自分が殺されると思ったのか?

――それにもかかわらず、刀祢は何故犯人について行ったのか?

――あるいは刀祢を連れ去ったのは、犯人ではなかったのか?


――杉谷と河本は、何故殺されたのか?

――彼らはどのような方法で殺されたのか?

――また雨男のような、超常現象が関わっているのか?

――だとすれば、誰が犯人なのか?


――赤松は杉谷と河本の殺害に関わっているのか?

――だとすれば、赤松は天宮や富樫のような力をもっているのか?

――赤松は刀祢の殺害に関わっているのか?


鏡堂の頭を、事件に対する疑問が止めどなく横切っていく。

そして気がつくと、杉谷が殺害された路地の近くに立っていた。

周囲に人影はない。


彼はふと思い立って、路地の中に入って行った。

路地の中は民家とマンションの灯りで、薄暗く照らされていた。

もちろん中には誰もいない。


――あの日杉谷は、何を見てここに入って来たのだろう?

そう思った時、首筋に衝撃が走り、鏡堂は意識を失った。

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