【08-2】事件の結末(2)

鏡堂達哉きょうどうたつやが意識を取り戻した場所は、どこかの倉庫内のようだった。

彼は椅子に手足を縛り付けられて、身動きできない状態になっていた。


彼がまだ意識朦朧とする状態で見回すと、周囲は雑多なもので囲まれている。

そしてガソリンのような刺激臭が鼻を突いて来た。

その臭いで彼の意識が、明瞭さを取り戻す。


「刑事さん、起きたみたいですね」

その時、彼の周りに積み上がった物の向こう側から声がした。

つい最近聞いた声である。


そして彼の予想通り、赤松俊樹あかまつとしきが積み上がった物の合間を通って、鏡堂の前に立ったのだ。

その顔には乾いた笑いが浮かんでいたが、相変わらず眼だけは笑っていない。


「刑事さん、あんた図体でかいから、ここまで運ぶの苦労しましたよ。

ここですか?

ここはね、河本君の会社の裏にある倉庫なんですよ。

この時間には誰も来ないし、大声出しても聞こえないんで、無駄なことは止めて下さいね」


鏡堂は、赤松が自分の顔を覗き込むようにして、べらべらと喋る言葉を黙って聞いていた。

今自分が置かれている状況については十分に理解出来たが、不思議と恐怖心は湧いてこない。


そんな彼の様子を見て、赤松が苛立った声を上げた。

「刑事さん。黙ってないで、何とか言ったらどうですか?

それとも、怖すぎて声も出ないのかな?」


その言葉を聞いても、鏡堂の顔には冷笑しか浮かばなかった。

その表情を見て赤松は益々苛立ちを募らせる。


「あんたもしかして、自分が置かれてる状況が分かってないの?

あんたこれから、焼き殺されるんだよ」


「ならば、さっさと火を点けたらどうだ。

お前何をビビってるんだ?

もしかして刑事を殺したら、罪が重くなるとか考えて躊躇してるのか?」


鏡堂が煽ると、赤松は即座に激高した。

「何で僕がビビるんだよ!

ビビるのはそっちだろ!」


しかし彼が感情を高ぶらせるほど、鏡堂の冷静さは増していく。

その態度を見て、赤松も少し不気味さを覚えたらしく、急激に感情が沈静化していった。

「あんた頭おかしいだろ?

これから殺されるのに、怖くないのかよ?」


「そうだな。不思議と怖さは感じてないらしい。

それよりも、これから俺を殺すんだったら、その前に色々訊きたいんだがな」

鏡堂には、何故か自分が死ぬという予感がしなかった。

それよりもむしろ、赤松に洗いざらい白状させようとしている自分に気づき、内心で苦笑を浮かべるのだった。


彼の言葉を聞いて、赤松が不思議そうに問い返す。

「この期に及んで、何を訊きたいんだよ?」

「そうだな。まず今日、どうやって警察の張り込みを躱して来たのか教えてもらおうか」

それを聞いた赤松は、心底嬉しそうな顔で語り始めた。


「そんなの簡単だったよ。

正行君に頼んで、車に乗せてもらったんだよ」

「正行というのは、朝田正行あさだまさゆきのことか?」


「そうだよ。うちの会社の朝田正行専務取締役。

僕があんたらの張り込みに気づいて、外に出してって頼んだら、すぐに専務専用車を出してくれたよ。

自分で運転してね。

僕は後部座席で横になってたから、刑事さんたち気づかなかったんじゃないの。


何で張り込みに気づいたか知りたい?

あの女刑事さん。

あの娘可愛いよね。

超好みのタイプなんだよね。


あんたらが会社に聴き取りに来た時から、眼え付けてたんだ。

僕って好みの女の子には目敏いから、あの娘が会社の前のコーヒーショップにいるところを、すぐに見つけたよ。

ついでにあんたもね。


だから正行君に頼んで、外に出してもらったんだ。

警察なんてチョロいね」

そう言って赤松は、勝ち誇ったような顔を鏡堂に向けた。


しかし彼は動じることなく、問い質した。

「どうして警察が、お前を張っていると思ったんだ?」


「そんなのすぐ分かるじゃん。

だってあんた、僕のこと最初から疑ってたよね?

あの聴き取りの時から。


超鬱陶しかったんだよ。

だから今日、あんたらが外で張り込んでるのを見た時、あんたの裏をかいて、殺してやろうと思ったんだ。


あんたら間抜けだよね。

僕がつけてるのに全然気づいてないんだもんな」


「確かにな」

その点は認めざるを得ないと思い、鏡堂は苦笑した。

それを見た赤松が、さらに勝ち誇る。

「ほおら、やっぱり警察なんて間抜けじゃん」


「まあ、それは認めるが、お前もしかして、ずっと俺たちを付け回してたのか?

ご苦労なことだな」

そう言うと、赤松は憮然とした表情を浮かべる。


「あんたらに言われたくないけどね。

まったく大変だったよ。


だってこっちは飯も食えずに、腹空かせてんのに、二人で呑みにいきやがるんだもん。

マジでムカついたよ。

あんたあの娘と出来てんのかよ?」


「心配するな。只の先輩後輩だ」

そう言いながら鏡堂は、自分の感情に微妙な変化が生じているのを感じ、すぐにそれを打ち消した。


「本当かよ。信じられないなあ。

でもまあいいや。


あんたらが居酒屋で呑気に酒飲んでる間に、ここの準備が出来たからね。

それであんたらが別れた後、あんたの後つけて、スタンガンで一撃くれてやったのさ。


最初はあの娘にしようかなと思ったけど、あんたの方に超ムカついてたからね。

そしたらあんた、ぼおっと考え事して歩いてたから、僕が車でつけてたの気づかなかったでしょ。


しかもあんな誰もいない路地の中に入って行くから。

ラッキーって思ったね」


「お前、天宮を選ばなくて正解だったよ」

そう言って鏡堂は、後の言葉を飲み込んだ。

――もし天宮を襲ってたら、今頃こいつ、溺死しているかも知れないな。


「あの娘、天宮って言うんだよね。

名刺に書いてあったけど、変わった名前だね。

それより、もう火を点けていいかな?」


乾いた笑顔で問いかける赤松を、鏡堂は制した。

「いや、もう少し訊きたいことがあるんだがな」


「何だよ。まさか時間稼ぎしている?

誰もあんたのこと、助けに来ないよ」

「それは分かってる。

だから最後にきいておきたいんだよ」


「何を?」

「畑野先生と生田倫子いくたみちこさんを殺したのは、お前だよな」

その言葉を聞いた赤松俊樹の顔が、一瞬醜く歪んだのを鏡堂は見逃さなかった。

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