【09】事件―その後

赤松俊樹あかまつとしきが死亡した翌日、鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこは、県警捜査一課長の高階邦正たかしなくにまさに呼ばれていた。

場所は〇〇県警本庁内の、彼の執務室だった。


前日の経緯いきさつと、赤松の告白について鏡堂から報告を受けた高階は、難しい顔で呟く。

「お前が見たことが事実なら、また怪異事件という訳か。

どうしてお前の周辺では、そんな事件ばかり起きるんだ?」


それを聞いた鏡堂も、心外そうな声で返す。

「それは私の方が聞きたいくらいですよ」


その様子を見て淡い笑みを浮かべた高階は、仕切り直すように姿勢を正して言った。

「杉谷、河本の事件については犯人不明だが、刀祢の事件は、赤松が犯人という線で捜査を進めるしかないな」


「それと生田さん、10年前の畑野さんの事件もです」

鏡堂は強い意志を視線に込めて、高階を見つめる。


しかし高階は、彼のその視線を受け流すように、鏡堂から眼を背ける。

「生田事件はともかく、10年前の事件は立件が難しいかも知れんな」


「それは、共犯が朝田正行あさだまさゆきだからでしょうか?」

「はっきり言えばそうだ」


その返事に反発しかける鏡堂を制して、彼は続けた。

「俺が言っているのは、朝田の立件が難しいという意味だ。

死んだ赤松の証言を聞いたのは、お前だけだからな。

検察も立件を躊躇するだろう」


それについては、鏡堂も同意せざるを得なかった。

彼が口を強く結んで黙り込むのを確認して、高階は続ける。


「刀祢に関しては、現場が河本建設の倉庫ということが判明しているから、証拠は見つかるだろう。

昨晩の火事の捜査にかこつけて、今鑑識が入っている。


それから生田の事件については赤松、杉谷、河本の三人による犯行という線で捜査を進めよう。

こっちはお前が直接当たれ」


彼の指示に頷く鏡堂の隣で、それまで沈黙していた天宮がおずおずと切り出した。

「あの、私からもよろしいでしょうか?」


「言って見ろ」

高階が短く促すと、彼女は小さく頷く。

朝田正義あさだまさよし議員への闇献金については、どうなるのでしょうか?

それが生田さん殺害の動機に繋がっているのですが」


それを聞いた高階は、厳しい表情で天宮を睨んだ。

「その件は捜査一課の範疇外だ。いいな」

その視線の強さに、彼女は竦み上がる。


そして横から取りなそうとする鏡堂を制して、彼は続けた。

「俺たちの範疇外ではあるが、放置するとは言っていない。

しかるべきところに、この件は預ける積りだ」


「また上から妨害が入りませんか?」

鏡堂の疑問を聞いて、高階は苦い笑いを浮かべる。


「心配するな。

この件は俺から直接、地検のある筋に伝達するつもりだ。

それで県警上層部からの、妙な介入は防げるだろう。


しかしことは朝田正義絡みの微妙な案件だ。

だからお前たちも、この件については一切口外するな。

分かったな?」

高階からの厳しい指示に、二人は一斉に頷いた。


***

その日の午後、〇山市内の某所に置いて、イヴェントが開催されていた。

それは衆院議員朝田正義の肝いりで建設された、公共施設の竣工式だった。


しかしその施設については、計画当初から『税金の無駄遣い』の悪名が高く、市民からの反発を買っていたのだ。

そのせいか竣工セレモニーへの、一般市民の参加が望めなかったため、工事を請け負った朝田建設の社員とその家族が動員されていたのだ。


セレモニーの壇上には、朝田正義、正道、正行の三代が顔を揃えていた。

そして演説を始めた正義の後ろで、正道、正行の親子が神妙な顔で控えている。


正義が熱弁を振るい始めたまさにその時、事件は発生した。

正行の全身を、突然炎が包んだのだ。


そして正行は、体中を燃え上がらせたまま、前に立った正義縋りつく。

そして正義にも、激しい炎が燃え移ったのだった。

二人はそのまま壇上に倒れ伏し、会場はパニックに陥った。


その映像を〇山署の捜査本部で見ていた捜査員たちは、騒然となった。

鏡堂もその中にいて、大型テレビのスクリーンに釘付けになっている。


「鏡堂さん、あそこの木の上を見て下さい」

隣に立った天宮に言われて、映像の端に移り込んだ街路樹を見た彼は、目を瞠る。


あの茶虎猫が、樹上から舞台を見ていたのだ。

そして会場が喧騒に包まれた時、いつも間にか猫は姿を消していた。


「まだ、復讐は終わってなかったんですね」

天宮のその呟きを、鏡堂は無言で聞いていた。


***

事件の経過は凄惨なものだった。

朝田正行は全身が炭化して即死、正義も重度の熱傷を負って瀕死の状態に陥り、今尚ICUで集中治療を受けている。

彼の政界復帰は、事実上困難だろうと言われていた。


そしてその状況と機を合わせるように、朝田建設による朝田正義議員への闇献金疑惑の捜査が開始されることになった。

生田倫子いくたみちこが、もしもの時に備えて実家に送っていた、献金の裏帳簿が発見されたのだ。

赤松俊樹あかまつとしきの奸悪さを、彼女の知恵と勇気が上回った結果と言えるだろう。


そんなある日、県警捜査一課のデスクで記録の整理をしていた鏡堂に、隣の席から天宮が話し掛ける。

「鏡堂さん。あの茶虎猫ちゃん、家で飼うことにしたんです」


突然の告白に、彼は目を剥いた。

「うちで飼うって、お前」


「昨日帰宅したら、うちの玄関前で待ってたんですよ。

だから、飼っちゃえってなって」

「飼っちゃえって、危なくないのか?

それにそもそも、お前の住んでる処は、ペット飼えるのか?」


泡を食ったようなその表情に、天宮はにやりとする。

「危なくないですよ。

至極温和な性格をしてます。


それに今住んでる処は、叔父が市内に持っている一軒家なんですよ。

そこで従妹と共同生活してるんで、ペットはもちろんOKです」


それを聞いた鏡堂は絶句してしまった。

そこに天宮が畳みかける。

「今茶虎ちゃんの名前を考えてるんですけど。

鏡堂さん、何かいいアイデアありませんか?」


「お、俺はその手のことは苦手だから」

鏡堂は狼狽えた自分に気づいたのか、憮然と言って彼女から顔を背けてしまった。

それを見た天宮は、思わず含み笑いをする。


その日帰宅した彼女に、茶虎を抱いた従妹が声を掛けた。

「オト姉、この子の名前決まったの?」


「うん、決まったよ」

「何て名前?」

興味津々で尋く従妹に、彼女は笑顔で答えた。

「タ・ツ・ヤ」


「えー、何それ?ダサくない?」

「うるさいわね。タツヤに決めたの。

それよりその子こっちに寄こして」


そう言って従妹から<タツヤ>を奪い取った天宮は、彼に頬ずりしながら呟いた。

「これからよろしくね。タッちゃん」

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ほのかみー鏡堂達哉怪異事件簿その二 六散人 @ROKUSANJIN

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