【08-4】事件の結末(4)
「あれもやっぱり僕じゃないかなあ」
暫く考えた後、そう口にした赤松に鏡堂が問い質す。
「あの二人も、お前が殺したというのか?
一体どんな方法で」
「うーん。あんたが信じるかどうかは分からないけど。
畑野先生を殺して火を点けた後、僕に<
「<火の神>だと?」
「そう、<火の神>。
あれ以来、火を見ると強いパワーを感じるんだよ。
杉谷君も河本君も生田を殺した後、凄くビビってたんだよね。
河本君は生田の幽霊見たなんて言い出すし、杉谷君も強がってたけど、怖がってるの丸見えだったんだよね。
だから僕は内心、あの二人を放っておいたらまずいと思ってたんだ。
ビビって警察にチクるんじゃないかってね。
そしたら二人とも勝手に死んだじゃない。
驚いたよね。
その時感じたんだよ。
これは僕に宿った<火の神>の力なんだって。
だって二人とも、全身丸焼けになって死んだんでしょう?
葬式の時にそのことを聞いて、僕は確信したね。
これは<火の神>が、僕の意思を実現したんだって。
僕って学生の頃からオカルト系に興味あって、あの後色々調べたんだよね。
<火の神>って世界中にいるんだけど、不浄の物を浄化する力があるんだって。
だから僕がいくら犯罪を犯しても、<火の神>が跡形もなく燃やして、綺麗にしてくれるんだなあって思うんだよ。
あんたもそう思わない?」
赤松の長広舌を聞き終わった鏡堂は、思わず失笑してしまった。
そして強い意志を込めて彼を睨みつける。
「笑わせるな。
お前に<火の神>なんか憑いちゃいないよ」
「何であんたに、そんなことが分かるんだよ」
赤松はその言葉に反発するが、彼には通用しない。
「お前にそんなものが憑いているのなら、何故刀祢さんを、杉谷や河本のように焼き殺さなかったんだ?
その方が簡単だろう」
その指摘に赤松がぐっと詰まる。
「もう一度言うぞ。
お前に<火の神>なんてものは憑いちゃいない。
お前はただの殺人放火犯だ。
それ以上でも、それ以下でもないんだよ」
「いい加減にしろよ。
いますぐ焼き殺してやろうか?」
赤松は激高するが、鏡堂は鋭い舌鋒で言い放つ。
「そうだな。
今すぐ俺を焼き殺して見ろ。
こんな大仰な仕掛けなんぞ使わずに、お前のその<火の神>の力とやらで、俺を燃やして見ろよ。
出来るのか?」
鏡堂に見据えられた赤松は、完全に威圧され、黙り込んでしまった。
しかし怒りに燃える彼の攻撃は止まない。
「そもそもお前は、自分が朝田正行に利用されていることに、気づいていないようだな」
「そんなことはない!
僕と正行君は親友なんだ!
だからお前ら警察がいくら騒ごうと、正行君がお爺さんに言って、僕を逮捕させることなんてないんだ!」
興奮して喚き散らす赤松を、鏡堂は冷笑する。
「哀れな奴だな。
お前なんか朝田正義にとっては、ごみ屑同然なんだよ。
利用できるうちは利用して、用済みになったら孫の罪まで着せて処分されるのが落ちだ」
「そんなことない!絶対ない!
正行君は、僕を絶対裏切ったりしないんだ!」
「じゃあ何故正行は、お前と一緒に生田さんや刀祢さんを殺さなかったんだ?
親友なんだろ?」
「それは、正行君には社会的立場があるから」
「そうだよ。お前の言う通りだ。
正行には朝田建設専務の立場がある。
しかしお前には何があるんだ?」
「ぼ、僕には。僕には」
最後は消え入りそうな声で、赤松は俯いた。
しかし鏡堂は攻撃の手を緩めない。
「そうだよ。お前には正行のような、立場も権力はない。
だからいつでも使い捨てに出来るんだ。
何なら今から正行に連絡してみろ。
そしてここに来て、一緒に俺を殺してくれと頼んでみろよ」
鏡堂に止めを刺すように言われた赤松は、俯いてぶつぶつと呟き始めた。
「正行君は裏切らない、裏切らない、裏切らない、…」
そしてその呟きは、やがて激高の叫びへと変わっていった。
「お前に僕たちの何が分かるんだ!
ああ、殺してやるよ。
今すぐここに火を点けて、お前を焼き殺してやるよ!」
そう言って振り向いた赤松は、背後に積まれた物の上に乗って彼を見つめる、不思議なものに眼を奪われた。
そして鏡堂の眼も、それに釘付けになった。
そこにいたのは、鮮やかな赤茶色の縞模様を纏った、一匹の猫だった。
鏡堂と赤松が猫のオーラに当てられたように静止した時、猫の周囲から赤い靄のようなものが立ち昇り始める。
それはやがて二つの人型を取り始めた。
ゆらゆらと動くその薄赤い靄は、女性のようだと鏡堂は思った。
二人の女形の靄は、揺らめきながら赤松を取り囲んで、纏わりついていく。
そして彼の全身をすっぽりと包み込んだ瞬間、眩い閃光を放って発火したのだ。
一瞬にして焼き尽くされる赤松の姿を、鏡堂は呆然と見ていることしか出来なかった。
――あれは畑野美穂子と生田倫子なのか?
――杉谷はあれを見て路地に入り、河本はあれを見て怯えたのか?
やがて真っ黒な消し炭と化した赤松は、燻る炎を纏ったまま、その場に倒れ込む。
そしてその火が、鏡堂の周囲に積まれた物に引火し、瞬く間に炎の壁が彼を取り囲んだ。
それを見た鏡堂が死を覚悟した時、炎の壁の向こう側から、叫び声が聞こえた。
「鏡堂さん!」
そして激しい豪雨が彼の周囲に降り注ぐ。
鏡堂は雨の勢いに押されて、椅子ごと横倒しになってしまった。
気がつくと、彼を焼こうとしていた業火はすぐに鎮火し、降り注いだ雨も止んでいた。
そして鏡堂が見上げた先には、泣きそうな顔をした
「大丈夫ですか?何があったんですか?」
漸く口にした天宮に向かって、鏡堂は苦笑を浮かべるしかなかった。
「とにかく、このテープを外してくれないか」
慌てた天宮は、倉庫の中を探し回って、カッターナイフを見つけた。
それを使って縛めを解いてもらった鏡堂は、大きく伸びをすると、苦笑交じりに言うのだった。
「次はもう少し加減してくれるとありがたいんだが?」
「すみません。加減は上手く出来ないんです。
あ、それと。もう力は使わないって言ったのに、また使ってしまって」
消え入りそうな声で呟く天宮に、鏡堂は優しい眼差しを向けて言った。
「いや、前の時もそうだったが、今回もお前が来てくれて助かったよ。
それよりも、どうしてここが分かったんだ?」
「あの子が、ここまで導いてくれたんです」
彼女が指さす先には、あの茶虎猫が二人を見上げていた。
鏡堂が彼を見ると、猫は踵を返して駆け去って行く。
「鏡堂さんと別れた後、家に帰ったんですけど、急に不安になって外に出たんです。
そうしたらあの子がドアの前に居て。
私について来いという顔をしたんです。
だから私、急いで着替えてここまでついて来たんです。
そうしたら倉庫の中が燃えていて」
そう言いながら天宮は、黒焦げになった遺体をちらりと見た。
「あれは赤松俊樹だ」
短く答える彼に、天宮が恐る恐る訊く。
「一体何が起こったんですか?」
鏡堂は彼女に、ここに拉致されてきた顛末と赤松の告白、そして最後に彼が見た、信じ難い光景について、諄々と語って聞かせた。
天宮は彼の話を、最後まで遮ることなく聞いていた。
「畑野先生と生田さんは、あの猫ちゃんの手を借りて、復讐を果たしたんでしょうか」
話を聞き終わった時、彼女はぽつりと呟いた。
それを聞いた鏡堂は、しみじみとした口調で答える。
「あれからは復讐という、どろどろした怨念じみたものは感じなかったな。
むしろ清々しい、強い怒りのようなものを感じたよ。
あれが赤松の言っていた、<
まあ、刑事の言うことではないが」
それを聞きながら、天宮は微笑みを浮かべ、長身の先輩刑事を見上げていた。
彼はとても恥ずかしそうな表情をしていた。
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