【02】第一回捜査会議
〇山署の会議室には、捜査一係の刑事たちと、県警から派遣された
今回はまだ、県警と〇山署との合同捜査になっていないため、署内会議という体の、ざっくばらんな雰囲気だ。
鏡堂と天宮は、オブザーバーの位置づけで会議に出席していた。
天宮だけでなく、鏡堂も八年前に県警捜査一課に異動するまで、〇山署の捜査一係に所属していたため、顔なじみの刑事も多く、所轄と県警の壁も、左程感じられない雰囲気だった。
刑事たちが思い思いの席に座る中で、鏡堂たちは並んで席に着いていた。
天宮は緊張のためか、やや強張った面持ちで、背筋を伸ばして座っている。
「それじゃあ、始めようか」
捜査一係長の
「まずガイシャですが、司法解剖の結果、死因は焼死でした」
ベテランの加藤和夫刑事が、会議の口火を切った。
「気道を含め、全身が焼け爛れたことで、呼吸不全を起こした模様です。
ほぼ即死ですね。
ガイシャの身元は今のところ分かっていません。
身分を示すものは、ガイシャと一緒に焼けてしまっていますので。
ただ、ガイシャの所持品と思われるカバンの中身から、朝田建設の関係者と思われますので、現在照会を行っています。
以上です」
加藤に続いて、澤田健三刑事が報告を始める。
「事件当時の状況について、いくつか目撃証言が取れています。
まず事件直前のガイシャの様子ですが、あの路地の前を通りかかった際に、路地に目を向けて、驚いた顔をしたそうです。
中に何かいたんでしょうね。
そして路地の中に入って行って、すぐに火に包まれて飛び出して来たらしいです。
その一部始終を、通りかかった近隣住民が目撃していました」
「路地の中に誰かいたのかな?
あるいは何か妙なものが置いてあったとか」
澤田の報告を聞いた末松が、誰にともなく呟いた。
すると加藤が、末松の疑問に反論する。
「しかしガイシャが飛び出した後、路地の中には人も物も見当たりませんでしたよ。
その点は目撃者の証言とも一致しています」
「だとすると、やはり路地から別経路で逃げたってことかな。
路地に面して、突き当りのマンションに窓があったよな」
その問いに対しては、牟田順司刑事が答える。
「路地に面した左右の民家、それと正面のマンションについて調べました。
まず民家の方ですが、窓の位置と大きさから考えて、路地からの出入りは無理ですね。
マンションの方は、窓の位置はかなり高いですが、絶対に無理とは言えません。
しかし窓から入った場所は、マンションの玄関ホールになっていて、監視カメラが設置されていました。
マンションの管理会社に頼んで、記録映像を見せてもらったんですが、窓から出入りした人間はいませんでした。
前後2時間ずつ確認しましたが、人の出入りはゼロです」
「つまりあの路地の中には、人間も物もなかったということか。
だったらガイシャは、何を見て驚いたんだろう」
そう言って末松は黙り込んだが、やがて考えあぐねた末に、話題を変えた。
「事故の線はないのかな」
「それはないですね」
末松の言葉を、鑑識課員の小林誠司が即座に否定した。
「まずガイシャの着衣などから、可燃物、つまり灯油などが付着した痕跡は一切認められていません。
現場周辺でも、それらしきものは見つかっていませんしね。
つまり誤って灯油などの可燃物を浴びるか、あるいは自殺を企図して自ら浴びるかして、そこに着火したというような可能性はないということです」
「事故でも自殺でもないということか。
だったら殺人ということになるが、凶器は何なんだい?」
末松の質問に、小林は難しい顔をする。
「現場でも言いましたが、火炎放射器でも使わないと、あんな風に一気に炭化するまで燃えることは、考えられんのですよ。
しかし現場にそんなものはなかった」
その言葉に室内が静まり返る。
その場の捜査員全員が、困惑の表情を浮かべていた。
事件が彼らの想像を、遥かに超えていたからだ。
その沈黙を破って、末松が口を開いた。
「まずガイシャの身元特定が最優先だな。
加藤、朝田建設と引き続き連絡を取ってくれ」
末松の指示に加藤が頷くと、彼の隣に座った澤田が手を挙げた。
「係長。もし今回のガイシャが朝田建設関連だったら、住吉町の事件と関連してると思われますか?」
それを聞いた末松が、「うーん」と小さく唸る。
「住吉町の事件というのは?」
〇山署の刑事たちの会話に、鏡堂が疑問を挟んだ。
「ああ、
澤田、関連があるかどうかわからんが、鏡さんに説明してやってくれ」
末松が言うと、澤田は頷いて事件の経緯を話し始めた。
「事件が起こったのは、今日から丁度二週間前。
現場は住吉町のアパートです。
その日の未明にアパートの二階から出火し、最終的にアパートは全焼しています。
そして火元と思われる部屋から、住人女性の遺体が発見されました」
鏡堂にも、その事件の記憶はあった。
ただ県警からは他の刑事が派遣されていたので、詳細について聞くのは初めてだった。
「ガイシャは
朝田建設に勤める会社員でした」
――ああ、そこで繋がるのか。
澤田の説明を聞きながら、鏡堂は思った。
「生田さんの死体は損傷が激しく、死因と死亡推定時刻の特定が難しかったのですが、現在では死因は焼死、死亡推定時刻は当日の午前零時から四時の間と推定されています。
そして生田さんですが、複数の人間による性的暴行の痕跡と、体の数か所に鋭利な刃物で突き刺した痕が認められています。
つまり犯人は複数犯で、生田さんを暴行した前後に刺傷を負わせ、まだ生きている彼女を残して、部屋に放火したと推定されています」
犯人の残虐な手口を聞いて身を震わせた天宮は、隣に座った鏡堂の周辺の温度が急に上がったような気がして、思わず彼を見た。
澤田の説明に聞き入っている鏡堂の眼に、激しい怒りの炎が点っている。
「鏡さん、何か思い出したようだな」
末松の言葉に、鏡堂は静かな口調で呟いた。
「ええ、思い出しましたよ。
10年前の、あの事件を」
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