第10話 本題 3 (その三)
十九
久々の出勤は、変わりのないことを探す始末になっていた。
事前調査班と云われた意味を、未来の保全と考えた節は否めず、縦割りを象徴する机の配置が観てとれた。
楓花は環奈に
「室長は中里さんで、あの人よ」と、指差して教えた。その詞に邪気はなかったが、当の本人は
「研修生の清流 環奈さんですね」と云い、忙しそうに動かす手を停めて席を立った。
その詞にいち早く反応したのは、小野であった。吊られるように慌てて立ちあがり、素速く寄り付き、まがまがと見つめ
「また女子を選んだ、ということは、女神様に導かれたって云い張るんでしょうねっ、赤瞳さんはっ」
「
「救世主? だったの」
楓花は手首の傷を晒、問答無用を押し通した。
「楓花の同級生で、清流 環奈です。探偵を目指すつもりでしたが、サキを初めとする皆様に、恩を受けての運びです。どうぞ宜しくお願いいたします」と、丁寧に宣った。自己紹介を省いたのは、帝国大学の出身者を、楓花に訊くためであった。
その耳うちを目敏く訊き
「
それを聴き捨てない、うさぎが
「語弊がないように付け加えると、当時の総理大臣の遠縁であった学長からの依頼を拒否できなかっただけで、名前を語られた節は否めませんけどね」
「赤瞳さんが大嫌いな学閥を権力としたから、広瀬先生は抗ったはずさ。
「だから、赤瞳さんの理論に靡いたはずですよね。
「取り敢えず、楓花が目標にした理由は、そんな
「マルちゃん?」
「どういうことよ、まる?」
「
「でしたらば、
「絶対に忘れられない存在(川井遥)がいるから、無理だよっ。それに
「喜怒哀楽の怒が、怒涛になっているだけで、環奈さんや楓花となにもかわらない、泣き虫な乙女たちです。だから、女神たちが気軽に姿を顕すようになったんですからね」
「男神様との不仲も取り持ったけど、男神様たちは支配神だから忙しいらしく、頻繁には姿を見せないですけどね」
齊藤まるは云って、会話に入れない小嶋陽菜を引っ張り出した。
「赤瞳さんから聴いたけど、
「はい、宜しくお願いします、はるちゃん先輩?
環奈は、
うさぎが、その光景に魅入り、笑顔を溢すのは、幼少時から女神の
「谺君と結衣さんの姿が見えないけど、体調不良ですか?」
楓花は、環奈に紹介しようと探していた。
「うちの外人部隊も少しづつ変貌を遂げ、帰化するための住民登録を
中里の説明に齊藤まるは、サキへ囁くように
「亡霊の帰化は結構難しいらしくて、一般会社の登録を持つおふたりが、保証人になるんだってさ」と、囁いた。
「どうせ、赤瞳さんの入れ知恵なんでしょっ?」
「仝民族になるのですから、ウェルカムをアピールするために、入り口で待ちませんか?」
「暑いと云っても、日陰の多い公園は、風の通り道だから気持ちが良いもんね」
石としては珍しく、行動に賛成していた。その思惑を
「楓花ちゃんの成長具合が、気になるのかも知れないね?」と、中里が機転を口走った。
「
「足りないものは詞ではなく、想いなんじゃありませんか?」
「事前調査と云う名目を勘ぐって居るんだね? なんなら
「楓花は、赤瞳さんの妄想に勝てない? いっくんに挑んで、知識の上積みを計っているみたいなんだよ、マルちゃん」
「このメンバーの中で、一番の知識人なの、伊集院さんって?」
「一番は、高橋さんです。帝国大学の出身者は、傲慢が強く打たれ弱いですからね」
「アッ君がそう云うのは、官僚たちの身から出た錆を暴露されるからであって、そんな学閥の持つ愚かさに興味のない卒業生も居るからね?」
「赤瞳さんは、挫折の大きさが、人の成長を助成していると考えているみたいなの。弱さを知らない人間に、興味が湧かないのは解るんだけど、それを他人に見せるかは、人それぞれなんだけどね?」
「それは見間違いであって、
「江戸っ子をよく知らないけれど、こんな性格だったなら、恨み辛みも生まれなさそうだよね、サキ?」
「いっくんが男と云ったのは、侍気質を指しているから、日の本の國に伝わる
「何気ない日常に潜むものは仕来りだけではなく、当たり前にして終った詞に隠されています。それを感じなければ、先人たちの生きた証を無に返すことになりますからね」
「
「ここに居る全員が、仝考えだからね。そして、記憶するだけではなく、光合成で変換するために、お日様の恵みにすがるんだよ」
中里が珍しく本音を晒したのは、チェルノブイリに隠された物語に興味を持っていたからであった。そこに恩師が絡んでいる以上、隠されたものが悪意であることは、メンバーの全てが感じているのだった。
二十
「ジュガシビリさんの日本名は、考えてあるのですか?」
「亡霊だった過去と訣別するために、
うさぎはそこに無頓着を決め込んでいた。ミドルネームを入れるかで、外国系移民を演じることができるからであった。
そこに重ねるように
「赤瞳さん、大分調子が良さそうですね?」
谺は、うさぎを観留めると、息を切らすほどの速度で近付いてきた。
「先生(代議士)のお墨付きだから、労力はあまり要らなかったでしょう?」
「担当者さんが、ミドルネームと云うまでは? です」
「本人に聴いてみます」
うさぎはジュガシビリに見向き、ジョージア語で、話し始めた。原住民の多くがロシア語を話し、公用語は主に密談とする風習があるが、それは沖縄や九州の諸島と同じように、本土への警戒感があるようだ。露国の大統領がジュガシビリというミドルネームを使う理由のひとつに、KGB時代の背番号を気に入らなかった説がある。地下に潜った科学者たちは、それを盗人呼ばわりしたことから、正統後継者が組織内に居ることを悪と報じられ、閉め出される結果を招いている。その悪しき締め付けは、故郷にまで及んだという。その仕打ちの傲慢さから、伊国のマフィアと結託した過去を説明されて、
「先代のジュガシビリさんがスイッチを押したところを見た者は、KGB出身者? ではなかったですか」
「聴かされたのは、そうでした。何か思い当たる節? でもあるのですか」
「ロシア主導の元に、ソビエト連邦が動き始めていますが、日露戦争で負けた怨念を隠していたなら、ロシア系諜報員の策略もあり得ます」
「だとすると、反乱因子となり得るユダヤ系は、犠牲者となるのが当たり前になりますよね」
「ユダヤ系は頭の良い民族という織り紙つきですし、北欧神話を祖先に持つ北の民族に取って脅威になりますからね。もしその自尊心に傷をつけたならば、執念深く痕跡を消すことに勤めるはずです。それを隠した進行だったならば、音波増速機に関する資料か? 最悪を想定すれば、残骸を奪還するためだったはずです。狙いは欧米諸国の団結を切り離すことになるはずで、修羅の争いを目論んでいることになりませんかね」
「私(ジュガシビリJr)は、名を使われたことには触れたくありません。それは、赤瞳さんの云う標としたならば、思想の範疇になりますからね。ですが、悪魔と契約したような行いは、絶対に許せません」
「そうなると、幽閉されている以上、奪還が目的となり、一筋縄では済ませんね」
「奪還?」
「由緒ある家系である以上、亡命騒ぎになりませんか?」
「北方領土問題を抱える政府だから、無理なんじゃないですかね?」
「ならば、相応の国に参加して貰うしかありませんね」
「米国は、大統領選で賑わっていてダメでしょうね」
「だったら、責任を取って貰う形で、MI6に出て来て貰うだけです」
「責任って? ジュガシビリさんを暗殺した諜報員が生存しているのですか?」
「当事者は既に他界しているでしょうから、黒幕に責任を押し付けるしかありませんね」
「黒幕? ですか」
「ミカエルは死神として再生を謀っていますが、弟子のルッターは、悪魔との契約を隠したことで、天界を追われていますからね」
「ルッター?」
「ドイツにおける宗教革命の第一人者で、神と成り得る人物、とまで云われた人物です」
「徳を積むことに命を費やした方ですが、その成否において、自信を失くしたようです。それが必要悪という見解に至ったことで、自ら修羅の道に挑んだのですが、まやかしに打ち負かされて終ったんでしょうね」
「それが欧米の影の支配者だとしたら、六弟さんが出たところで、解決には至らないの?」
「時代背景が違えば、善悪の基準も異なりますから、聴く耳は持たないはずです。だから、感性という母体を気付かせることが、神々の生業なんですが、プロメテウスという主系の外に位置した関係上、殺し合いを正当化したようです」
「それが、目には目を歯には歯を? となったわけなのね」
「今でいうところの、いじめ? ですから、耳が痛いのも当然でしょう」
「それならば、ミカエルさんを差し向けて、悪行に終止符を打てば良いだけ? でしょっ」
「悪霊に死神を向かわしたところで、意味はなしません。キリスト様なら話すことも可能でしょうが、卑弥呼さんに対しての遠慮から、誰も云ったことがないはずです。親子の確執と云える蟠りは詞足らずですが、父の存在を架空にした若気の至りが阻むから、神々の中から声がでなかったのが、今に至っているのが現実ということです」
「だとしたら無理を承知で、収監されている場所に行って、救い出すしかないよね?」
「少しだけ、猶予を頂けませんかね?」
「
「楓花も、異存ありませんね?」
楓花は答えずに、大きく頷いていた。
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