第3話 熱いうちに打つのが、神様の理なの?

     五


 齊藤まるが気を使い席を立ったのは心配りだったが、思念の疎通を使える女神がうさぎに知らせたのは、認知症を気に掛けたからであった。


 齊藤まるのスマホがなり、

「吊し上げられていませんか?」と、うさぎは気にしていたのか、名乗らずに訊いた。

 サキが出す情緒不安定という気を受けたのか? 齊藤まるが咽んでいて、応えられないことを心配したのだろう。

 うさぎが

「そちらに向かっていますから、少しだけ抵抗していて下さいね」と云って、通話を切った。


 齊藤まるの気遣いで、コーヒーになったからか? うさぎの到着と、コーヒーを持ち込むのとが重なっていた。

 齊藤まるは煎れたてのコーヒーを、すぐさまテーブルに置き、うさぎを向かい入れるために玄関へ急いだ。

 うさぎは、齊藤まるに連なり部屋に入ると、笑顔で咽ぶ女子を目の当たりにし

「どういうことですか?」と、説明を仰ぎ訪ねていた。

「詞足らずで誤解を招いたようで、記憶を呼び戻して不仲を修正したから、要した時間を水に流すために泣いています」

「蟠りを消すための、涙ということなんですね」

「手首に残る傷を消すための説明会と云いますか? 若気の至りを、勲章に変える儀式のようなもので・・・」

「解りました」

 うさぎは、齊藤まるの要領を得ない説明よりも、詞のない拈華微笑で疎通を済ませた三人が発する彩りを確認していた。寡黙に空いた場所に腰を下ろし、完了を待っていた。その時見た光は、楓花が放ったもので、

「その手がありましたか?」と、口走った。

「なにかに気付かれたんですか?」

 齊藤まるが目敏く聴きかじり、質問した。

「なにが知りたいんですか、まるさんは?」

 環奈は、心に居候を決め込む女神に導かれていて、広角受信を可能にしていた。

「どちら様でしょうか?」

清流きりゅう環奈かんなさんで、三人は、同窓のようです」

「楓花の幼少時代の縁に導かれたんですね」

「ご本人は、傷を防げなかったと、呵責に苛まれていたようです」

「楓花の傷は、赤瞳わたしの至らなさが招いたものです。三名の宝石なみだは、男子生徒の傲慢に抗えなかったことへの懺悔になります」

「勝手な解釈を云ってるけれど、解るように説明して」

 楓花も存在には気付いていたが、零れる結晶を停めあぐねていて、勝ち気を取り戻してから割り込んだ。

「環奈さん、楓花あたしの実父で、うさぎ赤瞳よ」

「なんちゃって科学者なの?」

「図書館で知り得た知識だから、なんちゃってらしい。それでも、嘘と方便を嫌うから、本音しか云わないよ。世間一般はそれを、変わり者? って云うもんね」

「そうは云っても、国家機関の一員なんだよね?」

「神様にも物怖じしないのは、神の眼の所有者だからみたい。楓花あたしには、見える恐怖を語るけど、仲間には云わないのよ」

「サキちゃんにも云わないの?」

「云わないよ。楓花のお母様が呼び寄せたらしいけど、家の母の家系に纏わる因業らしいわ」

「そして、清流家の母系も、曰くで繋がる家督です。まあ、日の本の國は、神武天皇の血で繋がっていますから、養子縁組をしても、えにしは切れないんですけれどね」

「昭和の時代に、人類皆兄弟って云ったらしい? でも今は、敗戦で男を補充したから、ほどよく薄まっているようだけれどね」

「それで、重なる血が呼び寄せあったんですね」

「どういうことよ、まるちゃん?」

「同じカラクリだと、ひとつの舞台に上がる運命って、赤瞳さんは云い続けています」

「そうなの、赤瞳とうさん?」

「喧騒が増えたのは、恨みが増えたからですが、怨念に変わると、磁石のように呼び寄せるのです」

「磁石? ってことは、電磁波に関係があるわけね」

「人間の組織が、そういう造りだから、錯覚なんてものも生み出しました? しね」

「そうなると、心が出す電磁信号波にも、関係がありそうだね」

「サキは付き合いが長いから解って当然だけれど、環奈さんは、ついて行けそうかな?」

「なんとか、ついていけてるよ」

「齊藤まるさんが居るから、噛み砕いています。意味不明な語句がありましたら、仰って下さい。赤瞳わたしが説明しますからね」

「解りました。それでも、いつも謎解き風に、話しをしているのですか?」

「申し訳ありません。清流さんの心を拝見させて戴きました」

「そんなところも視れたの?」

「楓花は気付いてないようですが、清流さんの心に、女神様が宿っています」

「誰なの?」

「まだ知らない方が良いですよ」

「なんでよ」

「疎通に失敗すると、閉じ込められるからです」

「だったら、楓花あたしの神の部首を教えてよ?」

「解りません。感性は育てるものであって、要領よく使い分けできませんからね」

 うさぎの詞に、楓花はガッカリしていたが、親友のためにひと肌脱ぐと決めた以上、後戻りできず直ぐに切り替えていた。それは、うさぎも承知の上であり、知らないことで、巧くにごされたのだった。

 一連の会話で涌き出た唾を飲み、意識が集中され始めていた。



     六


「それはそうとして、赤瞳さんは何故? 来たのかなぁ」

 サキは、うさぎに面と向かって訊けず、齊藤まるを出汁だしにして呟いた。

「そうでした」

 うさぎは云われ、本題を想い興していた。

「齊藤まるさんが、皆さんに吊し上げられている気がし、諸般の原因が赤瞳わたしにありますから、お詫びを兼ねて来ました」

赤瞳とうさんが原因だということは、承知してるよ」

 うさぎはそれで、一同を見回した。

 すると

根元こんげんが、赤瞳わたしにある、と云ったのは、神の眼を持ちながら、歪みが発生していることに気付けなかったからです。皆さんが気にすることは、詞足らずが招いた、若気の至りでしょうから、想いを吐き出すことを躊躇った理由になります」と、述べた。

 サキは手持ち無沙汰を紛らすようにコーヒーをくばり

「それがお詫びなの?」と、話の切れ目を聴き取り、振り出しに戻していた。

 うさぎは

「申し訳ありませんでした」と、詫びてから

「類は友を呼ぶ、と云いますが、清流家に嫁いだ家督の中にあった因縁が、怨念に化けたようですね」と、本題に触れた。

「どう? 繋がるのよ」

「同じ舞台に乗った。前にそう云いましたよね?」

「どういうことよ、まるちゃん」

「カラクリ舞台と、前は云いましたよね、齊藤まるさん」

えにしに引き寄せられるんですよね」

「縁? ってことは、また誰かが死ぬのね」

「死んだとしても、生き返らすのが、赤瞳さんなんだよ、マルちゃん」

「縁起が悪いから、甦らす? って云ってよ、サキ」

「甦りって、神憑りだよね」

「そうとも云うけれど、甦りを実行する手段を持ってないから、科学を勉強したのよ。それが功を奏して、元素殺人事件を暴くことになり、呵責から反抗元素にたどり着き、投与で甦りを実行するまでに至ったわけなのよ」

「甦えらすより、死なせないために方向シフト転換チェンジしたから、神の眼を発展させた形になるよね」

「それが、想いに沿った? 理由なんだね」

「赤瞳さんの想いの原点が、始まりがいい加減だったからで、歴史に綴られた嘘にたどり着き、やり直しのために、因縁という怨念を祓っているのさ」

「怨念といっても、悪行や悪意のたぐいで、マルちゃんが祟られるわけじゃないから、そこが肝ということだけは、勘違いしないでね」

「一般的に云うならば、運が悪くなったみたい、っていう感覚だけど、それが積もり積もれば山となる? って、赤瞳とうさんは云うのよ」

「そのために、徐霊があるんじゃないの?」

「高額請求されることを欲の始まりとすれば、宗教戦争も納得いくし、開祖かいそ元帥げんすいなどと色々な名称が生まれたことで、求める人間も多様性に富んだよね。様々な変換(進化と退化)を遂げたのは人間だけでなく、生命体の全てに及んでいる。絶滅という引き金を引いたと想われる人間の責任は重いはずだけれど、知っての通りうやむやにしたから、善悪の判別にしたんだよ」

「善悪? それに相当するのが、神様と悪魔、ってことよね」

「人間は、善の象徴とするべき神々を、悪事の首謀者に仕立て上げ、地球上を支配したから、怖いものなしになったのさ」

「それでも赤瞳とうさんは、弱い一般人を護るために、支配者を追い落とすことを生業と決めて対抗し、いにしえの自由を取り戻そうとしているのよ」

「その支配者の姿が見えそうだったから、ここに来ました」

「影くらいは見えたの?」

「陰に影は存在しませんが、人間ではないことだけは確かです」

「云いきった理由は?」

「年代が少しずつ、せばまり始めていますからね」

「どう狭めたのよ?」

「その根拠が原因ではないから今回は、私設諜報部員としましょう」

「なんでよ」

「日本国には既に、二つの諜報活動が存在します」

「公安調査庁と内閣府内にある調査部門ですよね」

「無駄な争いを生むなら、萬屋という何でも屋を隠れ蓑にすれば、敵対組織と視られませんからね」

「一度懲りたからね。でもそうなると、お金にまみれた実社会を生きていけないわよ」

齊藤ぼくのように、出向にもできませんしね」

「それでも、万年人手不足に変わりないです」

「ですよね」

「楓花とサキさんを分隊にして、教育生からでも良いですか?」

「ご両親に、どう説明するつもりなの?」

「内閣府って、意外と信用があるから、ご両親なら大丈夫。でも先輩たちが面白くないはずです」

赤瞳わたしが復活して、司令官につきますから、この会話は、極秘事項になります」

「名目はどうするの?」

「諜報活動とは云えませんから、事前調査部員にしませんか?」

赤瞳とうさんが、教官なの?」

「いざ、という時に、赤瞳わたしの電磁籠で護りますから、絶対に死にませんからね」

「警察出身ということで、齊藤ぼくを副官にしてもらえませんかね」

「親戚なんだから、赤瞳さんお願いします」

「なにを云ってるのよ、サキまで」

「一応、掛け合ってみますけれど、可能性は五分五分ですが宜しいですか?」

 ということで、環奈の不安はひとつだけ取り除かれた。

「楓花」

「なに?」

「サキさんとつるんで、清流さんのご両親を説き伏せて来なさい」

「了解」

「ね、マルちゃん。結構良いとこあるでしょっ、赤瞳さんてっ」

「泣いたカラスがもう笑う」というこざかしい詞があるが、泣いた女神は直ぐ笑う、のが、地球上の理になれば良いと、齊藤まるは祷っていた。その祷は、サキという伴侶との永遠の愛を証としていて、一本木の性格を軸とする日本人に繋がる。色々な名称を持つ、卑弥呼への感謝を、不器用に繋げた? うさぎの本心は、その場に集う者にはみえなかったが、神の頭領に伝わっていた。

『それが、平穏な時代になった、証ということなんですね』卑弥呼の心根が、人間には届かないから、神憑りを演出したのだろう? どんなに長い時を刻んでも、人間が変わらないことを証明していた。

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