第12話 本題 4 (その二)

     二十三


 暑さで気持ちが打ち負かされそうな時に、気持ち良いそよ風に見舞われた。風の本領は、循環に導くことだが、感情をもてあそぶように纏わり付き、変更を余儀なくすることもある。それを理由にすると、木ノ子が芽生えることや、錆びを生み出すことと考える概念が、知らず知らずのうちに培われていた。酸化にしても風化にしても、朽ち果てることを目論んでいるが、終わりという観念に導くことに必要なのは覚悟であり、反抗心が生まれる謂れは、継続への模索を主とするからであった。恐怖の支配から逃れることも可能だが、いつしか当たり前にして終っていたようだった。

 人が当たり前にする理由を最近ちかごろでは、ルーティンとしているが、縁起といういにしえから受け継いだものが謂れであって、必衰のことわりへの対抗心と想われた。そもそも、日の目を見る? と云われるが、お日様は必ず巡ってくるし、太陽系に属している限り、半永久的と云える。そうなると、疑問が生まれると云うものだ。うさぎは、環奈を導くために、因幡いなば白兎しろうさぎに例えていた。

 本編には諸説がつきまとうが、絵本ではワニを使用するみたいだ。だが人間は、サメというイメージが湧くことを肝に据え、皮を剥いだ経緯を大事にしたのだろう? どちらにしても、弱肉強食である限り、皮で済むとは考え難いはずだ。中途半端な想いが災いとなった背景が、移住者の存在を明らかにしたとすると、この時代に民の移動が窺え、貝塚の終わりに繋がるはずだ。

 例えば、心得を手解きしたという発想ならば、幼子おさなごとなり、両親が、山へ芝刈りや川への洗濯と繋がるのだが、鬼退治を掲げた理由は、手に負えない悪さに気付くことができるはずだ。そう考えると、第一部から第二部への接続詞を嫌った者の姿が見え隠れすることにも気付くだろう? 古に編集者は居ないはずだが、その行為を悪しきものという概念を造り出した曰くの可能性が、ここで浮き彫りになった。

 多分でしかないが、人間が、お他人様と比べることを悪事とした? ならば、つじつまは合う。

 本来そういう繋がりを模索するのが学者だったが、己の意見を罷り通したからこそ、権威と称賛されたはずで、傲慢はさらに加速したはずだ。永い年月を刻んで出来上がったものが自尊心ならば、壊れにくいのも頷けるというものだった。

 環奈は眼を白黒させ、とんでもないことを繋いだものだ? という心境だったが、流行り廃りの鉄則は、近代社会にも顕れているから、人が集まる野次馬根性を晒された経験にすがり付き、なんとか話しに着いていけていた。


「そうなると、因幡の白兎と浦島太郎は噛み合いますが、他との繋がりも探せますよね?」

「花咲か爺さんが撒いた灰を、退治した鬼の炭としたならば、どうでしょうか?」

「でしたらば、退治した鬼の復讐心を怨念と考えれば、悪魔の誕生を示せます。そうすれば、怨霊退治の阿部の公明に繋がり、生け贄にも辿り着けますよね」

「流石です。その曰くに取り憑かれたのが源頼朝とすれば、歴史の信憑性も高まること間違いありません」

「そうは云うけど赤瞳とうさんは、神武天皇を無きものにした下道を犯人にして、物語をしたためているよね?」

「大事なのは接続詞であり、バイオリズムで解るように、上下するのが倣わしです。接続詞を無駄と云う編集者の本意は、簡単に移り変わる内容ストーリーを毛嫌いするだけです」

「編集者の心を覗いたことがないくせに、どうやって繋ぐつもりなのよ?」

「おもてなしの国である事実を見れば、誰でも繋げられますよ」

環奈わたしが想うに、過疎化の進んだ故郷は、特産物を公表するだけではなく、誰もが簡単に造れるということで集めるか、北海道のように、手に入るものの価値感をもっと押し出すべきだと想うのよね」

「一番大事なことは、仲間意識という、掛け替えの無いものに導くことです。当事者の持つ挫折感を分かち合うことは、心を許し合える絆しかありませんからね」

「だから、遠い親戚よりも、近いお他人様? って云うんだね」

「絡み合うことのできる情けが、本領を発揮するんですね」

「今、目の前に位置する理由も然ることながら、そこでえにしを結んでおけば、いざ鎌倉という心意気を生み出しますからね」

「それが、類が友を呼ぶであっても、絆の強靭さで、陰口なんて気にならなくなるもんね」

「歴史が嘘にまみれた原因は、当人だけに都合を合わせたからです」

「だったら奴らが影に隠れた理由は、置き去りになるじゃん? そういう基準の無さが、奴らをのさばらした原因なんじゃないの」

「判断の基準が、眼で判断できる形に移行した物語が別に存在しますから、そういうことを取り越し苦労にしたんでしょうね」

「あるんだったら良いけど、強欲な権力者が強制したんだから、形跡を残さないために、焼き払ったんじゃないの?」

「それが、阿部の公明の徐霊だったなら、当たり前になっていても不思議じゃないはずだよ、楓花。だって、紫式部の源氏物語で解ることは、楽しみが快楽だったことを証明しているからね」

「それが始まりじゃなくても、赤瞳とうさんの云う営みがあったから、子孫が途切れなかったんじゃないかな」

「近代文明が、怠け者の習性から生まれたなら、繋がりを探っても、ざつという結果しか残って居ないはずです。変わり者だとか変人と云われても、科学者が発明に拘ったことが、今生の至福になっているんですよ」

「ローマは一日にして成らず、ってことですね」

「そうなると、進化と退化が示すものはなんなのよ?」

「人間の眼に触れない部分です」

「内臓? なの」

「だから赤瞳わたしは、小宇宙と定めています」

 うさぎの詞で、女子が腹に手を宛てていた。



     二十四


「小宇宙? だから生命の誕生が神秘に云われる訳なんだね」

「男に出来ないことのひとつですが、変わりにされたものが力ならば、納得できませんかね?」

「もしかすると、男尊女卑が生まれたのに、関係があるかも知れませんね」

 環奈云い、うえを仰いだ。

 うさぎは、展開の妙に触れるために、自戒を晒すことにした。


 先ずは、南海トラフが引き起こしたと云う地震を基に、うさぎの理から始まった。

 地震のメカニズムを表すものがマグニチュードと云う表記である。正否は措いて於いて、区切りよく七とする。それを、元日に起きた点からの流れとすると、先にあたるのは海なので、反転とする。だが、清流があるので、プレートに沿うのが本筋である。その見識から導くと、巨大な休火山の流れに添うことが考えられる。

 川で解るように、枝が本流に引き寄せられることを理とするからで、大が小を含むという理に従っただけである。歪な地下組織が見えないのは云い訳でしかないが、壁となる量子が教えることは、逆流の流れであっても、トラフに沿うことは理となるからだった。

 次に必要な知識は伝達だが、流れに乗る伝達と、潮と云う下に入る流れ(その流れの方向性は八方向を指す)を指すこともあるから、今回を基点とするマグニチュード七をイチとする。イチとする理由は後で説明するが、流れが清流でないことから、重力が掛かることを念頭に措かなければならない。そのため沿うとしたが、清流の真下から解放されるために掛かる重力を分散する観点から、勢いに戻る流れを考えれば、イチに戻ることになる。

 だが、新しい流れとなることで、威力が削られることは必至であり、イチの流れの半分が妥当だ。そこに公転の歪みが働くのだから、抵抗力は更に半分となる。しかし、抵抗力に負けることはまずあり得ない。届いた先が果てとなり、中京地域となることは間違いない。とは云うものの、量子の壁で反発する流れの合流地点が曖昧では、意味がないのだから、光の分散を考慮にして、更なる流れを生み出した結果、つむじ風やハリケーンをイメージした澱みという結論に達した。そこに働く遠心力が鍵を握ることで落ち着くことも視界に入っていた。

 遠心力となった流れは少しずつ拡張する。そうなると、過去に跳ねを起こした阪神淡路大震災で出来た歪みに取り付くのは必至となる。そのために、阪神淡路大震災の地点から中京地域までという広範囲になるが、他のトラフと接触する地点に近いことが災いとなるはずだ。

 影響力の基になるのは、近い結果を残している輪島地域だが、東方向のトラフが大きい上に過去に残した傷もあることから、伝達することも考えられる。そうなると、首都直下地震の可能性も生まれるが、今回は大陸の下に戻る習性の大きさから、先の地域を警戒するべきと判断した。だがそれも、南海トラフが原因という観点から計算したものでしかなく、予想という紛いものの可能性も拭いきれない。

 それを確認するために、幽体離脱を図り宇宙からの視点で観た結果ではあるが、御告げはない事実から、早くても年内の押し迫った頃と判断出来た。計算方法は、宇宙の理から引用したことで、正確さは低いが、一足す一が大きな一? とするのが宇宙の理であるのだから、文句もあるだろうが、ひとまず修めて欲しい。

 では、なぜイチに置き換えるかだが、人間の観念を引用したり、概念に捕らわれる意識を知恵と定めたのが人間であり、支配者と云う地球上に限ることは、正論を生み出すこともなければ、真相になることもない。それを教えるために、災害は際限に捕らわれないし、どんな状況下に措いても発生するからであった。にわか科学に捕らわれるから、被害者を生むのであり、興味本気を管理できない人間を留めることは、理屈ではできないのである。七をイチに置き換える理由は、無重力の宇宙と、制限(層に護られている事実)が課せられた地球上では、違うという認識を持って欲しいからで、地球内部が宇宙のような無重力になっていることは、熱量で真空に近い状態を造り出しているからである。

 流れが円の内部で起きたなら、無重力や真空に近いことから、遠心力を惰性と考えるしかなく、歪みからの流れに制限を掛けたのが惰性と観れば公転や自転のように、力を削がれた動きになって当然なのである。そのための素数だが、地球上の素数は五や七もあるが、宇宙の素数は、管理する中心の質量までの範囲を示しており、数の倍が質量以内ならば、素数にはならないのだ。それが宇宙と地球の違いであり、拡がり続けると云う認識の違いであった。


 環奈は、うさぎの云っていることは理解できたが、概念を打ち崩す発言にまごつくしかなかった。

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